幕間、華族令嬢と爺やの茶番劇

 話し声に気付いて、林立する竹の向こうをのぞけば、天下一の盗み屋槻来夜つきらいやが、怪しさ大爆発な老人とつれだって歩いている。


 ふぁしるは吹き出す前に凍り付いた。


(あの子また女装してる……)


 その上隣の老人が、よぼよぼの左手首を落っことしては、戻って拾って付け直す。どうやら、自分のものではないようだ。髭も曲がっているし、不自然なへっぴり腰で、びっこをひいて歩くもんだから、そのたびに白髪頭が跳ね上がる。下からのぞくは、黒い町人髷。変装しているつもりらしいが、怪しいとか変とかいう次元を越えて、おかしい、の一言に尽きる。


(あいさつくらいはしておくか)


 ふぁしるは困惑気味に足下あしもとの石ころをひとつ拾う。


「えいっ」


 適当に投げた小石はきれいな放物線を描いて、狙いたがわず来夜の後頭部を直撃した。


「やばっ、当たっちゃった!」


 呟いたときにはもう遅い。


 林立する竹の向こうで、来夜がぱたっと倒れた。


「お頭……じゃなくて姫君っ! むむっ、何奴なにやつじゃ、そこに隠れておるのは!」


 老人姿の男にみつかった。ふぁしるは迷わず男の方へ走り出す。


「むうっ? なんじゃ?」


 当然逃げ出すと思っていた曲者が、いきなりこっちへ走ってきたのだから、男は目を白黒させる。


 ふぁしるは倒れた来夜のもとへ駆け寄り、老人姿の男を見上げる。


「すまぬ。ちょっと小石がぶつかってしまったみたいで」


「『みたい』じゃなぁぁっい! 我々を馬鹿にしているのかね、君は」


「まあそりゃ、そんな恰好されたら……」


「ふぁしる、隙ありっ!」


 気絶していたはずの来夜が叫ぶと同時に、ふぁしるの頬の辺りに、飛んできた薬指が引っかかった。ふぁしるは反射的に口許くちもとを覆った黒い布を押さえる。来夜の意思で伸縮自由自在の紐が、薬指を左手までつないでいる。


「元気じゃないか、来夜」


 あきれた口調のふぁしるに、来夜は人差し指をあごに付け、


「あ~ら、来夜ってだぁれ? じいはご存じ?」


 ふぁしるは溜め息混じり、


「来夜、演技下手だぞ。この都に槻来夜つきらいやを知らぬ者がおるはずはないだろう」


「うるせいやいっ、上方かみがたからお忍びで都にくだってきた貴族の令嬢って設定なんでぃ!」


「お頭! ばらしてどうすんですかぃ!」


「あれっ、しまった」


 ふぁしるは、口許くちもとを押さえたまま目を細める。来夜は構わず左手に力を込めて、


「忍び込み用の左手が、こんな役に立つなんてな。いっつも顔隠してるってこたぁ、そこになんか弱点があるんだろう。俺のかわいいかんざしに石ぶつけてくれたお返しに、今日は化けの皮はがしてやらぁ」


「弱点なんかないけれど、来夜にはまだ素顔を知られたくない」


 ふぁしるは立ち上がる。引っかかった薬指は、ぽん、と片手ではじくと簡単にはずれた。


「うきゃあっ!」


 反動で来夜はひっくり返る。おっきな結び帯が重くて起きあがれないのか、足をばたばたさせている。「まだっていつになったらいいんだ?」


「いつだろう……。早くその日が来るといいな」


 ふぁしるはひっくり返った来夜を残して、街の方へ歩いてゆく。


「待てよ! 修理屋! 今日も戦わないのか? 対手ライバルって喧嘩ふっかけたの、あんただろ?」


「戦いたい?」


「俺忙しいんだ」


 大人びたふうにつんと顔を横に向けたもんだから、ふぁしるは思わず吹き出した。


「なんだよ」


 口を尖らす来夜に、


「いや、戦う理由なんて何もないから、いらないね」


「じゃあ、何で最初会ったときあんなこと言った」


 今日こそ化けの皮を剥いでやろうと、来夜は持ち前の好奇心で詰問きつもんする。


「敵として以外、おまえと接触コンタクトとる方法がなかったものだから」


 確かに、来夜は夜の町を飛び交う謎を秘めた天下の盗み屋、普段は変装しているつもりだし、一般人が気軽にお知りあいになれる相手ではないかもしれない。


「なぜ俺と会おうとした?」


「興味があった。おまえの人格に。前の巴宇ぱうのような奴ではと危ぶんでね」


「なんで、町のみんなが俺のことは勇士ヒーローだって言ってるじゃん」


 来夜は眉根を寄せて不安そう。


「前の頭目がひどすぎたからってこともあるだろう?」


「う~ん……」


 腕組している来夜を残して、ふぁしるは遠ざかってゆく。来夜は油断ないまなざしで、その横顔を追う。ふと、またあの淋しそうな目をしている気がした。ふぁしるの姿が遠のいて、来夜は老人姿の男をふり返った。「行こ、円明まるあき


「だからお頭! 本名呼ぶなって――」


「俺をお頭って呼ぶなって何度も――」


「『俺』じゃなくて『あたくし』と――」


 ふたりはわいわい騒ぎながら、原警部のいおりへ向かった。



・~・~・~・~・~・~



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