第142話 ケント・フェンサー

「このような形でご挨拶する事をお許し下さいませ。この先のブロンズ男爵領で領主をしておりますカッパー・ブロンズと申します」


「いや、良いぞ、俺はケント・フェンサー子爵だ。冒険者していてな、ちょっとしたことで叙爵しちまっただけだからよ。それよりなんで俺達を追い出そうとしたんだ?」


 俺達を夜営地から追い出そうとしていた三人のうち一人、俺に謝った後走って貴族の馬車に行き、この白髪で高齢と分かるが、まだ現役で戦えそうな爺さん、ブロンズ男爵がやって来て俺に頭を下げながら謝罪した。


 それと疑問だったことを聞いてみた。


 するとブロンズ男爵は困ったような顔をして、チラッと馬車の方を見ただけで答えようとはしない。


『馬車には後一人乗ってるね~』


『ふむ、アンラの言う通りだな、特にレイスに取り憑かれたりもしていない、なんともない人のようだが、どう言うことでしょうね』


 いやいやダーインスレイブ、そんなにしょっちゅうレイスに取り憑かれてるようなヤツはいねえだろ。

 ダンジョン街は特別みたいなことを言ってたしよ。


「その、遅くに授かった娘がですね、少し問題が発覚しまして、家族と家臣以外がいると、少々困った事になりますので、人を避け、隣国、魔道王国から連れ帰るところでして」


「ん~、よく分かんねえけどよ、俺達はここを離れた方が良さそうだな。アンラ、ちと暗いけどよ、夕ごはんを食ったらここから離れんぞ」


「な~んか分からないけど、仕方なさそうだね~。ブロンズ男爵、食べたら出て行くからそれまで待っててね~」


 俺とアンラが素直に出ていくと言ったことに驚いたのか、ブロンズ男爵と護衛の三人は『え?』と口にして止まってやがる。


「あ、あの、よろしいのですか? 夜道は危険ですが」


「ああ、夜目が効くからよ、馬には悪いが、もうちょっと頑張ってもらうさ。ハイヒールもかけてやるしな」


「だよね~。ほいケント、シチュー完成だよ~」


 シチューを受け取り、食べ始めたら、ブロンズ男爵は『ありがとうございます』と言って馬車に戻り、護衛達は急ぎ夜営の準備を進めている。


「でもさ~、護衛の人数少なくない? 男爵でも貴族なんだから、二十人くらいの護衛がいても良いのに、御者をあわせても十人しかいないわよ」


「まあなぁ、でも騎馬は六頭いるからそれでまかなってるんかもな。ってかよ、このシチュー凄く美味いぞアンラ」


 夜営の準備をしている姿を見ながらも、手が止まらず口にシチューを運んでいて、あっという間に無くなった。


 おかわりは我慢して、クロセルに収納してもらい、出発の準備を始める。


「馬ぁ~、これからちょっと頑張ってもらうけど、よろしくね」


「明日の朝は少しゆっくり目に出発にすれば良いだろっと。じゃあ行くか」


「ほ~い、男爵に出発すること言わないで良いの?」


 馬車に積むものも無いから準備はすぐに終わり、アンラに言われ、ブロンズ男爵に一言だけ伝えておくことにした。


 アンラには馬車で待っていてもらい、馬車を中心に夕ごはんの準備をしている護衛に声をかける。


「護衛の兄ちゃん、俺達は出かけっからよ、ブロンズ男爵によろしく言っておいてくれっか」


「はっ! フェンサー子爵様、この度はご迷惑をおかけします。男爵様にはお伝えしておきまので、どうかご安全に」


「おう。ありがとうな」


 軽く手を上げて馬車に戻ろうとした時、男爵の馬車から女の人の声が聞こえてきた。


『――早くなさい! たかが成り上がりの貴族でしょう! お父様、由緒ある我がブロンズ家の嫡子が馬車からも出れないとはどういう事ですか!』


『これ、そうは言ってもあの者が持つナイフは、王族に縁のある者か、よほどの功績のある者が持つナイフなのだ。その者が場所を開けようとしてくれているのだぞ。後しばし待つのだ』


 ん~、わがまま娘ってのか、歳取ってからのとか言ってたから甘やかし過ぎたんだな。


『うふふ。ケントが由緒ある貴族なら叫んでいた娘は不敬とされて罰せられますね。ほらケント、護衛の方が申し訳なさそうな顔をしてますから、もう行きましょう』


『だな』


「兄ちゃん達も中々気が休まらねえかもだが、安全を祈っとくぜ」


「はは……ありがとうございます」


 今度こそ馬車に向けて歩きだし、乗り込んで馬車を進めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 元の夜営地から二時間ほど走った所に小さいが、馬車が数台停められる夜営地があった。


「うっし、ここにすっか。馬もお疲れ、アンラ、ここにするぞ」


「は~い。よいしょっと、あら、小ぢんまりしてるけど、水場もあるし、良さそうね」


 御者台でまた俺の膝を枕にしてたアンラが起き上がり、手にしていた本を収納してキョロキョロと夜営地を見て、うんうんと頷いている。


「おう、ここも焚き火の準備をしなくても良さそうだしな」


 馬車を止め、馬のお世話をした後、フルフルがいなくなったから夜警をしなきゃいけなかったんだが、完全に忘れて寝てしまった。


『まったく、二人とも気を抜きすぎです。アンラは悪魔なのですから寝なくても良いはずですのに』


『クロセル様、アンラは嬉しいのですよ、今はこのままで、私も警戒をしておきますので』

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