第2話 海賊(1/6)
五月も
温暖な地中海性気候と呼ばれる地域では、夏季に入ると大陸の北から乾燥した空気が流れ込み、エーゲ海をゆるやかに波打たせる。
その海上を、一
数世紀前に地球規模で
しかし、崩壊から
ここは
海上には何
彼は酔いでとろんとした目をこすると、息をついて
小舟の人影は灯火の点滅を読み取ると、手元の
「ちっ」
面倒臭そうに舌打ちした甲板員は、近くにいた仲間に目くばせする。
若い船員が、まとめた
先を
小舟の人影は
漕ぎ手は人影が船上に上がったのを確認すると、
人影は騒がしい甲板に上がると、深く被っていた
鼻にかかった前髪を
鼻の頭や
その白さは、セルダニア西部のヴォルテッラで採掘される、
身長は
顔に肉のたるみや目立った
船上の灯りに照らされ、彼の瞳が
正確には
赤毛男の
乗船の手伝いをしてくれた若い船員に、赤毛の男が
「
低く涼やかな声音で話し掛けられた船員は、日暮れに
この船の船員達は、地中海沿岸で航行する船舶を襲って積み荷を奪う、海賊である。
エーゲ海周辺を拠点として荒らしまわる彼らは、夏季に山から吹き下ろす強烈な北風や、悪天候になぞらえ『エテジアン』と呼ばれていた。
甲板では、酒に酔った船員たちが歌っている。
≪私の余生に愛がないと知ってしまったら、生きる未練などあるものか≫
≪愛なくしてどう生きていけばいい≫
大昔から歌われている小唄だ。
≪愛しのメイファリス。君のいない世界は
≪どうか君のぬくもりを、もう一度≫
旧世界にいたという、邪悪なドラゴンに
赤毛の男が周囲を見渡すと、酔った集団の一人と目が合った。
「おい。そこのにいちゃん! あんたもそう思うだろ?」
声を掛けられた赤毛の男は、肩をすくめて曖昧な微笑みを返す。
「一夜の恋なら大歓迎だ」
赤毛男が声を上げると、船上に笑いが沸く。
「一夜限りでいいのか?」
「若い
酔って顔中を真っ赤にした皺くちゃの男が、彼の回答に嚙みついた。
「愛のない人生は、
「お、詩人だねぇ!」と野次が飛び「
赤毛の男は笑って返答する。
「男と女は情愛を交わしてからが勝負さ。一晩の恋すら交わせない女なんて、男からしたらいないも同じさ」
「言うじゃねえか!」
笑い声をあげる酔っ払いたちは、おのおのが自分語りを始める。
若い船員がおもむろに立ち上がり、右手の蒸留酒を高く
「ぅお……っ、俺は愛が欲しいぜ! 一晩なんて言わず、
「なぁに言ってんだイルハン! 娼館のマイナに門前払いされてるくせに」
皺くちゃの男が、威勢よく叫ぶ若い船員に茶々を入れる。
イルハンと呼ばれた船員は、唾を飛ばしながら熱弁を振るった。
「次の下船で想いを遂げるさ! 今はお互いを深く知り合う最中なんだ」
隣にいた褐色の男が、イルハンの熱弁に笑いながら彼の左膝を軽く叩く。
「あの女はプロだぞ。男から金を巻き上げるのが仕事なんだ」
その発言に続くように、周りの船員たちが一斉にイルハンを
「馬鹿だねぇ。素人女ならまだしも、娼婦が一晩すら許さないのは、客として認められねぇってことさ」
イルハンは真っ赤になって胸を反らせる。
「マイナは俺と真剣に向き合ってるから、そんなことしないのさ!」
純朴なイルハンの反論に、周囲はニヤニヤと面白がっている。
「一晩の愛なら金さえ積めば手に入るんだぜ。酒も煙草も金が掛かるが、素人女ほどじゃない。ましてや娼婦が
「ちげぇねえ。娼婦相手に本気になるなんて馬鹿のするこった。貢ぐなら身の程を
口にした蒸留酒を吹き出さんばかりに笑い転げる船員達。
若いイルハンは助けを求めるように視線を動かし、喉まで伸びた立派な黒髭を持つ船員に声を掛けた。
「あんた嫁さんいるよな。永遠の愛を手にしたんだろ?」
声を掛けられた黒髭の船員は一瞬眉を上げると、左目だけを
「勘弁してくれ。永遠に続く愛なんて探しても無駄だぜ。そんなもん、もって三年。今じゃうちの犬の方が俺を慕ってくれる」
な? と黒髭がまわりの船員に目くばせすると、イルハンの隣に座っていた褐色の船員がすかさず応える。
「どうだかな。犬コロはお前さんより、毎日飯くれる嫁さんを愛してるんじゃないか」
「う、うるせぇ!」
彼らはドッと沸いた。
少し離れた位置で彼らの会話を眺めていた赤毛の男は、宙を仰いだ。
――調子に乗った酔っ払いは、些細なことで喧嘩を始めやすい。くだらない争いが始まる前に、商談を終わらせて立ち去りたい。
赤毛男は目の前の若い船員に、船長の
「自分、見てないッス。たぶん船長室ッス」
赤毛男の琥珀の瞳を食い入るように見ていた船員は、声を掛けられて我に返ると、
赤毛の男は思わず口元が
それなら、と口を開きかけると、赤毛男の背後で
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