第12話 怪しげな訪問者

「ちょっとチカマ! あんまり暴れないでよ。

 こっちまで濡れちゃうじゃないの」


「ミーヤも一緒になってふざけてないでチカマを押さえてて!」


 山から下りてくるとかなり埃っぽくなっているので、シャワータイムはとても気持ちが良い。でもついついじゃれ合ってしまい、レナージュには毎日のように怒られている。それにしても、この簡易湯沸しシャワーヘッドを作ってもらって本当に良かった。出先でもお湯が使えるのは何とも言えず贅沢だ。


 ただ難点があるとすれば、誰かが持っていないといけないことと、周りから丸見えなことだ。一応寝台馬車の陰に隠れるようにして浴びるようにはしているが、三方は開かれたままだし、数日前のように布団で囲ったらびしょ濡れになってしまったので懲りた。


 次回はシャワー室も作ってくるべきかもしれない、なんて考えているうちにレナージュのマナが切れてしまった。


「それじゃ交代、ミーヤよろしくね。

 チカマは自分で体拭いてよね?」


「ボク自分で出来るからへいき。

 ミーヤさまより上手」


「私は全身毛皮だから大変なのよ。

 別にできないわけじゃないんだから!」


 そんな風にキャッキャとお湯浴びをしているとイライザが文句を言い始めた。


「どうせ明日も汚れるんだし、水浴びなんてしないで飯にしようや。

 腹が空いて倒れそうだよ」


「もう少し待っててね。

 待ちきれなかったら冷たい干し肉すぐ出せるわよ?」


「いやいや、ちゃんと待ってるから早くうまいもの頼むよ。

 何か企んでるんだろ?」


 イライザは昼間獲っておいた果実の使い道が気になっているのだ。帰り道に何度か聞かれたが、ミーヤは答えず秘密にしていた。かといってそんな大層な考えがあるわけでもなかったが。


 レナージュのシャワーが終わったので調理を始めるとしよう。今日も熊肉だけどひと工夫して毛色を変えてみようと思う。


 まずは厚目にスライスしてから筋切りし、柔らかくなればいいなと念じながら叩いておく。次に麦の粉を全体にまぶして、多めの油で揚げ焼きにする。最後にあの黄色い果実を絞って熊肉ムニエルの完成!


 付け合わせは芋の薄切りを同じく揚げ焼きにして作ったポテチ! これにシチューの残りを煮詰めたものにさらに野菜と果物を加えて煮込み続けたデミグラスソース風のたれを添えてみた。


「おまちどうさま、さあ召し上がれ。

 アツいから注意してね」


「ミーヤさまいうの遅い。

 ボク口の中またやけど」


「あらあら大変、お水飲む?」


「氷も欲しい」


 そういうとチカマは手元で氷を作り、空いている鍋にバラバラと入れて行った。それを見たレナージュとイライザが手を伸ばし、手元のコップへいくつか入れている。きっとあれは蒸留酒だ……


 でも街にいるときと違って二人とも朝きっちり起きてくるし、酒が残っているようには感じない動きをしている。まさか街では演技でもしていたかと思うような違いがある。


 せっかくなのでみんなで乾杯し夕飯としゃれ込んだ。


「すごい! この肉の表面カリッとしてておいしいわね。

 こっちの芋をつぶしたやつ! それにこのソースは塩っ辛いのに甘いなんて不思議!」


「このカリッとした油っぽい肉料理に、あの酸っぱい実の汁をかけたのか。

 意外にも口の中ではさっぱりとしてウマイなあ」


「ミーヤさま、芋おかわり。

 肉もおかわり」


 今日も好評すぎて、ミーヤには天才的な料理の腕があるのかもしれないなんて勘違いしそうだ。まあ実際には食べたことの無い調理法や味ならなんでも褒めてくれるだけなのだ。それでも今は良しとしよう。だって褒めて伸ばすなんて教育方針があるんだから、ミーヤが褒められるのも問題ないはず。


 みんなでお腹いっぱい食べた後は少し寝転んで談笑タイムだ。これがまた楽しくて、ついつい夜更かししてしまいそうになるのだが、そう思っているだけで実際には疲れがたまっているので早寝してしまう。


 でも後片付けはしないといけないなあ、なんて考えていたその時!


「誰か来てる、多分人だけど……」


「チカマ!? 人数は?」


「わからないけどいっぱい?

 五、六、七……」


 盗賊や他の冒険者が襲ってくることもあると聞いていたので緊張してしまう。どうやらそれは正しいらしく、レナージュもイライザも武器に手を掛け、いつでも攻撃できるように準備していた。


「おーい、馬車の中にいるんだろ?

 出てこいよ!」


「バカヤロー!

 んなデケエ声で!」


 男性何人かがすぐそばまで来ている。怒鳴り声の後なにか大きな音がして少しざわついているようだ。


「あ、ああ、すまなかった。

 脅しに来たわけじゃないんだが、ちょっと粗暴なやつが乱暴な口を効いてしまって驚かせたな」


「なにか用ですか?

 襲ってくるならいくら人数が多くたって抵抗はしますよ?」


「違う違う、そんなことするつもりなんて全くない!

 実はな、先日アンタらに助けられた冒険者いただろ?

 あいつらの…… 仲間じゃねえんだが仕事仲間みたいなもんでよ……」


 なんだかやけに歯切れが悪い。まさか支払ってもらった救出料を返せとか言い出すのだろうか。


「まあなんだ、恥を忍んで聞きたいことがあるんだ。

 あんたら、いや、あなた達が野営地で料理していて旨そうなもの食ってるって聞いたんだよ」


 ミーヤは張りつめていた糸が切れると言うのはこう言うことか。がっくりとうなだれながらも安堵したのだった。


「それがどうかしたんですか?

 別に迷惑はかけていないはずですけど?」


「もちろんだ、そうじゃねえんだ。

 狩りに来て何日も寝泊まりしてるのは別に珍しくねえが、その場で料理作って食ってる!?

 そんなバカなことあるかって言って見に来たわけだ。

 まさか料理人が魔獣を狩るわけないからな」


「でもそれが事実だし悪いことじゃないですよね?

 まったく話が分かりませんけど、何が言いたいんですか?」


「簡単に言えば本当に料理人が狩りの場に来ている、もしくは連れてきているのかが知りてえ。

 できれば俺たちにも食わせてもらいてえ。

 もちろん金はきちんと払うさ」


「でも今日は夕飯食べ終わってるから無理ですよ。

 明日も早く起きるから早く寝たいですし……」


「いや、頼むよ!

 俺たちは明朝には引きあげちまうんだ。

 だからわざわざ最高級の豚まで狩ってきたんだよ」


 豚があると言われてもその価値がわからない。そもそも今日はもうやりたくない。知らない人にこんな場所で言われたならなおさらだ。ミーヤは困ってしまいレナージュへ相談しようと彼女を見た。


 するとレナージュも困ったような顔をしてイライザへ助け船だ。イライザは腕を組んで考え込んでいるだけで一言もしゃべらない。いったいどうしたらいいのだろう。


 困り果てたミーヤは、きょとんとしているチカマに見守られながら、レナージュとイライザを揺さぶりながら助けを請うのだった。

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