十一之巻、空き巣狙いに遭いにけり(前篇)

「なんだ―― これは……」


 隠れ家に帰ってきた一同は呆然とした。


 大通りから入ったところで、曲がりくねった路地の奥から覗く隠れ家の様子が、どこか妙だな~とは感じていたのだが。


「ひでぇなあ、木戸の鍵がぶっ壊されてるよ」


「物騒な世の中になりましたね」


「みんなで家開けちゃあ駄目だな。ったく盗み屋の隠れ家に入るたぁ、罰が当たるぜ」


「鍵なんか掛けるから、狙われるんじゃねえか?」


 またとぼけたことを言っているのは陶円すえまるあき


 無理矢理開けようとしたため、木戸の鍵は壊れ、部屋の中は無惨むざんに荒らされている。いや、出てゆく前からごちゃごちゃだったよーな気もするが……


 一番最初に部屋に飛び入った来夜らいやが、涙目で戻ってきた。


「俺の着物がほとんど盗まれてる~」


「隠し資金の方はどうです?」


 しゅくさんの言葉に、金兵衛が異様に反応している。えっ、えっ、と粛さんと旦那を見比べるが、


「見てくる!」


 と、来夜は再び駆け戻り、粛さんはまるで気付かぬ振り。浮世離れした円明まるあきは、まるで意に介さない。


「盗み屋や~、空き巣狙いに遭いにけり」


 情けないうたなど詠んでけろりとしている。


 部屋のどこかに隠し扉があるらしく、


「大丈夫だった」


 と、来夜の返事が返ってくる。粛さんは、土間の水瓶で手を洗うと、しゃがんで壺を引っ張り出した。蓋を開けるとぬか床だ。かきまぜながら、


「鍵も無事なようです」


 金兵衛がまたやたらと耳をそばだてている。粛さん、面白がっているのかも知れない。


「ありゃ~。あたしのへそくり持ってかれちゃったよぉ」


 部屋の隅で何やら探していた円明が、さして残念がるふうもなく、のんびりした声を出す。


「へそくりなんかあったのか」


 と、白々しい金兵衛。


「いやでも妙だな。半分くらいしか盗られてねえのよ。心ある泥棒さんだなあ」


 そんなわけない。ただ単に、へそくり盗ったのが今夜の空き巣荒らしではなく、日頃の金兵衛というだけだ。


 それだけ確認すると、円明まるあきは何事もなかったかのように、出かける前より少しだけ物の散乱した部屋に、ごろんと横になった。


 しかし来夜は落ち込んでいた。深夜労働に疲れて、あっという間に寝付いてしまった円明まるあきの横で、放心したように膝を抱えている。


 一番の損害は、なんといっても来夜の着物だった。粛さんは、窓のそばで放心している来夜のもとへ歩み寄った。窓からは月さえ見えぬ。手を伸ばせば届きそうな隣屋の板壁、見上げれば、小さな黒い空がのぞいているだけ。


「来夜殿、元気を出されよ」


 振り向いた来夜は淋しそうだ。


「着物など、また仕事のついでに盗んでくれば良いではないですか」


 おだやかな声で、とんでもないことを言う。


「なんかね、ねえちゃんの雰囲気とか空気まで、消えて行っちゃった気がする」


「そんなことはありませんよ。お姉さんは来夜殿の記憶の中に、ちゃんといらっしゃいますから」


「それがどんどん薄れてゆくから怖いんだ」


「大丈夫。お姉さんはじきみつかります」


 粛さんは、来夜の頬を両手で挟んでやさしく撫でた。うしろの長持の上に乗せた行灯が、少年の白い肌に不安な影を作る。


「旦那は、ねえちゃんがみつかったらどうするんだ?」


「え……」


 金兵衛の言葉に、来夜は一瞬息を止めた。「俺、考えてなかったよ…… ねえちゃんのこと、大好きだったってことだけで。だからねえちゃんのようになりたかったし、今もねえちゃんを探したい。でも、会えてそれから何するかなんて、俺全く考えてなかった」


 言いながら、来夜は次第に不安になってゆく。視線を膝に落として、


「もしかしたらねえちゃん、いきなり俺なんかが前に現れたら、困るんじゃないかな…… 俺盗み屋だし、ねえちゃんにも今の生活があるんだもん。大体ねえちゃんが俺を寿隆寺じゅりゅうじにあずけて消えちゃったのだって、なんかわけがあったからで、俺、邪魔者かも知れない」


 膝に置いた両腕に顔をうずめたところで、粛さんが首を振った。


「たったひとりの肉親に会って、嬉しくない者がいますか。和尚も話していた通り、雪花せっかさんは、来夜殿にこれ以上苦しい生活をさせまいと、涙を呑んであずけたのですよ」


「そうだよね」


 いつも抱きしめてくれた細い腕、おんぶしてくれた暖かい背中を思い出す。ねえちゃんは、やせてはかなげだったけど、いつもやさしく包み込んでくれた、小さな天女のような覚えがある。舞い落ちる粉雪のような真っ白いイメージで、自分をうとんじていたなんて到底考えられない。


 ふと顔を上げると、和箪笥が映る。勝手に開けられ荒らされて、空になった引き出しの中に、ぽっかりと黒い闇が残っている。


「もうすぐ必要なくなるものだったのかも……」


 ぽつりと言った。その真意を尋ねるように、粛さんが視線を向けたのが分かる。


「ねえちゃんがみつかったら俺、もうねえちゃんみたくなりたいなんて、思わなくなんのかも…… と思って」


 粛さんが言葉を選んでいるうちに、金兵衛が来夜の頭をぽんぽんとたたいた。


「そうだな、旦那。きっと向こうだって、かわいい弟を捜してるんだろうしよ」


「そうだね」


 つられて来夜もにんまり笑う。粛さんもようやくほっとする。


 来夜は円明まるあきの真似して、両手を頭の後ろに組んで、ごろんと横になった。


・~・~・~・~・~・~・


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