第10話 再会 偶然と必然

 午後の昼下がり。

 佐伯公恵は、オープンテラスカフェにて公恵は一杯のコーヒーを口にしていた。

 大通り沿いにあるイタリアの旧市街地を思わせるような煉瓦造りの建物が特徴的なこのカフェは、お洒落な内装と豊富なメニューで人気のカフェだ。

お洒落な音楽が流れ、川も近くにあることから心地よい風がそよいでいる。

 店内に居る客達は、皆穏やかな表情を浮かべながら、それぞれの時間を過ごしていた。

 そんな空間の中で、佐伯公恵も居た。

 公恵もまた、その一人だった。

 彼女は手にしたカップをテーブルに置く。

 公恵は銘柄にうるさい人間ではない。

 だが、味わいは分かる。いつもインスタントコーヒーなどの安物を飲んでいるせいか、ここのコーヒーの香りと美味しさは格別だと理解していた。

 近くの席に居る女学生二人が、スマホを見ながら和気あいあいと会話をしているのが聞こえる。

「ねえ。知ってる、この婚活サイトがやってる企画」

 女学生は、スマホの画面を友達に見せる。

「色男狩り?」

「そう。街の色男を投稿して、婚活を盛り上げようって企画。この街には、こんなにも格好良い人がいるのを知ってもらい、出会いにしましょうだって。それでね、一番の色男を撮った投稿者には20万の賞金だって」

「20万! 写真を撮って送るだけで貰えるかも知れないなんて、楽な仕事ね」

 女学生は驚きながら、クスリと笑う。

 公恵はその話を聞きながら、自分の親に結婚について考えるように言われていたのを思い出す。

 しかし、彼女はまだ20代後半であるが、結婚については少し早いと考えていた。

 今は、まだ仕事に専念したいという思いが強いからだ。

 そんなことを言うと、親は行き遅れると脅してきた。お見合いをし、今すぐに結婚しろとは言わないが、せめて恋人くらい作っておきなさいと。

 確かに言われれば、そんな人が居てもいいかとも思う。

 ただ、勉強に勉強を重ねてきた結果、今まで恋愛らしい恋をしたことがなかったのが現実だ。少し早いと親に言ったのも、人を好きになって傷つきたくないという言い訳であり恋愛の怖れからだった。

 今から誰かを好きになるというのは、なかなか難しいことのように思えた。でも、好きな人ができたら。

 その時はきっと、自分も変わる時が来るかもしれないと思う。

 そんなことを考えつつも、公恵は小型のスケッチブックを取り出すと、その場のスケッチを始めた。

 視界に入れた光景を目に入れると、鉛筆を丹念に動かしていく。

 それは、公恵の趣味というより癖のようなものだ。

 これは恩師である、武内勲からの教えであった。

 スケッチを行い、観察眼を養うことで正確な解剖を3 次元的に把握し、実際の手術のイメージ作りや詳細な手術記録などの診療情報の記載(表現)が可能になるのだ。

 医学書などで得られた知識を理解し実践するにあたり、デッサンを用いたイメージトレーニングをおこなうことで、あらかじめ手技の確認と工夫点の創造が可能となる。

 また、デッサン力を養い図示による分かりやすい説明がおこなえると、患者の医療に対する心を柔軟にし、結果として良好な医師患者関係が構築できる。

 さらに、絵画に秘められた病者や治療者の心情をくみ取ることで、医療従事者としての資質を磨くのだ。

 公恵は、その教えを実践するために時間があればスケッチを行い、画力の向上を行っていた。

 絵を描いている最中に邪魔が入ることはよくあることだが、公恵の場合はその限りではない。

 周囲の雑音や人の気配すら感じない。

 まるで、絵を描くことに集中しきったかのように。

 だからだろうか、公恵のスケッチブックに描かれたものはどれも精密なものばかりだ。特に人物画を描く際には、一度見ただけで対象の細部まで細かく描き込むほどの腕前を持つ。

 公恵の斜め前に居たサラリーマンが居なくなったが、それでも公恵の手は止まらない。

 居なくなった男性を描きあげる。

 絵は完成に近づく。

 最後の仕上げにかかろうとした時だった。

 前の席に、新たな人物が座るのを視界の端で見たが、気にしない。次に見た時に記憶し描き加えていけばいいだけのことだ。

 公恵は視界を上げ、その人物を記憶に入れる。

 手が動き出し、鉛筆が時を止めたように止まった。

 新たな人物は店員にコーヒーを注文するのが分かった。

 その声に公恵は人一倍敏感に反応してしまう。

(……えっ?!)

