ヤマシロさん


私ってね、霊感もなんも無い普通の主婦なのよね。

だからさ、これからする話って、多分幽霊とか関係ないの。


だけど、私にとっては「これ、怖いな。」って思うような体験だったのよ。



今から4年?5年くらい前かな。


パートで老人ホームの厨房で働いてたの。


私以外に4人パートがいて、そのうち一人が1番若い子だったんだけど、

これがほんとに愛想が良くて可愛い女の子だったの。



その子がね、ある日突然。


私のことを「ヤマシロさん」って呼びはじめるようになったの。


私の苗字は田辺で、ほら、1文字も被らないじゃない?


「え?ヤマシロ?」って聞き返したら

「…あ!ごめんなさい。言い間違えちゃった?なんでだろう。あはは!すみません。」


なんて、本人も首を捻ってて。


でもね、その日だけじゃなくて度々間違えるようになって。


なにか悩んでたり疲れてるのかって聞いても、

そんな事ないって。



あんまりにも間違えるし、

その度指摘するのも面倒だから

「はいはい。」って返事してたら

みんな面白がって私のことをヤマシロさんって

呼ぶようになったの。




それがだいぶ板についてきたというか

もう馴染んできた頃合に…


確か夏だったと思う。


同い年のパートさんと2人で仕事帰りに

職場近くのスーパーに寄ったの。


お互いに徒歩通勤だったからお喋りがてら

行こうって言ってね。


店を出る頃には夕暮れになってたかな。


2人で喋りながら信号を待って、

で、青になったのを確認して横断歩道を渡ろうとした時。


バンッて音がして私の体は宙に浮いてたの!


で、ドンッて地面に叩きつけられて。

最初は混乱してたけどドンドン痛みが強くなってね。


少し先でバイクが停まって、ライダーが

走ってきてたのが見えて。


頭は打ってなかったけれど、

腰を強めにうったみたいでおしりが痛くて。

周りには野次馬がいたし、

なんか恥ずかしくてね。しかも痛かったし

何も言わずに腰を摩るしか出来なかった。


そしたら、ふふっ。

ごめんなさい、笑っちゃって。


一緒にいたパートさんがね、

「ヤマシロさん!」っていつもの癖で呼んだのよ。


こんな場面でもあだ名で呼ぶのか!

っておもったんだけど、その後。


野次馬の中から

「またか。」って声がしたの。


え?どういうこと?って声に意識を集中させたらね、こんな会話してたわけ。


「またってどういうこと? 」

「今、誰か言ってたろ?ヤマシロさんって。」

「うん、言ってたね。あそこで寝てる人がそうみたいだけど。」

「それなんだよ。」

「え?」

「前もここで事故があったんだけど、

 轢かれた人の名前、たしかヤマシロだったよ。」



それ聞いてゾッとしちゃって。


痛みも感じられなくなったし、思考も停止しちゃって、あれよあれよと病院に担ぎ込まれて。


みんな、「大怪我じゃなくてよかった。」っていうけどそれどころじゃなくてさ。




この事故に遭ってからなんだけど、

私のことを最初にヤマシロさんって呼び始めた子が、ピタッとヤマシロさんって言わなくなったの。



本人も「言わなくなったらなったで不思議ですね。」って笑ってたんだけど、

それにまたゾッとしたわけ。



調べたけど、今って個人情報の保護とかで

被害者の名前とか出てこないじゃない?

だから、名前まではわかんなかった。


だけどネットには、

その交差点は夕方に事故が多発してるってあって、

なんか、それがもし、全部ヤマシロさんって人だったら、って考えたら、余計に気持ち悪くなっちゃった。



オチもなくてごめんね。

これが私が体験した怖い話です。





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