4. 暑い図書室と熱い吹奏楽コンクールと  前編

 暑くなってきた6月頭、梅雨でムシムシした季節、私は部活の時間に練習場……ではなく図書室にいた。

 もう、千利ったら。部長になったからと言って人使いが荒いよ。私だって1年生に指導しなくちゃいけないのにぃ。

"いい演奏のためにはその曲がどんな曲なのか知ることからだから資料探してきてよ"、

"全員で解釈一致の演奏をするためには根拠となる資料が必要だ"。

 おっしゃる通り。ごもっとも。そして、

"休み時間に図書室に入り浸ってる琴葉なら朝飯前だからヨロシク。他の奴らは図書室に辿り着けるかどうかから危うい"。

 そりゃ吹部のうちの学年の中では図書室に一番詳しいの多分私だけどさあ!! 他のみんなは図書室の存在すら忘れてるぞ!!  ……でもまあ、千利は真面目で全部自分で抱え込んで自滅するような子だし、たぶん今は部をまとめようと必死なんだろうし、あの吹部2年メンバーの中で千利が一番頼りやすいのは一番付き合いの長い私だろうし。むしろあの子が頼ってくれることは良いことでは在るんだけれども。

 ということで、私は千利に頼まれて、吹奏楽コンクールの自由曲「コッペリア」の解説本を探すため部活の時間に図書室にいるのである。

 (……藤枝先生いらっしゃるかなあ。先生とお話したいけど、流石にユーフォニアム初心者で入ってくれた1年生を3年の優音ゆうね先輩に任せきりにするわけにも行かないし……。さて図書室についたけど……あれ、放課後って冷房ついてないんだ。暑いな……。どうしようもない暑さだし、とりあえず上着脱ぐか……。)

 上着を片手に目的の資料がありそうな棚を探す。幸い大雑把な位置は知っていたのでとりあえずそこで資料を探す。とりあえずCD1枚は確保したがお話の本が無い。バレエ曲だから『くるみ割り人形』や『白鳥の湖』みたいな本があると思ったんだけど。困ったな。藤枝先生なら資料出してくれるかなあ。

 そう思い、とりあえずカウンターに向かうと女物の上着がかけられた椅子だけがあり、カウンターは無人で、

“ 不在の際はお手数ですが職員室までお越しください。 藤枝 ”

と綺麗な手書き文字で書かれた札があった。

(あれ、先生いないのかな? でも……椅子に上着がかかってる。この上着は藤枝先生のだよね。前に着てたの見たことあるし。ってことは近くに……いや、でもいたらわかるよね……ここそんなに広くないし……。一応、司書室も覗くか。立入禁止だけど見るだけなら問題ないでしょ。)

 そして窓から司書室を覗いたが中には誰もいなかった。

(え、じゃあこの上着は忘れ物? ここ熱こもるし暑いから脱いでそのまま忘れていったのかな?)

 ふと、私の頭によからぬことが湧いた。

(今、ここには私一人。目の前にはおそらく藤枝先生の上着がある。おそらくそれは忘れ物。先生はたぶん職員室にいらっしゃるから私は職員室に上着を届ければいい。しかし今、私は先生の上着を自由にできる。……いやいやいや何考えてるのさ私!! いやでもこれはまたとないチャンス……一瞬だけ……。ああ、私は一体何をしているの…!! )

 悪魔の誘惑に敗北した私は、そもそもの目的の資料と自分の上着を机に置き、(おそらく藤枝先生の)上着を抱きしめる。ふんわりと甘く上品な香りがした。

(ああ、いい匂い…。やっぱり先生何か香水つけてるのかな…?)

 私達の使う制汗剤のようなスッキリしすぎた匂いとは違う、柔らかく色気のある香りだった。

 1分くらいジャケットを抱いていただろうか。

(……ハッ。こんなの見つかったら絶対まずい。先生いないとそもそもの目的の貸出もしてもらえないし、とりあえず上着持って職員室に行こう。)

 私は、(おそらく藤枝先生の)上着を持って(何食わぬ顔で)職員室へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る