28. 初めてのデートはクリスマスイブイブ 2人で食べる巨大パフェ

 パフェを待っている間、藤枝先生に昨日のアンサンブルコンテストの結果を報告していた。

「金管8重奏、なんとか次の大会に進出できましたけど結構ギリギリだったみたいで。いただいた講評だと、個々の技量は悪くないけどまだまだ噛みあいきってはない。そんな感じみたいです。みんなのこと見ながら聴きながら吹いてるつもりだったんだけどなあ。」

「アンサンブルはミスや粗が出やすいのよねぇ。それに、緊張するとさらに周りが見えなくなるし。こればっかりは場数を踏むしか無いのかしら。」

「ぶっちゃけ、私はアンサンブルコンテストよりも藤枝先生に告白するほうが緊張しました。もう何も怖くないです。」

「まあ。緊張の果てに練習してきたのを度忘れしてアドリブしてたものねえ。あの時の琴葉は、顔真っ赤で必死さがすごく伝わってきたわ。」

「そりゃ緊張しますよもう! 駄目だったらどうしようって怖かったですもの!」

「その恐怖を乗り越えてくれたから、私は今こうして琴葉とお付き合い出来てるの。」

「……頑張った甲斐がありました。」

 藤枝先生と過ごしている間は20分なんてあっという間で、巨大パフェが運ばれてきた。

「お待たせしました。パフェ『アメイジング』でございます。」

「わあお!」

 想像を超える大きさに思わず声が出てしまった。

「大丈夫?」

「大丈夫です!」

 言い出したのは私なんだから責任持って食べますとも!

「なら、さっそく食べるわよ! アイスクリーム溶けちゃうし!」

「行きますよ!」

 元気よく返事をして、カレー食べる用みたいな大きなスプーンにパフェをすくって、藤枝先生の口へ運んでみる。

 藤枝先生は、はむ、と私の出したパフェを頬張ってくれる。顔が少しピンク色に染まっているような気がする。

 口の横にクリームがついてしまったけれど、藤枝先生は指先でクリームをそっとすくって舌でそっとぺろりと舐めとる。

 それはなんだか見ていてどきどきしてしまう。藤枝先生、こんなに色っぽいひとだったんだ……。

「甘くて美味しい! そして琴葉、結構積極的よね。貴女から食べさせてもらえるなんて。お返しをしないとね……。」

 藤枝先生はいたずらっぽく笑いながら、大きなスプーンに山盛りにパフェをすくっている。これ、絶対口の横にクリーム付く。

 にこにこと微笑みながら藤枝先生はパフェが山盛りになったスプーンを私の口に運んでくる。私はそれを精一杯口を大きく開いて受け止める。案の定、私の口元にもクリームがついてしまった。先生の真似をして、私も指でクリームをすくって舌で舐めとる。

 藤枝先生が私をうっとりしたような目で見つめてくる。

「ずいぶん可愛いことをするのね……?」

「先生の真似をしてみただけですよ。」

「そう言われちゃうとちょっと恥ずかしいわ……。」

 珍しく藤枝先生がたじたじしてる! 可愛い!

 ようし、それなら!

「そうして苺みたいに赤くなってる先生、可愛いです!」

「恥ずかしくて、隠れちゃいたいわ……!」

 言いながら藤枝先生は巨大パフェとテーブルの陰に隠れるようにうつむいてしまった。巨大パフェと言っても所詮二人用サイズなのでそこまで大きいわけではない。大体、映画館で売ってるポップコーンのLサイズ、もしくは某夢の国で売ってるポップコーンケースくらいの大きさである。

「あちゃー…...。やり過ぎましたか……。いつも、先生に照れちゃってるから、反撃するチャンスだと思ってつい……。ごめんなさい……。でも先生の照れ顔可愛かったな……!」

 藤枝先生が顔を上げてくれた。良かった。

「謝ることなんてないのよ。その分、また貴女を照れさせるだけだから……ねぇ。うふふ。」

「よ、よかった……です?」

「さあ、パフェがぬるくなっちゃうしこういうのは勢いが大事だから、一気に食べちゃいましょう! ここから先は各自でどんどん取って食べてって。」


 取り分け用の小皿に今度は各自で随時食べる分をよそって食べていく。

「まさかこの歳で巨大パフェをまた食べることになるとは思っていなかったわ。」

「私、実は初めてです。」

「あら。吹奏楽の子たちと行ったりしないの?」

「行ったことないですね……。光北駅のトラットリアはよく行きますし、うちの生徒は結構な数いますけど。」

「そりゃあ、あんな場所にあれば大繁盛でしょうね。私も電車通勤だから生徒が入っていくのをよく見かけるわ。私は実家の近くにもっと大きい店舗のトラットリアがあるからそっちに行ってるの。学校の近くの店舗は狭いうえにあのあたりの高校生が集まるから混むのよ……。」

「いつか先生と一緒に……と思いましたが学校近くのトラットリアはやめといた方が良さそうですね。見られる危険が……。」

「今だって結構びくびくしてるのよ本当は。誰かに見つからないか。」

「少なくとも吹部のあいつらには見られたくないな……。」

「吹部のあいつら?」

「人の恋バナを聞き付けては根掘り葉掘り聞いてくる子たちがいるんですよ……。迷惑してる子も多くて、千利も手を焼いてます……。」

「いるわよね、そういう他人のことを知りたがる人たち。残念ながらよくいるものよ大人の社会にも。まあ、万が一見られたら偶然合流したていで。」

「偶然合流してノリで巨大パフェ食べてる、なんかセイシュンですね! 私の青春は部活がすべてだと思ってましたから。こんなふうに誰かと過ごすなんて想像もできなかったです。」