 顔を上げると、そこに一人の青年が座っていた。

 洗いざらしたジーンズに、黒いジャケットをラフに着こなした青年。

 癖のない艶やかな黒髪を背まで流し、その髪を房の付いた蒼い紐を使い首の後ろで一つに結っていた。

 額にかかる髪の間からは、凛然たる双眸があった。澄んだ黒い瞳は、高く広がる空や、どこまでも広がる海を思わせる高揚さがある。

 だが、女性にも稀な、その見目麗しい貌は、ただ顔形が良いから美しいのではなく、練磨された精神が見せる品性そのものだ。

 公恵があの夜に会った、あの青年の姿が目の前にあった。

 青年は公恵に対し左斜の姿を見せるように座っていた。

 その左脇には、長い紫の鞘袋が立てかけられている。

 公恵が動けないでいたが、周囲の時間は確実に動いていた。青年が注文したコーヒーを運んで来た若い女性店員は、初恋をした生娘のように顔を赤らめている。

「ありがとう」

 青年は女性店員に礼を述べる。

「あ、はい……。ごゆっくり、どうぞ……」

 女性店員はカフェトレイを胸に抱いて、青年の姿を名残惜しそうに見ながら離れる。

 公恵から離れた席に座る男性客も、青年のその容姿に見惚れていた。

 そして、先程までスマホを見ながら会話をしていた女子学生たちも、青年を見て固まっていた。

 青年は女性店員が持ちやすいようにと右側にコーヒーカップの持ち手が来るように置いてくれていたが、左手で持ち手を左に回すと左手でコーヒーカップを持ち一口だけ啜る。

 左党とは、お酒を飲める人のことを言う。

 このような意味になった由来は、江戸時代まで遡る。

 当時の大工は、作業する際右手につちを持ち、左手にはのみを持っていた。

 このため、右手のことを「つち手」、左手のことを「のみ手」と呼んでいた。

「のみ手」と「飲み手」の読み方が同じなので、お酒を飲む人を指すときに「左利き」と表した。

 だが、これには当時の飲み方についても関連があった。

 江戸時代の武士は、必ず左手で盃を持ってお酒を飲んでいたと言われている。

 これは、どんな時でも腰に差した刀を抜けるようにするため。刀を持ち歩いていたこの時代では、どんなことで小競り合いが起きるか分からない。

 もし、酒の席で何かあった場合、誰よりも早く刀を抜けるようにと左手だけを使ってお酒を飲んでいたのが、「酒飲み=左利き」と呼ばれる由来がある。

 青年は、その所作を準じていた。

 カップをソーサーに戻すと、斜めに公恵を見つめる。

 その視線を受け、公恵の顔が徐々に紅潮していく。

 まるで熱病に冒されているかのようだ。

「久しいな。あの夜以来か」

 青年は公恵に声をかけた。

「あなた。どうして……」

 公恵は驚きの声を出す。

 だが、それ以上に公恵の心は高鳴っていた。

 緊張、恐怖、畏怖、様々な感情が入り混じる。

 公恵は青年のことを覚えていた。

 忘れることなどできない。

 あの夜の恐怖。

 あの夜のことを。

 あの夜の出来事を。

 公恵はスケッチブックを閉じると、椅子の背にかけていたショルダーバッグを手に取り携帯電話を、そっと手にする。

「喉が渇いた。そうしたら偶然な」

「嘘」

 青年の言葉を、公恵は即座に否定した。

 青年は表情を崩すこと無く述べる。

「そう俺がここに入ったのは偶然ではなく、必然だ。ただ、あんたを見かけたのは本当に偶然だ」

 青年の言葉に、公恵は動揺する。

 日本の人口だけでも1億2000万人以上いるが、一人の人間が一生のうちに出会う人の数は約3万人という。

 お互いが近くに住んでいれば偶然再会する確率は当然高くなるが、転居などで遠く離れてしまった場合には、おそらく天文学的な数字になる。

