二之巻、今はいずこへ…… 姉上捜しの始まりでぃっ!(前篇)

「てぇへんだあ!」


 がらっと木戸が開いて、部屋に飛び込んできたのはかわいらしい男の子。


 長い黒髪を高い位置でひとつにまとめ、背には唐草模様の風呂敷包みを背負っている。長いまつげに縁取られた大きな黒い瞳と、やわらかい頬、ふっくらとした唇は女の子と見まごうばかりだが、それにしてはちと、目元がきつすぎる。


 夏の朝、さわやかな風がすべり込む。


来夜らいや殿! どうなされました」


 板の間の奥のふすまが開いて、寝間着姿のまま飛び出してきたのは、人の良さそうな三十前後の男である。


 男が開け放った襖の向こうにはもう二人、むさくるしい男が布団も敷かず、掻巻かいまきも掛けずに寝ころんでいる。いや、よく見れば畳に布団は敷いてあるのだが、着物やら何やら様々なものが散乱して、しかも男二人がそれらの上にでんと横たわって大いびきをかいているので、ごろ寝しているようにしか見えない。


しゅく、ふぁしるって修理屋を知ってるだろ?」


 後ろ手に木戸を閉めて男の子――槻来夜つきらいやは男を見上げた。そう、この少年こそ、盗み屋マルニン二代目頭目、天下一の盗み屋槻来夜なんである。


 粛と呼ばれたこの男、平粛たいらのしゅくは勿論と言わぬばかりに首を縦に振る。


 来夜は風呂敷包みを板の間に下ろして、


「あいつに宣戦布告されちゃった! 天下一の修理屋として、天下一の盗み屋に手合いを申し込むって。でもふぁしるって名乗ってるあの修理屋、なかなか強いんだ」


「強いって、もう手合わせしてきたのですか?」


 平粛たいらのしゅくは心配顔で非難する。


「だって。いきなり指爆弾ゆびばくだんしかけられたんだもん」


 指爆弾というのは、指の先が矢のように飛び、着弾すると同時に爆発するものだ。体が取り外し可能だから、本物の指を取り外して戦闘用部分パーツに付け替えられる。


「でもそれがね、普通の指爆弾じゃあないんだよ。さすがあいつは修理屋だからね、自分で発明したんだと思うけど、逃げる相手のケツをどこまでもどこまでも追ってくるんだ」


 来夜は、未だ興奮の冷めやらぬ様子、粛は冷静な面持ちで、


「それは中に火薬を仕掛けるよりも、座薬を入れておいたほうが便利でしょうね」


 来夜は構わず、


「まあ今日、そんなへぼい武器に逃げ帰ることになったのは、荷物が重かったせいなんだけどな」


 しっかり負け惜しみを言う。


 平粛は来夜にバレないよう、あさっての方を向いたまま、ふとほほ笑んだ。


「でも厄介だな、これ以上敵が増えちゃあ。本業がおろそかになっちまう。原警部と前の天下一、マルニン初代頭目の金巴宇こがねぱうで手一杯なのに」


 溜め息ついて板の間に腰を下ろす。紺色の半纏の背には、丸で囲んだ忍の字が白く染め抜かれている。


「確かに金巴宇こがねぱうは未だに天下一の座を取り戻そうと、来夜殿のお命をねらっておりますからなあ」


「ねえ、粛、見てよ。今夜の収穫」


 来夜は嬉しそうに風呂敷包みを解く。手足まではずして眠る不用心なやからまでいたようで、積まれた手足や胸に混じって、いかにも高価そうな女物の着物まで顔をのぞかせる。


「来夜殿、我々に黙って仕事に出られてはいけないと、常々つねづね申しておるではありませんか」


「うるせいやいっ、俺はもうガキじゃねえんだ。天下一の盗み屋槻来夜様でぃっ!」


 天下一だろーがなんだろーが、来夜くんが九歳であることに変わりはない。平粛たいらのしゅくは溜め息ついた。「せめて私にくらいはおっしゃって下さいよ、来夜殿」


 来夜は知らぬ顔で、畳の部屋へ風呂敷包みを引きずってゆく。


「ぐへっ」


「ぐおっ」


 来夜の足元で奇妙な声がふたつあがった。

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