第13話 臨時の宴

 真夜中に突然現れた未知の冒険者たち、それはミーヤにとって初めての体験であり緊張するなと言うほうが無理な話だ。それになんといってもいかにも冒険者風で薄汚く粗暴そうである。だが対応は意外に紳士的ではあった。


「今俺たちは六人いるが、豚一頭じゃ多すぎる。

 残りはもちろんあなた達へ差し上げます。

 王都の茶色い蒸留酒も樽ごとつけるからぜひ頼むよ!」


 それを聞いたイライザが目を見開いた。


「ミーヤ、ここまで言うんだから受けてやりなよ。

 悪い奴らじゃなさそうだし、今後のための人脈になるかもしれないよ?」


 絶対酒だ…… ミーヤはそう信じて疑わなかった。まあでもイライザが欲しがるほどの貴重なお酒かもしれないし、やってあげてもいいか、と考えを改めた。


 四人で馬車から出ると、いかにも旅の途中の冒険者と言う薄汚い格好をした男たちが六人並んで立っていた。悪人面と言うよりは職人的な雰囲気を感じる。


「ローメンデル山へ来たと言うことは、あなた達はジスコの冒険者ですか?

 私たちの居場所はこの間の冒険者から?」


「まあね、寝台馬車使ってる冒険者に助けてもらったって言ってたのさ。

 んで、この辺りに止まってる馬車はこれだけだ。

 それにしても獣人に人間にエルフと魔人とは、ずいぶんとバラバラな組み合わせだな」


 ミーヤはこの言葉にカチンときた。差別意識のある人間なんて見たことなかったが、種族として多く住んでいるのは人間種であることはジスコを歩いているだけでもよくわかる。


 それだけに人間種至上主義的な考え方があってもおかしくないだろう。そしてここにいるこの人たちもそうなのではないかと考えたのだ。


 しかしそれはミーヤの早とちりだった。


「俺たちは王都の酒場で知り合ってパーティーを組むようになった六人組さ。

 たまたま人間だけになっちまったんだけど、種族によって得手不得手があるだろ?

 種族が偏ると得意なことはまだいいとしても苦手なことまで被っちまう。

 だからいろいろ混ぜてバランスとった方がうまくいくことも多いのさ」


「あんたたちが、あっさりかどうかは知らねえが、ナイトメアを確保したって言うのも納得だぜ。

 この間のやつらはテイマーに剣士二人だったからな、初めから無理があったよ」


「随分とおしゃべりが好きなみたいだけどよ?

 そろそろはじめないと朝が来ちまうぜ。

 まずは豚をだしなよ」


「あんたが料理人かね?

 随分手練れの戦士に見えるが?」


「アタシは飲む係だよ!

 料理はこの獣人の神人様へお願いするんだね」


「神人様だって!? そりゃ本当かよ!

 俺、いや私はサラヘイと申します。

 お目に掛かれて光栄です」


 こういう権威に対して急に態度を変える人って好きじゃないな、なんて思いつつも、それは仕方のないことなのだろうとかわいそうな気にもなる。なぜならば、神々にそう植えつけられているのだ。


「はじめまして、私の名はミーヤ・ハーベスです。

 あんまり突然改まられても困るから、今まで通り普通にしてくださいね」


「は、はあ、そう言われても、神人様なんて伝説みたいな存在に初めてお会いしたのでね。

 緊張してしまいますです……」


「そんなことよりも、豚はどこで捕まえたんですか?

 それともわざわざ買ってきたとか?

 まさか盗んできたんじゃないですよね?」


「いやいや、これはジスコのマーケットで買ってきたものだ。

 本当さ、間違いねえよ、嘘じゃねえ。

 最高級って言うのはちょっと盛ったんだけどな」


「まあいいわ、こんなところで料理をするなんて疑わしい? 怪しい?

 何を作るかは任せてもらいますよ?」


「もちろんだ! 街で食えねえようなもんならありがてえな。

 わざわざここまで来たんだからさ」


 そのまま街でいいもの食べればいいのに、なんで好き好んでこんなところまで来て料理を食べたいのだろうか。それほどまでに未知の味に飢えていると言うのが、面白いような哀れなような不思議な気持ちになる。


 それじゃ時間も大分遅いけどやってみよう。材料が足りないので上手くいくかなんとも言えないけど、いい食材を提供してくれたのだから素材の味だけで行けるかもしれない。


 さて、作りはじめようとすると、さっきあんなに食べたはずのチカマが、まだご飯を食べてないと言いたげに近寄ってきた。


「なあにチカマ? もうお腹すいたの?

