第81話 つんつん→ひゃん!

 馬車の幌から俺の横に、ぴょんと飛び降りてきたアンラは、テルルのおっぱいをつんつんしている。


(ちぇっ、ぷにぷに……敵かな……)


 テルルはさらに身を縮こまらせて『ひゃん』とか言ってる。


 止めとけアンラ、ガズリーと一緒になるぞ?


 でもよ……アンラ提案はありがたいが、また起きた後で絡んでくるだろう。


 面倒だが一度ちゃんと決着をつけた方が良いんかもしんねえな。


 考えてたら、いつの間にかガズリー達に囲まれる形になっちまった。


 両手が塞がったままだと、ちと不利な気もする……まあ、蹴りだけで何とかするしかねえな。


 ガヤガヤと見物人も『アイツいきなり飛び蹴りしてたぞ、それに決闘だとよ』『街中で剣を抜きやがった!』『聖騎士だってさ、でもスケベそうな顔ね』『衛兵を呼んだぞ!』と騒がしくなってきた。


 アシア達も、剣を抜くまでは何とか助けに入ろうとしていたが、抜いた後はやっぱり近付く事もできねえようで、馬車の影に隠れている。


 ジリジリと間合いをつめてくるガズリー達の背後、見物人のさらに向こう側に馬に乗った衛兵じゃなくて、お城で見た鎧を着た騎士と、真っ白な鎧を着た教会騎士の姿が並んで見えた。


 人だかりを歩きの兵士は馬が通れるように道を開けさせ、できた道をこちらに向かってきた。


「な、なんだよ、じゃなくて、なですかあなた達は」


「ガズリー、ヤバいよ怒られるって街中で騒ぎを起こしちゃってるもん」


「に、逃げようよ、教会の人もいるからまずい事に」


「う、うるせえ! 美少女達を魔の手から助け出す使命があるんだ! 俺は聖騎士だから正義なんだよ!」


 オロオロと二人は構えていた剣を下ろして慌てて鞘に納める。

 だがガズリーは訳の分からない事を言いながら剣を納めず、まだ切っ先を俺に向け、ジリジリと間合いをつめて来ている。


 だがそこにやって来た騎士達は馬を止め、人垣を分けた兵士に手綱を渡して馬から降りてきた。


「なんの騒ぎだ! 人の行き交う大通りで剣を抜く事は罪と知っての事か! すぐに剣を納めよ!」


「あなたは噂のガズリーですね、聖騎士のスキルを神から賜ったと聞いておりますが、なんという事をしているのですか」


 騎士と教会騎士の二人はにらみ合う俺とガズリーのところまで来て、ガズリーを見て、俺を見た後腰の両手剣に手を掛けた。


 ガズリーが斬りかかろうとすれば、制圧されんだろうなとチラリと騎士達に目を向けた瞬間――。


「じゃ、邪魔者が来ましたね、ここは引いてやる、お嬢さんの事はちゃんとお助けしますのでご安心を」


 そう言って、剣を納め、教会騎士の方を見て、軽く頭を下げた。


「教会騎士の名前は知らないが、僕は聖騎士ガズリーだ、このケントが少女達を無理矢理引き連れていたので助けようとしていたのです」


「は? 何を言ってんだ? 護衛依頼のために準備しに来てるって言っただろ? ガズリーお前……頭大丈夫か? どう見ても突っ掛かってきたのはお前だろうが」


 訳の分からねえ事を言ってくるガズリーだが、教会騎士はそれを鵜呑みにはせず、回りを囲んでいた人にも話を聞くようだ。


 教会騎士が部下なのか、白ローブ達を呼び寄せ、指示をしている。

 そしてその者達は囲っていた人たちに向かい、色々と聞いてるようだ。


 ふう、これでなんとかこの騒ぎはおさまりそうだな。

 アンラ、眠りヒュプノスだが今回は無しだ。


(ふ~ん、まあ良いけどさ、いつまでその子抱っこしてるの?)


 そういやそうだな、ずっと抱えてるわけにもいかねえし。


「テルル、そろそろ立てそうか? 騎士達も来たしよ、もう大丈夫なはずだぞ」


「で、でも、あの者の視線で胸をつつかれてるようなのです、ひゃん! ほ、ほらまたっ!」


 おいアンラ! まだやってたのかよ! 止めてやれよ! そんなんじゃいつまで経っても下ろせねえだろ!


(あっ、それもそうね、この敵はやっつけなきゃだけど、仕方ないわね、今日のところは許してあげるわ)


 ずっと胸をつついていた手を引っ込め、今度は自分の胸をペタペタして泣きそうな顔になってる。


 他の悪魔は大人なんだし、アンラはまだ小せえんだろ? その内大きくなるから泣くんじゃねえよ。


 いじけてるアンラ、それを見ていたプリムも自分の胸をペタペタしてるんだが、お前もその内デカくなるだろ。


「あっ、お、おさまったようです、教会騎士が視線を遮ってくれたからでしょうか? ふう……あっ! ケント、お、降ろして下さい!」


「おう、そっと降ろすぞ」


 アンラが止めたんで、つつかれることが無くなったのに、今度は慌てだし、バタバタしだしたが、落とさないようにそっと足から下ろしてやった。


 少し、ふらっとしたが、しっかり立ててるようだし、怪我もなくて良かったぜ。


 馬車の影にいたプリム達も俺のところにやって来た時、白ローブ達も聞き取りが終わったようで、ガズリー達を囲むような陣形になるように戻ってきた。


「どうだ、僕の言った通りだろ? ケントが悪いんだ、俺は聖騎士だから間違ってないからな」


 ガズリーはなんでか自信満々に言ってるが、仲間の二人はカタカタと震え、下を向いている。


 それはそうだろう、戻ってきた白ローブ達は、眉間にシワを寄せ、睨み付けるようにガズリー達を見てるんだからな。


(あれに気付かないの、相当鈍くない? それとも馬鹿じゃないの?)


 俺もそう思う……あれで本当に聖騎士で大丈夫なんか心配になるよな。


 ガズリー達三人を囲んだまま、白ローブが教会騎士に報告を始めた。


「加害者は聖騎士ガズリーで間違いはないですね、馬車からそこの少女を下ろしている少年にいきなり叫びながら飛び蹴りを入れたそうです」


「ちょっと待てよ! デタラメ言うんじゃねえ!」


 そう言ってるが、本当に仕掛けてきたのはお前だからな。


 だが、ガズリーのわめき声を遮るように、手をガズリーの前にスッと突きだし白ローブの報告は続く。

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