21. 中間テスト結果とちょっとだけの答え

 結局、銀河ちゃんはあの日以降、ほぼ毎日図書室にやってきて18時半ごろまで勉強していった。

 藤枝先生と2人だけで過ごせる時間が減ってしまったが、その分真面目に勉強する時間が増えていた……? ありがとう銀河ちゃん……? 

 ……でも毎日図書室で勉強して藤枝先生に褒められてる銀河ちゃんを見ると私はなんというか、面白くなかった。

 後輩が頑張っている姿を見るのは嬉しいはずなんだけどなあ……。

 やっぱり藤枝先生が絡んでいるからか。

 銀河ちゃんについては複雑な気持ちだったが、連日の放課後、図書室に籠って藤枝先生のそばで勉強し続けたおかげで、中間テストはほぼ全科目で点数は上がった。

(内訳。現代文93点、古文85点、数Ⅱ60点、数B55点、生物67点、世界史75点、政経70点、英語リーディング80点、ライティング77点)

目標点数にはほとんどの科目で未達であるが、それでも前よりかはマシになったのだ! ああああああ!現代文はあと一歩で100点だったのにぃ! 

「そりゃあ、そんなに簡単に満点取られるわけには行かないから私も考えて試験問題を作ってるわよ。

 でも、まだ採点ミスとかあるかもしれないから正確に集計してないけど、貴女はほぼ間違いなく、少なくとも現代文は学年でも十指に入ったわよ!」

 中間テストが明けた11月上旬。現代文のテスト返却があったその日のお昼休み。

 私は図書室で藤枝先生に悔しさをぶつけていた。

「え! 今までせいぜい現代文でも中の上の下の方ぐらいだった私が、ですか!? そしてやっぱり今回の作問者は藤枝先生だったんですか。」

「ええ。今回は私が作問担当でした。……だからある意味、1年生の黒木さんには感謝してるの。流石に貴女と一緒の時にテスト問題作るわけにはいかないもの……。

 今回のテスト、本当に貴女は頑張ったし、私が来てからの今年しか知らないけれど、4月からすごく成長してると思うの! 国語科以外はわからないけれどね。

 貴女の真っ直ぐに努力してる姿……私は好きよ。ユーフォニアムも、勉強も、ね。」

 いま、藤枝先生から、「好き」と言われました。

 ……落ち着け私。「私が」ではなく「私の努力する姿が」だ。

 それでも嬉しい! 藤枝先生が私のことを見てくれてる証拠だもの!

 その微笑みも、声も、芯の通った性格も、何もかも、私は藤枝先生が好きだから、貴女に振り向いてほしいから、頑張れているのです。

 そして、やっぱりべったりしすぎてご迷惑かけてましたか……反省……。

 でも先生と一緒にいたい……。

「藤枝先生、先生にそんな風に言われたら……私、どれだけでも頑張れます。」

「まあ。それなら、次の目標は学年1位ね。現代文もだけど、古文もよ。」

「先生! 流石にハードル上げ過ぎ……いいえ、藤枝先生に言われたならやるしかないです。……先生の傍に居られる理由も増えますから。」

「あら。少し煽りすぎたかしら。貴女が傍に来てくれるのは嬉しいけれど仕事が……。いいえ、どの仕事をいつするか調整すればいいだけだわ。どうしても仕事が立て込んだ時は職員室か司書室で一人にさせてくれって時も出てくるでしょうけれど。」

「藤枝先生、ご無理はしないでください。一緒にいられたら嬉しいですけれど、先生に期待してもらえてるってことだけで私、励みになります。」

「まあ。今度、赤染先生に去年の貴女のことを聞いてみようかしら。赤染先生は確か去年の貴女を知ってるはずだから。……まあ、今年の貴女もよく知ってるでしょうけどね。なんせ貴女のクラス担任ですし。」