 これから作るから少し待ってれば食べられるわよ?」


「うん、待ってる。

 お腹は空いてないはずなんだけど、ボクの目がお腹空いてるって言ってる」


 わかる…… ダメだと思っていても寝る前に何か食べたくなるときあるよね……


「それじゃこれでも食べて待っててね」


 ミーヤはそう言ってムラングを取り出した。せっかくなので全員へ回すようにと袋ごと渡し配ってもらう。するといかつい冒険者たちが、ウマイウマイと言いながら甘いお菓子を食べて喜んでくれた。本当に誰もが食に飢えているのだと言うことが一目でわかる瞬間だ。


 レナージュとイライザはサラヘイの仲間と樽を囲んで、早くも酒宴に腰を据える構えを見せている。これは明日こそ寝坊は間違いない。まあここまで頑張ってきてるからたまにはいいか、などとかんがえつつ、酔っ払いを尻目にミーヤは豚の調理を始めた。


 バラ肉ともも肉を半々くらいに取り分けて細かく刻んでいく。料理スキルのおかげでイメージするだけで、調理がどんどんと進んでいくのにもだいぶ慣れてきて戸惑わなくなってきた。ひたすら細かくする作業、それはひき肉を作るためだ。


 十分に細かくなったら、羊の乳に浸しておいたパンを細かくつぶしほぐしてからひき肉と混ぜる。次は野菜も細かく刻んで混ぜ込んだ。卵がないので繋ぎがいまいちだろう。なのでスキレットいっぱいくらいの長さへ形作って火にかけた。


 オーブンではないのでうまく焼けるか心配だが、上から鍋をかぶせて全体を暖めるようにすれば大丈夫だろう。その間にもう一品、芋を千切りにしてからチーズをまぶしたら、ひき肉を固めたものの隣に追加して同時調理だ。


 ふと思いついて、上火を追加するために裏返して蓋にしている鍋の底へ炎の精霊晶を乗せてみた。これで調理時間も短縮できそうだし、うまく行ったら我ながら良いひらめきだったと言うことになる。


 男たちは調理工程自体にまったく興味がないらしく、レナージュ達と酒を飲んで騒いでいる。チカマはずっとミーヤにくっついていて愛らしいけど、視線はどう見ても火にかけている食材へ向いている。まあそう言うところも含めてかわいいんだけど!


 大分時間はかかったがようやく焼き上がったようだ。火が通ったかどうかは料理スキルの補助によって頭の中へ知らせが来るのだが、その時に「チンッ」と音がなるのは何とかならないのか。こういうところに神々の世俗性を感じてイラッとするが、同時になんだかおかしくもなる。


「ミーヤさま? なにか楽しいこと?

 ボクは出来上がるのが楽しみ」


「そうね、もうできたわよ。

 うまくできているかが気になって笑ってしまったのかなあ」


「ボク一番ね、味見する」


「じゃあお皿出してね。

 全員の分は無いから、大きいお皿にまとめて出してあげようかな。

 チカマの分は小さいお皿を盛ってあげるからね」


 そう言ってからかたまりを切り分けてから、全員の分をまとめて大皿へ盛り付けた。断面に赤や緑の刻み野菜が見えていて見た目は合格だ。卵を入れていないのでちょっと崩れてしまったけど、味もまあ及第点と言えるだろう。


 最後に千切り芋のチーズ焼きを付け合わせて、デミグラスソース的なものをかけたら、豚肉粗挽きミートローフの完成だ。チカマは早速食べ始めていておいしいおいしいと言っている。おかわりが早く出来上がらないと、あっという間に無くなりそうである。


「さあ出来たわよ、お酒のほうが良ければそのまま飲んでいてもいいけど?」


 おそらくは足りないので、次の分をスキレットへ準備しながら声をかけた。


「おおお、お待ちしてました!

 酒なんてどうでもいい。

 それじゃみんな! いただこうか」


「「おおう」」


「アタシらの分もあるのかい?

 なんだかきれいな料理だから、酒のつまみにしたら失礼になってしまいそうだね」


「ホントきれいね。

 これは野菜を刻んで混ぜてるの?

 肉の塊の中に野菜を入れるなんて、いったいどういう仕組みなのよ」


「さ、食べてみたらきっとわかるわよ?

 おかわりも作っているから遠慮なくどうぞ。

 果実酒にもあうと思うわ」


「おいレナージュ? 食べながら飲むのをミーヤが勧めてきたぞ?

 こりゃ一体どういうことなんだ!?」


「私に聞かないでよ。

 でもミーヤだってお酒は好きなんだから不思議ではないわね」


 それは図星だが、それよりも朝起きられないことの方が、今は気になるのだ。なんといっても早く強くなってカナイ村へ帰りたい。とにかくもうマールに会いたくて仕方ないのだから。


「うおおお!! なんだこれは!

 肉の塊を切り分けたものかと思ったら、滑らかな舌触りで噛む必要がないくらいに柔らかい!」


「こんなの王都でも食ったことねえぞ!?

 一体どうなってるか知らねえがうめええ!」


「このソースがまた濃厚でウマイなあ。

 ジスコには塩の効いていない食い物が多かったからこれは嬉しいな!」


 どうやら好評の様で一安心だ。豚は高級品らしいし、王都から持って来たというお酒も、イライザの反応からすると珍しいか高いかのどちらかだろう。


 あっという間に皿の上には何もなくなってしまい、少し待たせてからおかわりを出した。それでもまだ怪しかったので、ミーヤは呆れながらも三度目の調理へ取り掛かるのだった。

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