牛丼
職場に、奈良田という男がいる。
俺より3つ年上の36歳で、見た目はひょろっとしていて正にもやしといった感じだ。
白髪混じりの短髪だが清潔感がなく、肌は何故か綺麗だが目の下のクマが不健康で甘ったれたタレ目。
仕事は楽なことしかしない、
とにかく、これといった魅力がない。
だが、こいつは何故か女が絶えない。
と言っても羨ましいモテ方では無いが…
いや、妬みではなく、本心からそう思う。
まず、奈良田には奥さんがいる。
1度あったことはあるが、目つきが異様に鋭く、愛想のない人だった。
それなのに、別の課には愛人がいる。
仮にA子とするが、これもキツい性格だ。
廊下で2人が話しているのを聞いたことはあるが、まるで女王様と下僕の会話といった感じで、不倫なんてしてるのになんで偉そうなんだよって吐き気がしたものだ。
仕事もできないこいつに、なんでそうも執着するのかと首を捻ってしまう。
本題はここから。
最近、また、奈良田に新しい愛人が出来た。
これをB子という。
アルバイトで入社した、若いがかなり大人しく無口な子。
奈良田はB子に偉そうに仕事の指示をしたりアドバイスをしたり、つまらない冗談を話していた。
その最中、B子はずっと無表情だったが、普段誰も使わない資料室に2人で入っていったのでどうやら惹かれていたのだろう。
その後、異動して奈良田には会うことはなくなった。
大体1ヶ月ほど経った先週の金曜日。
明日が休みなのを良いことに、牛丼屋で大盛りを頼んだ。
ずっと食べたかったメニューがカウンターに運ばれてきて、俺は夢中でがっついた。
至福の時間を遮るように自動ドアが空いて、すきま風が背中を撫でる。
入ってきたのは、ぶくぶくと太った男。
壁に面したカウンターの一番角の席に座り、大盛りの2倍ある牛丼を頼んだ。
大の大人でも食べきれないと噂されるもの、よく食えるなとそいつを見て、目を疑った。
かなり風貌は変わっているが、目の感じが明らかに奈良田そのものだった。
ふー、ふーといきを苦しそうに吐きながら、米を口に運ぶ。
全然美味しそうに見えない。
そんなに嫌なら食うなよ、と睨みつける。
壁にうつった横顔の影さえ鬱陶しい。
…いや、影では無い。
ズルッ
ズルズル…
影がひとりでに動き、奈良田から離れていく。
それは、女の顔だった。
女は目を見開き、口角をキュッとあげた不気味な笑みを浮かべている。
さっきも言ったが、奈良田が座っているのは1番隅で、隣はすぐ壁である。
人が入れるスペースなんてない。
なのに、確かにそこには女の顔がある。
さらに俺を驚かせたことがある。
その女は、B子だった。
苦しそうにしている奈良田の顔を凝視しながら、口をパクパクと動かしている。
席は離れているはずなのに、頭の中にB子の歪んだ声が響く。
た、べ、てぇ
た、べ、てぇ
俺はゾッとしてすぐに店から飛び出した。
あれはなんだったんだ、としばらく震えが止まらなかった。
後日、風の噂で奈良田が離婚したと聞いた。A子もこっぴどく振ったらしい。
理由は奴の体型だという。
間もなくして、奈良田は再婚した。
相手はB子だった。
廊下ですれ違う時、B子は俺をじっと見て、膨らんだ腹を擦りながら。
「来月で辞めるんですぅ。
お世話になりましたぁ。」と言って笑った。
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