夜来化石 ~遊郭に残された謎の四字に秘められた意味は?齢九歳にして天下一の盗賊と噂される俺は、盗みと女装なら誰にも負けねえっ!(「ウチの親方が一番かわいい」手下A・談)~
十四之巻、いまをときめく人気の花魁が俺のねえちゃん!?
十四之巻、いまをときめく人気の花魁が俺のねえちゃん!?
時は昼八つ(二時過ぎ)。明るい
黒ずくめの
「よくいらしった」
二人を
女将にも話が通っているらしい。
「金さん、マルニンの旦那様、よう来てくんなすった。花魁もほんに楽しみにしていなんすから
と袖を引く。
「金さん、昨日はほんに申し訳ねえ。わっちの言葉になぞ、皆耳も貸してくれんせんでな。結局なんの役にも立てんせんで。わっちはもう情けのうて情けのうて」
「もういい、もういい、お萩ちゃん。おれぁな、お萩ちゃんが味方してくれたってぇだけでも存分に嬉しいのよ」
金兵衛の甘い声は、振り返らずとも、でれっとした顔が目に見える。来夜としては自分にも落ち度があるから怒るわけにもいかず、俺のこんな大切なときまでのろけやがって、とむっとした。
目の前に、
「マルニンの旦那様?」
「うん、来夜です」
思わず堅くなる来夜の背中をたたいて、腰をかがめた金兵衛が耳元でこっそりささやいた。「緊張するなよ、旦那。美人の前で敬語になるのは男のサガだけど」
その軽口も、今日ばかりはありがたい。来夜はいささかほっとして、
「ねえちゃんなの?
宴小町は何か言いかけて口を閉じた。すぐ後ろに正座した、三十近い番頭新造が、
「花魁」
と小声で促す。
今すぐにでも抱きしめられたい来夜は、一歩一歩花魁の方へ歩を進めてゆく。
宴小町が両手を伸ばした。
「来夜さん」
「ねえちゃんなんでしょ、違うの?」
あと数歩の距離を、たまらず来夜は駆け出して、倒れ込むように花魁の胸に顔を
「わ、
思わずつぶやいた金兵衛の背を、萩が小突く。
宴小町がやさしく、来夜の長い髪に指をすべらす。来夜は顔を上げて、はっとした。宴小町はこの上もなく、哀しい顔をしていた。
「来夜さん、ごめんなんし。期待させるようなことをしてしまって」
「違うの? 俺、弟じゃないの?」
宴小町は目を伏せうつむく。「わちきの弟は七年前に、ここからは遠い
「死んじゃったの!?」
来夜は息を呑む。萩も思わず口元を押さえ、もうひとりの振袖新造も目を見開いた。番頭新造だけは、苦しげに目をそらした。
「あの子は病がちでの、だけどわちきが都へ来るのと引き替えに、ようやっと薬を買えるようになりんしたから、もう病も治ったろうと信じていたのじゃが」
来夜はちょっと泣きそうになりながら、宴小町の白い首筋を見上げていた。
「来夜さんが、でぇぶ年上の
と、首を垂れてうなだれる。「ほんにごめんなんし、来夜さん、ごめんなんし」
「
来夜は慌てて、宴小町の肩を両手で支え、顔を上げてもらおうとする。「花魁は何も悪くないよ。俺だって弟と生き別れたって話だけで、なんの証拠もないまま会いに来たんだ。ね」
来夜の言葉に、宴小町は少しだけ微笑んだ。「お姉さん、早うみつかるとようすね。わちきも
「うん! ありがと」
と笑顔を見せてから、ふと来夜は哀しくなった。花魁はもう二度と、弟に会うことは出来ないのだ。
「あのね、弟のこと思い出して淋しくなったら俺を呼びだしていいからね。今日みたいに、お萩さんから金兵衛に言いつけてね。そしたらいつでも、お忍びで会いに来てあげるから。俺を弟と思ってね」
宴小町の
と、また来夜の髪を撫でる。来夜が思わずにぃっと笑ったとき、後ろで女将が明るい声を出した。
「それじゃあ皆様、お食事と致しましょうか」
「おう、そうしてくんねえ」
女将を振り返り景気良い返事をしてから、来夜は宴小町に笑いかけた。
「今日はつれぇこと思い出させちまったからな、その
と、気前のいいところを見せる。
「お言葉に甘えて」
と花魁も笑った。
「女将さん、豪勢に頼むよ。花魁を元気づけるんだから。金に糸目はつけないぜ」
「はいはい、承知いたしました」
座敷から下がり、厨房へ声をかける女将の背中を見て、金兵衛はにや~っとした。「昼間っから豪勢だぜ。うへへ、ついてるなあ」
「ようなんしたね。旦那様についてきて」
と、萩までがからかった。
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