公衆電話の謎の番号
町田武(まちだたけし)は巷で流行りの
歩数でポイントが貯まるアプリのために
夜の散歩へ繰り出していた。
ルートは決まっていて、
少し離れたところにあるコンビニへ行って、公園の前を通り過ぎ、帰宅する。
むあっとする6月の今日も、
半袖半ズボンで散歩に出た。
コンビニによって涼むだけのつもりが、店を出る時にはサイダーを左手に握っていた。
金がないのにポイ活を始めたというのに
ここで買ったら台無しじゃないか、と笑う。
今使っているアプリでは
100円分貯めるのも相当苦労するらしい。
冷たいうちにサイダーを飲みたかった町田は、いつもなら通り過ぎる家の近くの公園に寄り、花壇のヘリに腰をかけた。
舌の上で弾け、喉の奥でふわっと消える炭酸の醍醐味を味わいながら、彼はすぐ側にある電話ボックスを眺めていた。
改めて見て、彼はあることに気がついた。
電話ボックスの中には公衆電話だけでなく、電話のかけ方や緊急時の連絡先をイラスト付きで説明したボードがあったのである。
(へえ、水上の事故は118なんだな。
…その下は、なんだろう?)
119、118と並ぶ番号の下に
赤茶色の文字で何かごちゃごちゃと書いてある。
他はハッキリとしたフォントなのに、そこだけ手書きなようだ。
かろうじて読み取れるのは
「本当に」という単語のみ。
好奇心に駆られた町田は、ペットボトルの蓋を締めて立ち上がり、電話ボックスに入った。
ボードにはたしかに、手書きで文章が書かれていた。
『本当に困った時はこちらにかけてください。→×××-×××-××××』
市外局番からなる、どこかの家庭に繋がりそうな、何の変哲もない番号。
携帯からかければ足がついてしまうだろうが、目の前にあるのは公衆電話である。
町田は尻のポケットから長財布を取り出して、受話器をあげ十円玉を入れた。
呼出音が2回鳴ってすぐ、
『こんばんわぁ』と中年女性らしき人が出た。
まさか本当に人が出るとは思わなかった町田は硬直した。
何を話せばいいのか、というか、なんと声をかけたらいいのか分からずにいると、相手は朗らかな調子で語りかけてきた。
『ああ、きっと何かお困りなのね。この電話にかけてきたんだから。
私はちゃあんと分かってるの。
悩みがあるならねぇ、なんでも聞いてあげるから…。』
こちらの返事も待たずに、
女性はただひたすら耳聞こえのいい“温かい”言葉を吐く。
思い悩むことがあれば涙のひとつも流しただろうが、大した悩みもない町田は、時々間延びする口調がただただ不快でしかなかった。
もう切ってやろうかと貧乏揺すりを始めた時である。
『私には分かるわぁ、分かるの。あなたはぁ、金欠なのね。
だから毎晩歩いて、ポイント、貯めてるのよねぇ。』
町田の心臓が早鐘を打つ。
今、なんと言った?
何故何も話していないのに、この女は歩いていることを知っているんだ?
『ほんと大変よねぇ。でも、おばさんもね、お金が無いの。ごめんなさい。でもね、ポイントなら何とかなりそう。
だって、歩けばいいんだものね。
おばさん、ダイエットしたい所だったし、あなたの代わりに沢山歩こうかしら。
家からコンビニ行くのは、私にも出来そうだもの。
ね、いい案でしょぉ?』
突然、ノイズが走り女の声が歪む。
そして、
『まちだぁたけしぃくぅん』
と、名前を呼ばれたのを最後に、彼は気を失った。
目を覚ますと、そこは自宅の玄関で、
町田はうつ伏せの状態であった。
足が痛くて見てみると、
ぱんぱんに腫れており、所々擦り傷が出来ている。
履いたままのスニカーは擦り切れるほどボロボロだ。
足が棒になるとはこのことだろうか。
時間を確認するためにつけたスマホはパッと、あのポイントアプリを表示する。
「なんだよ…これぇ…。」
履歴をみれば昨日の夜だけで現金に換算すれば、2万円相当にもなるポイントが貯まっている。
それは1ヶ月間歩き続けたのと
同じぐらいのポイント数であった。
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