30. 初めてのデートはクリスマスイブイブ きらきらクリスマスマーケット

 デパートから出てクリスマスマーケットに着いた頃には、空は茜色と藍色のグラデーションになっていた。

「空が綺麗ですね!」

「ええ。イルミネーションもいいけれど、この黄昏時の空は、鮮やかな夕焼けの色と深い夜の色が溶けあって、格別に美しいと思うの。」

「先生の表現も綺麗です。流石国語科……。」

「まあ。思ったことを言っただけよ。」

「私、今の先生の表現すごく好きです。」

「貴女の感情表現も可愛くて好きよ。」

「子犬みたいで、ですか? ふふふ。あ、あそこ! 雑貨屋さんありますよ!」

「子犬みたい、もそうだけれど。甘えてくる貴女は目も口元も、他と比べ物にならないくらい嬉しそうに笑っているの。それがもう、可愛くて。

 そうね、このクリスマスマーケット、結構広いわね。のんびりしてると時間足りなくなっちゃいそう! 行きましょう!」

 クリスマスマーケットの出店でみせを順に巡っていって、アクセサリーショップにて。

「ねえ、琴葉。このネックレス……お揃いでつけましょう?」

 藤枝先生が示したのは、小さな鳩が小さなハート型の宝石を咥えたモチーフのネックレスだ。

「これ、飾りが小さいから、制服のカッターシャツの下につけてもボタンを一番上まで閉めてしまえばわからないと思うの。」

「あの、先生。それって。」

「……服の下には2人の秘密。突発の服装指導が怖いけど……開いてるボタンを閉めるように指導はしても、閉まってるボタンを開けてまでそんなチェックはしない……はずよ。

 私も服装チェックやることあるからマニュアルには目を通したことある。

 貴女は服装指導で引っ掛かったことなんて無いし、元々ボタンはいつも上まで閉めてるでしょ?」

「引っ掛かったこと無いですし、ボタンはいつも閉めてます。」

「じゃあ……決まりね。暖かくなってきたら私は見えるようにつけるけど……まさか貴女とお揃いなんて誰が想像するでしょう。」

 ちょっとだけ私は藤枝先生をずるいと思った。

「私も見えるようにつけて自慢したいです。……でもそんなことしたら私と藤枝先生が付き合ってるってばれちゃいますね。我慢我慢……。」

「貴女が卒業したとき、2人でつけて自慢しましょう? それにそもそも学校で見えるようにつけたら没収されるわよ?」

「むー……。じゃあデートの時は2人でつけましょうね、約束ですよ!」

「もちろんよ。」

「楽しみです! 宝石、何色にします?」

「せっかくだから選びあいましょう?」

「私が藤枝先生のを選ぶんですね。それならやっぱり桃色です!」

「櫻子、だからかしら。それなら貴女は、これね。」

「緑色……。」

「シュシュも緑色だけど、貴女には緑色がよく似合うと思うの。琴"葉"だからかしら。」

「桜と葉、桃色と緑色、並べても素敵ですね!」

「決まりね! じゃあ……お会計したら2人でつけましょうか。」

 また藤枝先生がしれっと一人でお金を払っていたので、私はネックレスの代金を渡そうとしたけれど受け取ってくれない。

 多少の問答の末、ネックレスが税込み1600円で、1000円ぴったりを私が渡すということで合意した。

 私が卒業してアルバイトできるようになったら、ちゃんと割り勘しますからね!

「琴葉は本当に真面目なんだから……。」

「いっくら先生のほうが大人でお金あるからって、ずっと奢られてるのは申し訳無いですよ……。」

「じゃあ、貴女が卒業したら少しずつ返してもらおうかしら。」

「そういう約束でお願いします。今日の分、覚えておきますよ。あ、さっきのカフェ代は見る前に伝票持っていかれちゃったから大雑把な金額ですけど……。」

「あれだけは奢りにさせてちょうだい? 初めてのデートで初めてのお食事だったから。私がしたくてしたんだから。奢る側としてはね、喜んでもらえればそれで嬉しいのよ。……あ、社会に出たときのお作法としては財布出して払おうとはしてね?」

「そこまでおっしゃるのなら……。じゃあ、あのカフェは甘えさせていただきます。」

「うふふ、ありがとう。じゃあ、早速2人でつけましょう?」

 明るい屋外灯の下に移動すると、藤枝先生が緑色の石がついたネックレスを取りだし……それは私の方の……私の首にかけてくれた。

 私が藤枝先生の持つ袋から桃色の石がついたネックレスを取り出すと、藤枝先生が少しだけかがんでくれた。

 私は藤枝先生の首にネックレスをかけた。かがんだ足を戻して藤枝先生が私を見つめる。

「また、お揃いね。」

「お揃いですね。」

 練り香水もそうだけど、藤枝先生ってすごくべったりしてくるように思える。私の方から告白してくれるのを待っていたみたいということは、藤枝先生もこうしたくて仕方なかったのかな。

 お揃いのネックレスを着けた年上の恋人の胸中を私は想像していた。

 ふと、肉の焼ける香ばしい香りやケーキのような甘い香り、赤ワインの芳醇な香りが漂ってくる。

 あれはローストチキンかな……? ソーセージかな……?

