第65話 バジリスク

 悲鳴がした方へ走る。


 アンラはついてきているが、兵士達は突然の事でまだ動き出せていないようだ。


 奥へ無かて走っていると、通路の真ん中あたりにあった、鉄格子ではない鉄扉が開き、部屋の灯りが通路に漏れ出てきた。


『牢番の詰所のようです! 急ぎましょう!』


 一人、また一人と駆け出てくる兵士達は、俺たちの方に向かって走ってくる。


 だが誰も灯りの魔道具を持っておらず、詰所から出てすぐはまだ足元も見えていたようだが、やはり駄目なようだ。


 詰所から少し離れると真っ暗なため、躓いたり、壁にぶち当たったりしながらも走り続けている。


 何度も躓き、床に手をつき、また立ち上がって『壁に手をつきながら走れ!』と、十人ほどの兵士達は、言葉通り左右に分かれた。


 そのまま俺とアンラの後ろにある灯りを目指して走り、通路の真ん中を走る俺達の横を通りすぎた。


「ま、魔物が出たぞ! 蛇の魔物だ!」


「た、助けてくれ! 石になっちまう! バジリスクだ!」


 ある程度走ったところで合流したのか声が聞こえた。


(バジリスクね~、ケント、凄く美味しいからなるべく傷をつけないように気を付けて、危ないのは石化の毒だよ)


 また気の抜けるような喋りをするが、アンラの顔は真剣な顔に変わっている。


 いつもは余裕な顔しか見せないアンラがだ。


 こりゃ気合いを入れねえとな。


 気を引き締めた俺達が詰所にたどり着いた時、開いたままの扉からバジリスクが顔を出してきた。


 黒光りするような、ツルツルの鱗に覆われた顔の横に、小さく赤い目があり俺を映していた。


『捕まると巻き付かれてしまいます、その力はトロールでも逃れられないと言われていますから気を付けてください』


 トロールがどんなに力が強いんか分かんねえけど、あのデカさだ、相当な力があると思う。


 だがよ……両開きの扉から出てる頭だけであの大きさだが……どんな大きさなんだ?


 あのトロールに巻き付いて、やっつけられるんだろ? あの詰所の広さってそんなにデカいんか?


(ん? なんでだろ? 部屋から出てこないね、頭が出てるからそのままにょろりと出てくると思ったんだけど)


 五メートルほど通路に出ているが、そこからは出てくるどころか、後ろにも下がらない。


(ん~、ケント、コイツもしかして……ここって地下でしょ? レイスだと地中も通り抜けられるんだけど、体が土の中に埋まってるかもね)


 なら今の内に倒しちまうぞ! 蛇だろ、そんなもんすぐに抜け出してきちまうぞ!


 蛇の顔を見た瞬間に抜いていたクロセルを、下段に構えたまま突っ込み、天井ぎりぎりまで鎌首を持ち上げているバジリスクの顎下に走り込んむ。


 アンラは飛び上がり、奴の頭と同じ高さで両手の爪を伸ばして襲いかかった。


 俺も行くぜ!


「どわっ! 弾かれた!」


 バジリスクの首を切り裂こうとしたんだが、俺の攻撃は硬いだけと思っていたその鱗が柔軟に受け止め、バコンと音がなるだけで、ほんの少し傷が付くだけに終わった。


(ケント! バジリスクは突きじゃなきゃ弾かれるよ! えいっ!)


 ザシュっとアンラの爪はバジリスクの上顎から入り、下顎にまで突き抜けた。


(なんで避けんのよ! 大人しくしなさい!)


 狙いは外したようだがやるじゃねえか、だがそうと分かったらこっちのもんだ。


 アンラに傷つけられて、ブオンと風を切りながらのたうち回るバジリスク。


 一旦後ろに飛び退き、暴れるバジリスクに付けた小さな傷目掛けて加速。


「ぶっ刺さりやがれ! しっ!」


 ドシン、ドシンと壁に床にと体をぶつけて暴れるバジリスクの動きをギリギリで躱し、おもいっきり小さな傷のところからねじ込むように突き刺した。


(ぬおっ! こ、こら暴れたら危ないでしょ! えいっ!)


 俺が刺す前に暴れていたバジリスク。


 アンラの爪が刺さったままなのに、その動きは予測できない動きに変わり、アンラはパキンと爪を折って、バジリスクの鼻先をバコンと蹴って後ろに飛び退いた。


『ケント! アンラ! 狙いは心臓と頭です! 心臓はちょうど扉から出たところにありますよケント! アンラは氷魔法で動きを鈍らせて、目と目の間を!』


「「やってやるぜ!任せて!」」


 暴れまわるバジリスクのせいで、天井や壁、床の石にヒビが入り、天井からはパラパラと砕けた破片が落ちてくる。


 後ろの方では――。


『お前達大丈夫か!』

『先はどうなっているんだ!』

『どうしてここに! バジリスクが出た!』

『早く逃げないと生き埋めになるぞ!』


 など、合流して声をかけあってるようだが、合流のお陰で足は止まってくれたようだ。


(いっくよー! 氷縛コールドバインド!)


 アンラの魔法は天井、床、壁から、太くはないけど氷の鎖が伸びてきて、のたうち回るバジリスクに絡み付いた。


 無数に伸びる氷の鎖は、絡んだ後にピンっと張り、通路を崩してしまいそうな動きを止める事に成功した。


「よし! いっけぇぇえー!」


 床と壁から伸びた氷の鎖をすり抜け、詰所の入口に走る。


 隙間がないほど入口いっぱいのバジリスクの胴体、そのちょうど真ん中あたりに狙いを定め、クロセルを突き刺した。


『ケント! 魔力を込めて伸びろと念じて下さい!』


「うおぉぉぉぉぉー! 伸びろ! デカく伸びて心臓を貫け!」


 テカテカの鱗を突き破り、根元近くまで刺さり込んだ柄を握り締め、捻りを加えるようにさらに押し込みながら魔力をクロセルに流していくと、グリッと抉れる感覚が手に伝わり、垂直に刺したクロセルが水平になった瞬間――。


「ぬおっ!」


 ちょうど握りやすかった太さの柄が太くなり、押し戻されそうになったが負けてらんねえ。


 さらに太くなるクロセルを手放さないようにさらに押し込んで、根元までズブリと刺す事に成功した。


 ビクン、ビクンと痙攣するバジリスクから目を外してアンラを見ると、縛って動けなくなった頭の上に乗り、言われていた目と目の間に向けて、伸ばした爪を刺すところだった。

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