「私は貴女の青春の一部になったのね。」

「一部……そんなじゃないですよ。先生が異動してきてから先生に会いたくて図書室に行くようになって、私の中での先生はどんどん大きなものになっていって。気づけば先生のことばかり考えるようになって……。」

「それは、恋っていうんじゃないかしら。」

「それに気づいたのがあの文化祭の練習ですね。あの曲は好きになった人を想って逢いたい触れていたいと歌う歌です。それで、顧問に合奏練習の時にそういう相手はいるかって振られて、そのときに貴女のことしか考えられなくて。それで……貴女が好きだって気がついたんです。」

「そうだったの。文化祭の頃に言ってた悩みって、恋の悩みのことだったのね?」

「そうです。貴女に告白するべきかどうか。もし、ダメだったら……二度と図書室で藤枝先生と過ごせなくなるかも、とか思ったりもしましたから……。あの頃は、不安で不安で仕方なかったです。」

「ふふ。でも、貴女が踏み出してくれたからこうして2人で過ごせてるわ。一昨日も言ったけれど、私からの告白はしたくてもできなかった、するわけにいかなかったから。貴女のおかげよ。私と貴女が恋人同士になれたのは。ありがとう。」

「そんな、照れちゃいます……。」

「そうして桃みたいに赤くなる貴女は本当に可愛いの。

 私が貴女を好きになったのも、文化祭の頃かしら。

 貴女、部活も勉強も頑張り屋さんなのが一つ。もう一つは図書室に来ると照れたみたいに顔を赤くしながらお話してくるのがすごく可愛くて。

 図書室に生徒がたくさん来てくれるよりも、貴女と2人で過ごす方が幸せに思えてきて。

 中間テスト前に、貴女にブッカー貼りを教えたときは貴女に触れていたくてあんな教え方しちゃったの。

 香水のことを聞かれて貴女にあの香水を塗りたくなって。単純に貴女の手に触れたかったのもあるけれど、私のこの手で貴女に塗ってお揃いにしたかった。

 今思うと、独占欲……だったのかな。」

「んんんんん!」

「ちょっと! 大丈夫?」

 食べてるときに破壊的な台詞を言わないでください! むせて苦しいです!

 んー、んー、ごくん。やっと飲み込めた。お水を飲んで、落ち着いた。

「大丈夫です。……先生が照れること言うものですから。」

「そんなこと私言ったかしら?」

「言いました! 思い出すだけでもドキドキですよ!」

「ねぇ、私の発言のどこにそんなにドキドキしたの?」

 藤枝先生はまたあのいたずらっぽい笑みを湛えてこちらをみつめてくる。

「さっきのお返しですかー! 全部ですよ! もう!」

「全部って。本当に貴女は可愛らしい……! 貴女を選んで、本当に良かった。」

「ううう。恥ずかしい……!」

 恥ずかしさのあまり、食べるのに集中したくてパフェを皿に山盛りに取ってひたすら食べる。

 パフェはいつの間にか残り4分の1ほどになっていた。

「私はずいぶん食べたわ……。でもこの様子だと琴葉、どんどん食べそうね。私、ペース落とそうかしら。」

「無理しないでください。夜もあるんですから。私はどんどん行きます。」

 まだ恥ずかしいので皿から顔を上げずに返事だけして食べまくる。

「なら私は少しずつ食べていくわ。でも、貴女も無理しないでね。」

「もちろんです。でもこの勢いで食べちゃいたいですね!」

「頼もしいわ。」

 恥ずかしさは落ち着いたけれど、藤枝先生がそろそろ戦線離脱しそうなので私はスパートをかける。

 そして……。

「やりました! 食べきりました! 余裕ではないですけど全部食べました!」

「ありがとう! 最後のほう食べられなくてごめんなさいね?」

「いいんです。最初から先生よりも私のほうが食べるだろうなーってつもりでしたし。先生にあーんも出来ましたし、私は満足です!」

「まあ……。私も貴女にあーんが出来て嬉しかった! ちゃんと貴女、私がいっぱい盛ったの受け止めてくれたし。」

「先生からのあーんなら、絶対に落とすものかと思って食べてました。悔いはありません。」

「そういうところ、よ。もう。さて、流石にすぐには動けないでしょうから、少し休んでから動き出しましょうか。」

「そうですね。今すぐ動けと言われると苦しいです。今12時半くらいですから、13時前くらいにお店出ればいいですかね。」

「ええ。ゆっくりしてから次行きましょう。貴女とパフェ食べられて良かったわ。」


 予定通り13時ちょっと前くらいにお店を出て、デパートに向かいながら地下街を歩き始めた。

 お店を出る前、気が付いたら伝票が無くなってて、藤枝先生が一人でしれっと支払いを始めていた。

「あの、私も出します!」

「いいのいいの。そんなにお金あるわけじゃないでしょ?」

「いやまあうちの学校バイト禁止ですし、おこづかいもそんなにあるわけではないですけども。」

「でしょう?」

「じゃあ、次はちょっとは出させてくださいね。」

「はあい。」

 全くそんなつもりなさそうな返事のように聞こえたのは気のせいじゃないと思った。

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