「わああ。聞くのは止めませんが、たぶん今年から急に成績が跳ね上がったのを不思議がってると思いますよ……。ちなみに去年は現代文教えてもらってました、赤染先生。」

 赤染桐恵あかぞめきりえ先生。ベテランの女性の国語教師で、今年は私のクラスで古文を担当している。そして私達のクラス担任。この前、長男が成人したとか大学がどうのこうのとか言ってたからほぼ間違いなく50代近くだろう。

 見た目はふくよか、身長は高くない、性格は豪快なオバサン先生。面倒見がすごくよくて、国語科に関係ないことでも、くだらないことでも親身になってくれる、肝っ玉母ちゃんな先生である。

 声があの青い猫型ロボットによく似ているので一部の生徒からは「あかえもん」とか「きりえもん」とか呼ばれているらしい(体型からの印象もありそうだけれど)。

 その昔、野球部だがどこだかがガラス割った時にそこの顧問ではなく赤染先生に泣きついて「あかえもーん助けてー」と言ったとか言わなかったとか、という話がまことしやかに語られているが、赤染先生に聞いてもはぐらかされるだけだったらしい。

「ふふふふふ。私の知らない貴女を、赤染先生がどんなふうに話されるか楽しみだわ。」

「何言われるか不安になってきた……!」

「まあ。貴女、悪い話は全く聞いたことないから大丈夫よきっと。」

「そりゃあ変なことはしてないつもりですよ!」

「なら、胸を張っていればいいわ。そうそう。赤染先生も古文の成績上がったって褒めてたわよ。清永さん最近古文の授業態度もよくなってるって。……赤染先生には、もしかしたら私が貴女に何かしたって思われてるかもしれないわね。昨年との違いは、私がいるかいないか、……そうよね?」

「……藤枝先生が私に何かしたか、うーん、藤枝先生は存在そのものが……。」

 あれ、何を言っているんだ私。あああ、恥ずかしくて耳まで赤くなってそうよ私。

「そうねえ。私は貴女にちょくちょく発破をかけてるだけよね。他の生徒と変わらない指導をしてるだけのつもりよ。……私の存在そのものが、なあに?」

 藤枝先生がぐっと私の目を覗き込んでくる。黒い瞳はほんの少し閉じていて、ローズピンクの唇の口角は天を向いている。

 もう絶対にわかってやってますよね先生。見ててください。終業式の日を待っていてください。……私が貴女をどれほど好きか、この口で、この図書室で、貴女にお話しますから。

「先生。ウフフフフ。その答えも……終業式の日にここでお話しますね。」

「……今、貴女から、聞きたいの。そう言ったら?」

 本当に、この先生ひとは。ずるい。

「じゃあ……ちょっとだけの答えで。残りの答えは、終業式の日、ですよ。先生の存在そのものが……私の元気の素、です!」

 最後の方、『です!』あたりで声が上ずってしまった。

「そう。ありがとう。答えてくれて。終業式の日、楽しみだわ……。」

「待っていてください。藤枝先生。……そろそろ、次の授業なので、行きますね。」

 最近、藤枝先生も私に教室に戻るのを促すことを忘れている時がちょくちょくある。だから、自分でも時計を見るようにし始めた。

 ……忘れているのではなくて、戻ってほしくない、引き留めていたいからだとしたら。

 もう、私は……貴女のもの、ですよ……。

「ええ……。次のコマに自分の担当の授業が無いと、時間が経つのを忘れてしまうわ。行ってらっしゃい。」

「はい……。」

 微笑んでいるけれど、寂し気な藤枝先生を背に私は教室へ戻る。

 いつか、貴女とずっと一緒に過ごせる日が来ますように。



後書き

 藤枝先生の同僚、そして琴葉達のクラス担任、あかえも……赤染先生登場!

立場上、赤染先生と藤枝先生は同格ですが、年齢、勤続年数、経験年数等から赤染先生のほうが先輩です。

 赤染先生は藤枝先生サイドの千利ポジションになるかも……?

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