1-4. 琴葉の告白
22. 水妖ヴォジャノーイは私を見つめる
中間テストが過ぎて、高文連地区大会の練習を急ピッチで進めて本番、こちらも県大会進出を勝ち取れた。
11月は高文連県大会に向けての練習で過ぎ去っていき、気が付けば12月に入っていた。
高文連県大会直前に期末テストがあり、また図書室に通って銀河ちゃんと切磋琢磨しながら、銀河ちゃんが帰ったら藤枝先生の
そして流石に国語科の学年1位は取れなかった。
(うちの学年285人中、古典23位、現代文10位と、1位ではないにせよ良いとこまでは行ってると思う。藤枝先生、やはり可愛い顔で厳しいことをおっしゃる……。)
12月上旬の高文連県大会はいいところまで行けたらしい。まあ、この高文連県大会は、元々上の全国大会に行けるのが本命の1校と補欠のもう1校だけで、それより下は順位がつくだけである。うちは真ん中よりちょっと上だったらしい。もう少し頑張れば補欠になれるかもってとこかなあ。
さて、アンサンブルコンテストの金管8重奏の練習が大詰めに入ってきている。
私達と顧問が選んだのは、「水の宮殿」。東ヨーロッパに伝わる水の妖精「ヴォジャノーイ」と彼らが住まう水中の宮殿を描いた楽曲。
千利に頼まれ……ているわけでもないが、私は昼休みに図書室に向かって夏のコンクールのように藤枝先生とヴォジャノーイの本を探そうと試みる。
「ヴォジャノーイなんて初めて聞いたわ。貴女の話を聞く限り、書いてあるとしたら東ヨーロッパの民話とか伝説とか、その辺りの本だけど……。」
「見た感じ、東ヨーロッパの民話とか伝説とかの本はこれしかないっぽいですよね……。」
藤枝先生と本を探して、1冊だけ何とか見つけることはできた。
『スラヴの神話』
藤枝先生と、見つけた本と楽譜についていた解説を読み進める。
「この楽譜の解説には“水の妖精”って書いてあったから可愛い人魚みたいな妖精さんを想像したけど、どっちかというと河童のほうがニュアンス近いというか、人間を水に引きずり込んで溺れさせるような妖怪なのか……。だからちょっと不気味なメロディあるのか。」
「あら。でも、ヴォジャノーイの宮殿は水晶や金や銀で出来た美しいところとも書いてあるじゃない。幻想的なのでしょうね。」
「あー! 中間部のユーフォニアムは宮殿を描いてるのか! ここもですが全体にユーフォニアムが目立つ曲なので責任大きいというか、プレッシャーが……。」
「もう。貴女は『水辺に願いを』を吹ききったでしょう? あの頃の自信はどこにいったのかしら? またあの時みたいに堂々と吹けばいいのよ。貴女のユーフォニアムの実力は、確かだと思うから! 私は現場には行けないけれど、応援してるのよ?」
「それだけで自信持てます。ありがとうございます。」
「あらあら。本当に貴女は勉強もユーフォニアムも……。私がいるから頑張れる、のかしら。」
「……そうですね。この一年、藤枝先生がいてくれたから勉強もユーフォニアムもここまで頑張れました。……先生、これからも、ずっと、私のこと、見ててくださいね。」
「……ずっと、ね。言ってくれるじゃないの。心配しなくても、貴女のことは見ているわ。……清永さんだから。」
「……はい。もうそろそろ昼休み終わりまで10分くらいですね。『スラヴの神話』は借りていきます。部室に部用の貸し出しカード取りに行くのも面倒なので私の生徒手帳で借ります。」
「じゃあ、手続きするわね。……はい。」
「ありがとうございます。……では。また、授業で。」
貸出手続きされた『スラヴの神話』を受け取り、私は図書室を後にする。
水妖ヴォジャノーイ。水の底に棲むとされる彼ら。
文化祭の頃は、告白することで先生との関係が
あの時、沈みそうになった想いは今、大切に抱きしめている。
あの時、出来なかった覚悟が今はもう出来ている。
水妖ヴォジャノーイ。人間を嫌い隙をついて水中へ引きずり込むとされる一方、嵐の日には人間を助けるとも、また豊漁をもたらすともされる。
私は想いを水に沈めなかった。いや、一度は沈んだけれど、ヴォジャノーイが助けてくれたのかもしれない。
あの日、不安だけを抱えて一度は想いを水に沈めて逃げ出しそうになった。
でも、図書室に向かい藤枝先生と話したことで、私は想いを沈めずにいられた。