 しかし、縁のある人とは、いつかまた必ず再会する。

 偶然というにはあまりにも確率が低く、運命としか言えないような出来事のことを、スイスの心理学者ユングは、シンクロニシティと名付けた。

 また、スピリチュアルの世界には《引き寄せの法則》というものがあり、人は自分が考えている物や人、出来事を無意識に引き寄せてしまうと言われている。

 つまり、この世に生きる人間すべてに、何らかの出会いがあるということなのだ。

 その法則は、公恵にも当てはまることだった。

 公恵は、良くも悪くも青年のことを考えていた。スケッチブックの別ページには、青年の顔を描いているページも存在していた。なぜ描いたのか公恵にも分からないが、警察に提出するつもりで描いたのではない。

 あの美しい身姿に対する純粋な憧れから、鉛筆を走らせた結果だった。

 そして、もう一度会いたいと願っていたのも事実だ。

 それが現実となった。

 公恵は、この青年が、何故ここに居るのか分からなかった。

 運命的とも思える再会に公恵が言葉を失くしていると、青年が先に話を切り出した。

「あの女は、どうしている?」

 公恵は誰のことを言っているのか、すぐに理解する。

 しかし、それは公恵にとって衝撃的な内容だった。公恵の脳裏に精神を止んだ志水洋美の姿と、苦悩する家族の姿が重なる。

「あなたに関係のないことでしょ」

 公恵は、きつい口調で言った。

 しかし、その態度とは裏腹に、公恵の胸の鼓動は早鐘を打つように激しくなっていた。

 あの日のことが思い出される。

 あの時のことを思い出す。

 青年に命を救われた時のことを。

 青年が、あの恐竜の様な牙を持った怪人から自分達を救ってくれたことを。

 だが、同時に志水洋美を斬っていたのも青年なのだ。

「死んだか」

 青年の冷徹な言葉に、公恵は反論する。

「そんな訳ないでしょ。私も、スタッフも懸命になって……」

 口にして公恵は誘導尋問にかかっていたことに気が付き、慌てて口元を覆う。

 その公恵の反応を見た青年は小さく笑った。

 まるで、自分の思惑通りになったと言わんばかりに。

 公恵は、その笑い声を聞き逃さなかった。

 悔しさと恥ずかしさが入り混じりながらも青年を睨みつける。

 そして、その凛然たる双眼で公恵を見る。

 公恵は思わず目を逸らしてしまう。

 青年は言葉を続ける。

 公恵の気持ちなど意に介さず。

 淡々と。

「そうか。それは、すまなかった。ただ、俺はあの女が生きているとは思わなかっただけだ」

 その言葉で、公恵の怒りが頂点に達した。

 手にしていた携帯電話をテーブルの下で開く。

 公恵が使っているのはスマホではなく、二つ折りのガラケーだ。

 病院内の連絡ツールとして定番のPHSがあるが、PHSは携帯電話と比べて電波出力が弱く、医療機器に与える影響が少ないため、これまで病院で広く使用されてきた。

 だが、公衆網PHSサービスの終了により機器が製造中止になる可能性を考慮し、病院内での通信はガラケーとスマホへと世間は変わりつつある。

 公恵の務める病院では既にPHSからガラケーに切り替えているが、一部にスマホ案もあった。

だが、病院の会議において、公恵はガラケーを推した一人であった。

 公恵はシンプルな操作性と予備バッテリーを交換できる利便性は、スマホにはない機能性があると断言する。特に公恵は医師という立場であるだけに、バッテリー切れによる通話不能などということがあってはならない。常にフル充電の予備バッテリーを3個所持し、私用の携帯端末もスマホへの乗り換えは未だに選択肢にはなかった。

