11. 恋心は甘い調べに誘われて 6

 進行役の曲紹介ナレーションが入る。

「いかがでしたか? 続いての曲も静かでしっとりした曲です。次の曲は、『水辺に願いを』です。歌声合成ソフトで作られ、『歌ってみた』も多数投稿された、ニッコリ動画発の大人気の曲です。恋をした相手を想うがあまり、相手に会いたい、触れていたい、けれど、相手を傷つけるのが怖い。その溢れるような気持ちは、さざ波が立つ水辺だけが知っている。そんな切なくも美しい曲です。ユーフォニアムのソロにもご注目ください。」

 司会が一礼し、退場する。

 指揮を振る顧問が指揮棒を掲げ、静かに振り下ろす。前奏Introはフルートとクラリネットが軽やかな水辺を思わせるメロディを奏でるが、下に流れるサックスと金管楽器の和音は暗く沈むような印象を与える。Aメロに入り、サックスがメロディを奏でる。


  さざ波に 私は願う

  逢いたいと 恋しい人に

  触れたいと 貴方の肌に


  だけれども 私は怖い

  貴方から 嫌われないか

  貴方をいつか 傷つけないか


  だから私は 心を決めた 

  私は秘める 私の恋を

  私は言わぬ 貴方が好きと


 まるで独り言のようにさらさらと歌う。サックスのメロディは終盤に近付き、意を決したように強くcrescendoなる。フルートとクラリネットが追い立てるように上昇音階を昇る。

 “私は言わぬ 貴方が好きと”

 前半部の決意を受けて、私の歌が始まる。

 ありがとう。サックス、フルート、クラリネット。

 私にスポットライトが当たる。私は静かに立ち上がり、一瞬だけ藤枝先生の方を見る。深く息を吸って、ユーフォニアムに息を入れ、歌い始める。


  水底に 沈めた想募そうぼ

  誰知らぬ はげしき恋慕れんぼ

  水面みなもに映る 溢れる熱情ねつじょう


 ソロ前半部分は静かに、哀しげにlamentoso

 しかし、恋心は抑えきれず熱情となって溢れ出しappassionato広がっていくspiegando

  

  涙は流れ 起きるさざ波

  波が貴方を 濡らしたならば

  届くでしょうか 私の恋は


 後半に入り、一端落ち着いたように静まるtranquiro

 さざ波に願いを託し、祈りを歌うpreganto

 どうか、私の恋心が届きますように。


 私の歌が終わり、ユーフォニアムから口を離し、構え直して、一礼をする。

 まだ曲は終わっておらず演奏中なので控えめではあったが、拍手が響く。

 礼から顔を上げ、一瞬だけ藤枝先生を見る。拍手をしながら微笑んでくれている!

 それだけで、私は報われた気がした。

 曲は終結部Outroへ向かい、演奏が終わった。

 再度大きな拍手が起こった。指揮の顧問が私に立ち上がるように促し、私は立ち上がって礼をする。さらに大きな拍手が私を称えてくれた。 

 藤枝先生は、私を見て笑顔でうなずいている!

 ああ、私は今、幸せでいっぱいだ!

 舞台は暗くなり、司会のナレーションが始まる。

 再度、席に座る。と、隣の日々喜ひびきちゃんが私をつついてくる。日々喜ちゃんは私の譜面台を指差している。ああっ! まだあと1曲、いやアンコール含めて2曲あった! まだ終わってない! ありがとう! 日々喜ちゃん! 

 日々喜ちゃんにアイコンタクトと表情、頷きでお礼をし、慌てて譜めくりをし、次のエルクンバンチェロに備える。

 6曲目。エルクンバンチェロ。“さかずきを叩いてバカ騒ぎする人”の意味らしい。名前の通り、パーカッションがラテン楽器ではっちゃける曲。というかこの曲が楽しいかどうかはパーカッションにかかっている。

 司会のナレーションが終わり、指揮者が全体を見てパーカッションに指示を出す。

 ボンゴが陽気に響き、「クンバンチェーロ!」と(巻き舌の)掛け声。

 さらにコンガが続き、「アァーッ!!エールクンバンクンバンチェーロ!!」

 後はにぎやかにみんなでどんちゃん騒ぎだ!

 この曲は立ったり座ったり、楽器を左右に動かしたり、動きがつけられている。

 チューバほどではないとはいえ、ユーフォニアムもかなり重い。

 しかし、ビシッ、ビシッと揃って動くのはやはりかっこいい。

 曲の最後の、決めの長音符に合わせて楽器を掲げる。決まった!!

 あっという間に(アンコールを除いて)全ての曲が終わった。

 指揮の顧問が一礼し、一度退場する。

 大盛り上がりの会場からアンコールを求める拍手が起きる。

 舞台袖に捌けたばかりの顧問が再度現れ、指揮台に向かって歩きながら指揮棒を振る。

 アンコール、ルパン三世のテーマ!!

ジャズ風にアレンジされており、ノリノリだ! カラフルなスポットライトが会場を照らす! トランペットのハイトーンが高らかに響く! 練習ではたまに外していたが、本番はキメてきた! いよっ! 千利! 

 文化祭の吹奏楽部の演奏は、大盛況で幕を下ろした。



 吹奏楽部の本番終了後、椅子や楽器を撤収しながら伊良湖日々喜は思っていた。

(琴葉先輩、絶対に好きな人いる。あれはそういう顔でした。あのままあたしがつついてなかったら、きっと譜めくりを忘れたままエルクンバンチェロに突入してたはず。良かった、つついておいて。この間、思い詰めてたのはそのことだったんだろうな、きっと。先輩の好きな人、どんな人なんだろうな。)



<後書き>-------

(2022/11/04 追記)

 『水辺に願いを』について。

 元々、『水辺に願いを』は一般的なJ-POP…メジャーレーベルから発売されるような楽曲を想定していました。しかし書き進めていくうちにインターネット発の楽曲のようだと感じ、そのような設定へと変わっていきました。

 誰かがネット上に投稿した詞にネット上の作曲者が曲をつけ、歌声合成ソフトに歌わせて作られた楽曲。たくさんの「歌ってみた」が投稿され、大人気になって吹奏楽の楽譜としても作られた……という設定です。暗くも甘く美しい旋律です。

 調べたところ、みんな大好き『千本桜』や『うっせえわ』が株式会社ウィンズスコアさんより吹奏楽用楽譜が出版されていることが確認できたため、『水辺に願いを』が出版されていてもおかしくはない、と判断しこのような設定となりました。

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