ある美漢／恨み感

＃6 恨み感 第3話

　桜舞（さくらま）い散（ち）る季節（きせつ）。この前まで義務教育（ぎむきょういく）だった子供たちが一つ階段を登（のぼ）って、真新（まあたら）しい制服を身に纏（まと）って歩いている。

　黒いボブヘアーの女教師（おんなきょうし）、政木（まさき）葉子（ようこ）は、入学式という全員が初めて見る顔ぶれの中で一人だけ見覚（みおぼ）えのある人物を見つけてしまった。

　入学式は午前中で滞（とどこお）りなく終わり、生徒たちは同行（どうこう）して来た親たちと共（とも）に帰宅していく。

「篠崎（しのざき）さん、少しいいかしら」

　その中で、一人だけ教室に残って帰る気配（けはい）のない女子生徒に、政木は声をかけた。

「はい……なんでしょうか……」

◇　◇　◇

　誰もいない空き教室に二人が入ると、篠崎と呼ばれた女子生徒から一瞬だけ赤い閃光（せんこう）が走った。

「新入生（しんにゅうせい）にいきなり二者面談（にしゃめんだん）でもするのかしら……？　ヨーコせ・ん・せ・い……？」

　パーマのかかったミドルヘアの黒髪で、いかにも大人しくしおらしかった少女は一転（いってん）して魔女の如（ごと）きふてぶてしい態度に豹変（ひょうへん）した。

「おうおうおう、よく言うわい。お主の全てに愛される力（ラヴズオンリーミー）を使ってこの教室に誰も近づかぬようお願いしおって。いつもの赤と黒のゴスロリ衣装（いしょう）じゃないから、最初は気がつかんかったわい。それで、女子高生として入学してくるとはどういう魂胆（こんたん）じゃ？　名前も本名のユキナ＝ブレメンテから偽名の篠崎（しのざき）有紀奈（ゆきな）に変えおって」

　政木も明るい大人の女性から、まるで千年生（せんねんい）きた九（ここの）つの尾（お）を持（も）つ妖狐（ようこ）のように、貫禄（かんろく）のある態度へと変貌（へんぼう）して教卓（きょうたく）にもたれかかった。

「ふふっ……。ヨーコは警戒することもなく名前もヨーコ＝マサキのままだし、昔と何も変わらないわね……。あぁでも今回は元々の九本の尻尾（しっぽ）が生（は）えた『妖狐（ヨーコ）』の姿から快活（かいかつ）そうな大人の女に化（ば）けるなんて、ホント見栄（みえ）を張っちゃって……」

　政木もまた篠崎と同様に異なる並行世界から来た存在である。

　彼女がいた世界での九尾の狐と呼ばれる存在が彼女であり、彼女にはあらゆるメスに化ける能力がある。

「別にワシの勝手じゃろ！　この並行世界ではこの格好（かっこう）に化けた方が何かと都合（つごう）が良かったのじゃ！　全く……それよりも、ワシとお主（ぬし）が同じ世界におるとはなぁ。並行世界を旅する世界を渡る者同士たまには仲良くしたいものじゃがのう」

「普段は思想（しそう）こそ対立（たいりつ）しているけど、別に私はヨーコ自身に対してはいつも敵意はないわ……。この並行世界では好きにして頂戴（ちょうだい）……。私はこの世界では赤い糸を切らないことで自らの使命を果たすことになるんだもの……」

　篠崎と呼ばれた女子生徒は笑うのを我慢（がまん）できずに少しだけ口角（こうかく）が上がった。