 そして、ブラインドタッチということもスマホにはできないことだ。

現在では芸にもならない操作だが、公恵は学生時代から片手打ち、ブラインドタッチはお手の物であった。

 だから、110番を押すことなど簡単を通り越して当たり前のことだった。芸は身を助くとは言うが、まさかこんな時になってガラケーのブラインドタッチが役に立とうとは思わなかった。

 後は、発話ボタンを押すだけで警察へと繋がる。

 通話はできなくても緊急通報のために、携帯のGPSによって、この場に駆けつけてくれる筈だ。

 発話ボタンに指が触れる。

 だが、それができなかった。

 目の前にいるのは、あろうことか自分を救い出してくれた恩人かもしれないのだ。

 いや違う。

 公恵は自分の考えを否定した。

 青年が言っていることは、事実を冷静に述べたものだと分かったからだ。

 あの状況、あの傷、あの出血をしている人間が、その時は生きていても、その後も生きて助かるとは思わないだろう。

 それに、そもそも青年が犯人だという確証はあっても、証拠はない。

 公恵は思い留まった。

 携帯電話を折り畳む。

 その頃には、青年はコーヒーを飲み終えていた。

「どうした? 通報しないのか」

 青年の言葉に、公恵は驚きつつも何も答えず、青年を見つめるだけだった。自分が通報しようとしているのに、なぜ止めなかったのか。

 公恵の心の中では、様々な感情が渦巻いていた。

 感謝、怒り、悲しみ、恐れ、愛しさ。

 それらが入り乱れ、公恵の心をかき乱す。

「あなた、一体何者なの」

 絞り出すように公恵は尋ねた。

 それは、とても簡単な質問だった。

 青年にとっては。

 しかし、公恵にとってみれば、最も聞きたい内容だった。

 青年は、こう告げた。

「侍だ」

 それは、現代において侍を名乗る存在など居ないに等しいことを公恵は知っていた。だからこそ、その返答を聞いた時、彼女は理解ができなかった。

 しかし、納得できた。

 公恵は生まれてこの方、侍などという存在はテレビや映画の中でしかみたことがない。無論、それは俳優が演じているものであり本物ではない。

 本物を見たことがなかったが、青年の放つ雰囲気と風貌は、まさに侍そのものなのだと感じずにはいられなかった。

 青年は、それを言うと鞘袋を手に席を立つ。

「待って。あの夜、志水洋美を斬ったのは、あなたなの?」

 その問いに青年は、しばらく沈黙する。

 そして、口を開く。

 青年は質問で答えた。

「もし、俺が違うと言ったら?」

 公恵は青年の眼を真っ直ぐに見た。公恵は、直感的に、その人間の気質を感じることができる。それは真実と嘘の見分けにもなる。

「私は……」

 公恵の中で、様々なものが渦巻く。

 ただ一つだけ確かなことがあるとすれば……

 それは、自分の命を救った人物に対して、自分は何かをしてあげなければならないということだ。

 例え相手が殺人犯であろうとも……。

「信じるわ。あなたを」

 公恵は言い切った。青年が嘘を言っているのを知った上で。

 青年は、それを聞くが表情を一切変えることもなかった。

 ただ、静かに目を伏せる。

 感じ入るように、深く。

 それから青年は公恵の側まで来ると、公恵のテーブルにあったアクリル製の伝票入れから伝票を抜き取った。

「ここは俺が払おう」

 それだけ言って、その場を去る青年に公恵は呼びかける。

「何のつもり」

 青年は答える。

「こんなことしかできないが、今、俺ができる精一杯の礼儀だ。あの女性・志水洋美というのか。助けてくれて感謝している」

 公恵は思う。

 どうして彼は、私を助けたのか。

 それは、分からない。

 でも、彼が仮に殺人者であっても悪人ではないということは分かった。

 公恵は、自分で思って、これ程、言い得て妙な言葉はないと思った。

 彼の瞳の奥底にある優しさを公恵は感じ取ることができた。