私の心が湖で、ヴォジャノーイがいるのならば、彼らは水の底に捕らえた、臆病だった私とともに、今の私を見ているだろう。
すくい上げられた私の想い、今、覚悟とともに、
そんなことを考えながら私は教室に帰っていった。
午後の授業が終わり、部活が始まった。アンサンブルのチームにそれぞれ分かれて各自練習が始まった。
最初は個人練習で、ある程度それぞれ暖まってきたところで合奏練習を始める。合奏を3回ほどやったところで5分ほどの休憩を挟む。
休憩しながら私は『スラヴの神話』を千利に見せる。
千利も金管8重奏チームのメンバーだ。技術面でも精神面でも心強い。
「お前のことだから頼む前にやってくれそうだとは思ってたよ。ヴォジャノーイなんて私も初めて聞いたさ。……へぇ。恐ろしくて不気味な妖怪だけど、綺麗な所に住んでるんだな。楽譜についてる解説だと、中間部分のユーフォニアムソロはこの綺麗な宮殿を描いてるのか。頑張れよ琴葉!」
「まあやっといたほうがいいかなーと思って調べといたよ。不気味さと、ヴォジャノーイが宝石や金銀で飾った宮殿の幻想的な感じ? が出せればいいのかなぁ?」
「もうそれほぼイメージ出来てるじゃん。」
「あ、あくまで私とふじ…私一人のイメージだからね!? みんなでちゃんと話し合うよ!?」
「ははは。勿論だよ。もうイメージ固めちゃおう。おーい、みんなちょっと休憩伸ばして話し合いしようよ。」
千利が他のメンバーに呼びかけて話し合いが始まった。
メンバー全員で本を見ながら、私がイメージを共有していく。
「清永、コンクールの時もそうだったけどよくこんな的確な本を見つけてくるよな。入り浸ってるから図書室の中なんて熟知してるってわけか。」
そう言うのはチューバの2年男子、坂本
1年生のときに怪我をして柔道部での活動が出来なくなり、吹奏楽部にやってきて人材不足だったチューバに送り込まれ、そのまま居着いた元ルーキー。
今ではエースの一角として金管8重奏チームの一員である。
新人の頃は私が面倒を見てあげることもあったが、今では頼れる低音パート(ユーフォニアムとチューバ、コントラバスはまとめてこう呼ばれる)のチームメイトだ。
気は優しくて力持ち、を体現するような朗らかで気の良い大男である。
彼女はいるらしいがどうやら元同じ中学で今は別の高校に行っている、ということまでしか公にはなっていない。
彼もまたコイバナダイスキなあいつらのターゲットにされたことがあり、その時は鬱陶しいと愚痴ってきたり、私もあいつらにつきまとわれたりしたことがあった。
ちょっと前には私の恋の相手を聞き出そうと尋問されていたらしく、公にするわけにはいかない私としては、すまないとしか言えなかった。
(日々喜ちゃんもそうなっていると千利から聞き、申し訳無さでいっぱいで、日々喜ちゃんにも謝るしかなかった。)
私としては、友達や同期としては話しやすくて真面目でいい人だと思う。お互いに恋愛絡みで持ちつ持たれつにもなっているし、その意味でも同志と言えるかもしれない。しかし、それ以上の感情は特にはない。
「私が一人で探してるわけじゃ無いよ。図書室の先生に教えてもらってるの。」
「ふうん。そうか。……誰だっけ。」
「藤枝先生だよ。私らの学年の国語の。」
「藤枝先生? 俺のとこは古文担当のあの先生か。」
「そうそう。優しくて、本も一緒に探してくれるの。」
「……あの美人だけど、笑わなくて淡々としてる藤枝先生が?」
「あー。授業だけ聞いてるとそうかもね。図書室だと笑ってて可愛い先生なの。」
「清永が人をそこまで言うのは珍しいな。しかも口元がにやけてるぞ。」
「おっと。その話はそれくらいにしとこうか。脱線してるぞ。」
千利が助け舟を出してくれた。危ない危ない。ありがとう千利。
話がまとまったところで、今度は演奏しながらお互いの音と思いをすり合わせていく。
また、藤枝先生にいい報告ができますように。
そう思いながら、私はユーフォニアムを構え練習に臨むのであった。
アンサンブルの練習も大切だけど、家に帰ったらもう一つの練習も頑張らないと。
私は帰宅後、お風呂と晩御飯を済ませて、大切なもう一つの練習のために、生徒手帳とペンライトを持って布団に潜り込んだ。
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