「琴葉。お腹が空いてきたのね。目がキョロキョロしてるわよ。」

「さっきから美味しい匂いでいっぱいで、そろそろお腹が空いてきました!」

「じゃあ、食べ物のお店を巡りながらどれ食べるか決めましょうか。」

 ハーブチキン……ソーセージ……パイシチュー……ブッシュ・ド・ノエル……シュトーレン……。

 これらを結局2人で分担して買ってシェアして食べることにした。

 (藤枝先生も甘いものが好きなのかブッシュ・ド・ノエルとシュトーレンは2人で分け合うという結論が出るまでどっちにするか悩んでいた。)

 お店はどこも混んでいる上、座って食べる席も空いていないので、先に買ったものを少しずつ食べながら並ぶことにした。

「やっぱり匂いには勝てませんよねー。美味しいですハーブチキン。」

「こういう屋台の焼きたてのソーセージって格別よね。はい、1口目は琴葉にあげるわ。あーん……。」

「寒い日に寒いところで食べるパイシチューは暖かいですよね……。藤枝先生、ふーふーしてありますよ、あーん……。」

「ブッシュ・ド・ノエルはただのチョコレートケーキじゃないのよ。フランス語でクリスマスの木って意味。何故木の形なのかは諸説あるけれど、ひとつは生まれたばかりのキリストを暖めるために暖炉で燃やされた薪を象っている、と言われているわ。」

「シュトーレン美味しいです……。こういうフルーツケーキって長持ちするらしいですね。」

「実はシュトーレンって初めて聞いたからこっそり予習してきたのだけれど。シュトーレンという言葉の意味はドイツ語でトンネルなのだけれど、砂糖に包まれた白くて丸い見た目が白いおくるみに包まれた赤ちゃんのキリストに見えるから、キリストの誕生日を待ちながら少しずつ食べるお菓子になっていった。ということらしいわ。」

「学校の図書館で調べたんですか。」

「昨日は学校に出勤してないから市の図書館に行ってきたの。インターネットで調べるのもお手軽でいいけれど、私は図書館で調べることや紙の本をめくること自体が好きだから時間がかかっても自分で本で調べるのが好き。」

「藤枝先生、本当に本と図書館がお好きなんですね。」

 食べ物を一通り制覇したところで、最後にたどり着いたのが、赤ワインの香りが漂う屋台だった。

「あら。グリューワインがあるのね。」

「グリューワインって何ですか。」

「フルーツやシナモンとかのスパイスを入れて温めた赤ワインのことよ。寒い日に飲むと、身体の中からポカポカ温まってほっとするのよ。」

「たしかお酒って、加熱するとアルコール飛ぶんでしたっけ。……あ、加熱してあるけど、未成年駄目って書いてありますね。」

「よく見て。厳密にはワインじゃないけど、ぶどうジュースをベースにしたノンアルコールのもあるわよ。」

「あ、それなら私でもいけますね!」

「ふふ。私もそれにするわ。」

「え、先生はワインにしないんですか?」

「飲めないわけではないけどあんまりアルコールに強くないの。グリューワインは前に飲んだことあるんだけど、甘くて美味しいからかなり酔うのよ。それに……貴女と同じものが飲みたいし。一人だけ酔うよりも、貴女と同じ味がいいわ。」

「私と同じもの……。」

 やっぱり藤枝先生、恋人になってからお揃いとかそういうのにこだわってるよね。

「嬉しいです。お酒じゃなくても、藤枝先生と一緒に飲めるのが。私が成人してもまだこのクリスマスマーケットが開催されていたら、その時こそ2人で本物のグリューワインを飲みたいです。」

「貴女との楽しみがどんどん増えていくわ……。あ、そろそろ順番回ってくるわね。」

 結構並んでいるように見えたけれど、やっぱり藤枝先生と一緒だとあっという間だ。

「ノンアルコールのグリューワイン、2つお願いします。あと、グリューワインのボトル小さいの2つ。」

「へぇ、ボトルも売ってるんですね。」

 レジの横に、未成年者にはワインを販売しません、と注意書きがされていた。

 注文と支払いを済ませて(また藤枝先生がまとめて払っていたので自分の分は後で払うとして)商品受け取り口に回り、2杯のノンアルコールグリューワインを受け取る。

 せっかくなので、飾られているクリスマスツリーがよく見える位置まで移動した。

「ふふふ。じゃあ、恋人になった私達がずっと幸せでいられますように。乾杯。」

「乾杯、です。」

 紙コップで乾杯をする。気持ちの良い音は鳴らないけれど、乾杯は音が大事なのではなく気持ちが大事だ、とそんな気がしている。

 このノンアルコールグリューワイン、アルコール入ってないのは間違いないけれど、藤枝先生は相当はしゃいでるよね。これでお酒が入ったら、どんな風になるんだろう……。先生同士で飲み会とかあるのかな。あかえもんなら知ってるのかな……? 藤枝先生がお酒を飲むとどうなるのか……。

「ふふ。貴女が成人するのが楽しみだわ。お酒ってね、何年も保存できるの。だからさっき買ったボトルは、貴女が成人した年のクリスマスに2人で飲もうと思って大切に持っておくの。……私と貴女が、恋人になった年のワインを、ね。」

「そのためにボトル買ってたんですか……。私も楽しみです。藤枝先生とお酒を飲める日が来るのが!」

 ノンアルコールグリューワインは、ぶどうジュースにリンゴやオレンジピール、シナモンにジンジャーかな? が入っていて飲むと身体の中からぽかぽかしてくる。 

 イルミネーションが輝くツリーを眺めてグリューワインを飲みながら藤枝先生が囁いてくる。

「ねえ琴葉……。そろそろ、静かに2人だけで過ごさない? 良いところ、知ってるの。」

「私もそろそろそうしたいなって思ってました。行きましょう。」


 やっと、2人だけで過ごせますね。

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