 そして、なぜ公恵が居た、このオープンテラスカフェに来たのか分かった。志水洋美の生死と容態を、公恵の口から聞きたかったのだと。

「もう、会うことはないのかしら」

 公恵は訊いた。

「俺は、この事件について全てを終わらせるまで離れるつもりはない。縁があれば、今日のように偶然また会うこともあるだろう。

 あんたは、この事件に少なからず関わってしまったが、悪いことは言わない。これ以上関わらない方が良い。目を閉じ、耳を塞いで嵐が過ぎ去るのを静かに待つんだ」

 青年は忠告する。

 だが、公恵は動じることはなかった。

 むしろ、青年に向かって挑むかのように言う。

「それは、あの夜に居た牙を生やした怪人のことを言っているの。一体、ここで何が起こっているの?」

 青年は黙してから、鞘袋を公恵に示す。

「俺が、で何をしているか詳しく話すべきではないと思うが、これだけは言える。普通の人間では太刀打ちできない相手だ」

 青年の言うことが正しいということを、公恵は身をもって体験していた。

 あの怪人を前にした時に感じた畏怖感。

 あれは尋常なものではなかった。

 公恵は、その言葉を噛み締める。

 青年は続ける。

「俺は、自分のしていることが正しいとは思っていない。

だからといって、間違っているとは思わない。俺は、そうして生きてきた。だから、これからも同じ生き方を貫く。

 今日の偶然の再会を必然にしてしまったのは俺だが、もう会わない方がいい。それがお互いのためだ。俺のしたことが許せないなら、警察に全てを話せ。

 ……だが、今は、その時じゃない」

 青年の言葉に公恵は黙したまま聞き入り、訊く。

「なら。それは、いつなの?」

「全てが終わってからだ。あんたは、俺ができなかったことをしてくれた。約束する。終わったら、全て話すことを」

 青年は、公恵に言うと去って行った。

 その後ろ姿を公恵は見送った。

 その顔は複雑なものだった。

 公恵は、青年が去った後で思った。

 青年の言葉には迷いがないのを公恵は知った。

 確固たる意志と信念が、青年にはある。青年の行っていることを法律や刑法に照らし合わせれば悪なのだろう。青年の言葉からも、彼自身それを理解している。

 しかし、そんな杓子定規な考え方をしている場合ではないことを、公恵は直感的に理解できた。

 公恵は確信した。

 あの青年が、自分を救ってくれたのは間違いないと。

 そして、今は精神を病み苦しんでいる志水洋美を斬ったことも理由があってのことだと分かった。

 あの時、青年が悪口と呼んだ怪人と戦ったのは、公恵自身と洋美を守るためだったことは紛れもない事実だと……。

 あの青年は戦っている。

 何の目的で、何のために戦っているのかは分からないが、青年が私利私欲でないことは公恵にもはっきり理解できた。

 なら、公恵も自分自身の戦いをしようと、改めて決意をする。志水洋美の治療を最後までやり遂げる。

 そして、彼女の心を救うことを諦めないこと。それが公恵にできる戦いであった。

 公恵は店を後にすると、病院へと戻っていった。その足取りは、いつもよりも力強くなっていた。

 それは、公恵の心の中に芽生えた希望。

 青年の意思と信念のある言葉は、公恵の心に小さな灯火を与えていた。

 その灯火を消さないためにも、公恵は前に進むしかなかった。

 その頃、公恵が居たカフェの女学生は、スマホの画面を見ながら呟いた。

「見て見て。さっきのイケメンを色男狩りに投稿したんだけど、すっごい勢いで《いいね》が増えてる」

「うっそ。もう20越えてるじゃん」

「あんたも《いいね》してよ。賞金が貰えたら山分けってことで」

 女学生達は楽し気に話しながら、スマホの操作をしていた。

 婚活サイトに流した青年の画像情報は、本来の使用ではなく、に届いていることも知らずに。

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