夜来化石 ~遊郭に残された謎の四字に秘められた意味は?齢九歳にして天下一の盗賊と噂される俺は、盗みと女装なら誰にも負けねえっ!(「ウチの親方が一番かわいい」手下A・談)~
十之巻、夜陰に紛れ、奉行所侵入大作戦!(中篇)
十之巻、夜陰に紛れ、奉行所侵入大作戦!(中篇)
「けや木屋の与太郎だったな」
「
部屋の奥に木箱が並んでいる。そのうち中央の辺り、五と書いた和紙の貼ってある蓋の下に鍵を差し込み回す。金兵衛が木の蓋を持ち上げ、紐で綴じた袋綴じの書き本を取りだした。
「そう、その三十六
「どこかで生きているようですが、ここにはけや木屋本店の住所しか書いてありませんな。勿論与太郎は転出になっています」
言いながら、一応店の住所を書き留める。
与太郎の名は、亡き父や、弟妹たちと一緒に載っていた。各人の名の横には、きちんとふりがなが振ってある。
「勘当ってちゃんと届け出してたのか」
金兵衛が言ったのは、与太郎の名の右上に、朱色で「勘当」の文字があったからだ。
親が個人的に「お前はもううちの息子じゃない」と言い放って家から追い出す「
「ただの
「やくざもんとは聞いてねえけどなあ」
久離願を提出するのは、子供の
「籍から抜けること自体が目的だったとか。与太郎は遊女を身請けして、妻として迎えたんですよね、町はずれに家を買ってやるのではなく。けや木屋は、今は小さくなってしまいましたが、百年近く続いている由緒ある名店です。与太郎が花小町をめとると言ったとき、親は何と言ったか」
都生まれの粛さんは、往時のけや木屋を知っているようだ。
「『けや木屋の名が汚れる、あの女と結婚するのならこの家から出て行ってもらうよ』というわけか」
「与太郎さんもご両親も、喧嘩腰になって、後に引けなくなってしまったのかもしれませんね」
――おうよっ、望むところでいっ! 彼女はやむを得ない事情があって、女郎になんかなったんだ、彼女にそんな言い方する親の子なんか、俺、まっぴらだ!
自分ならそんなふうに、いそいそと荷物をまとめ出すかもしれない、と金兵衛は思い描く。
――町の片隅で勝手に住むのは知ったこっちゃないが、籍を入れるのはやめておくれよ、うちの店の名を売り女が名乗ってるのなんか、聞いていられないからね。
そう言われれば与太郎の方も、
――籍は入れるなだと? じゃあ産まれた子はどうなっちまうんだ、俺の子を不幸にするつもりか。
――おやまあ! 驚いたね、子供なんて作っていたんかい! 籍を入れるってんならお前さん、本当に勘当するよ、お役人さんに届け出だして。
――是非そうしてくんねえ、俺は花小町と生まれた子と、
――ふん、お前のような道楽者に家庭など持てやしないよ。
――勝手に言ってやがれ! 久離願を出すのを忘れんなよ、あばよ!
ってんで、後に引けない与太郎は、家を飛び出してしまったかもしれない。
「ねえ、なんで花小町や産まれた女の子の名前が載ってないの?」
金兵衛を空想から呼び戻したのは、高い声。「与太郎の兄弟のは載ってるよ」
振り向けば、いつからそこにいたのか、
「あれ旦那、旦那は見張り番でしょ~?」
と、いじわるな目をされて、
「つまんないよ、俺ばっかり。ちゃんと爺ちゃんは、気絶のツボをぐいぐい押してきたから、だいじょぶだよ」
来夜の言った通り、与太郎には弟が二人と妹が一人あったようで、妹は右肩に黒の小文字で嫁出と記されているだけだが、弟たちにはそれぞれ右に続けて妻、長男、次男、の見出しの下に名が書かれている。
「お、見落としてた。何でだ?」
「何言ってんでぃ。勘当された後に、婚姻届を出したんだろ。ガキが生まれたのもそれからなのさ」
「成程。あなたはごく
「
「いえいえそれで番号は?」
「ちょいと待ちねえ」
「はなこまち」と木片を並べて少し待つと、検索机の数字がまたぽこぽこと動き始めた。
「五五一三だ」
粛さんが、五番目の仕切りから台帳を取り出し、十三
台帳を覗き込んだ三人は、皆一様に口を閉ざした。
「どうした?」
ただならぬ雰囲気に
「破られてる」
来夜の呆然とした声が帰ってきた。
「与太郎と花小町の名はあるんですが、子供の名がありません」
粛さんの説明に、
「何?」
立ち上がった
「しまった、灯りを消せ! 人が来た!」
・~・~・~・~・~・~
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