第6話 こだわり
翌朝ミーヤが目覚めるとまだ三人とも寝息を立てていた。そっと表へ出ると調理道具や鍋にスキレット、食器までがきれいに片づけておいてあるのが見える。ちゃんと片付けておいてと言ってはみたが、ここまできれいにしてあるとは考えていなかったので、朝からとてもいい気分だ。
さっそく朝ごはんの支度を始める。とは言っても出掛ける前だし朝は簡素に済ませよう。果物とパンを人数分用意して皿に並べる。あとはベーコンを薄切りにして焼くくらいでいいだろう。
油の匂いが当たりに立ち込めてくるとイライザが起きてきた。珍しいこともあるものだとミーヤが驚いた顔をしていると、どうやらお腹が空いて目が覚めてしまったらしい。
「チカマのやつ、酒はあんまり飲めないくせに飯はすげえ食うんだよな。
レナージュと飲んでる間に、あのシチューを抱えて食われちまって足りなかったよ」
「また飲んでたの? 旅先なんだから地面で寝転がるってわけにはいかないわよ?
もう朝食できているからお先にどうぞ」
「こりゃ助かるよ、腹ペコだったんだ。
悪いが先に頂いちまうわ。
そういやあいつにも餌やっときな、ほっとくと逃げちまうからな」
「ナイトメア? そうだよね、餌あげるなんて当たり前か。
肉ならなんでも食べるかな?」
そう言いながらミーヤはポケットから干しかけのモグラを取り出した。串を外してナイトメアへ投げると、上手にキャッチして食べ始めた。なるほど、餌を上げておかないと逃げて行ってしまうのか。これも覚えておかないといけないだろう。
まもなくレナージュとチカマも起きてきた。今日はみんな優秀である。いつもこうならいいんだけど、と自分のことを棚に上げて一人ご機嫌なミーヤだった。
「今日は予定通り麓から二合目の間でいいわよね?
そこなら出たとしてもネズミやウサギの魔獣だからチカマでも安全に戦えるわ」
「魔獣ってネズミやウサギもいるの?
もっと何か怖いやつかと思ってた、ドラゴンみたいな:」
「まあ上に行ったらそう言うのもいるわよ。
でも魔獣って言うのはね、普通の動物が魔力を持って生まれてきただけなのよ。
だからすべての動物と同じ魔獣が存在するんだから」
「じゃあ純粋な魔獣って言うのはそれほど種類がいないってこと?
ナイトメアも普通の馬ってことなのかな?」
「純粋な魔獣って言うならそれほどいないかも、少なくともその辺にうじゃうじゃはいないわ。
ナイトメアはその中でも純粋な魔獣って分類よ。
馬の魔獣なら黒くは無いしブレス吐かないからね」
「なるほど、そう言うことなのね。
それならさ、動物と魔獣はどうやって見分けるの?」
「そりゃ簡単さ、魔獣は目が赤いんだよ。
ギラギラしてて光ってるからすぐにわかるよ」
レナージュの代わりにイライザが教えてくれた。どうも質問には答えたい性格らしく、なにかと面倒を見てくれる。根っからの教育者体質なのかもしれない。
朝食を食べ終わって片づけが終わってもまだ九時前である。なんと素晴らしいことなのだろう! 街にいる間、ほとんどの日を昼まで寝て過ごしていたのがウソのようだ。
「それじゃ出発ね!
あ、その前にモーチアにパーティー登録しろって言われてたんだった……
そうじゃないと昨日の報酬渡せないからって」
「あー、非公式になっちまうからか?
でもそれはまずいよな、もうあいつらからまきあげちまったんだろ?」
「そうよ、だから今決めてすぐに連絡しないと!
明日の朝には連絡くれないと、事務手続きできなくなるからってうるさいんだもの」
なにやら面倒そうなことだし、ミーヤにはよくわからないのでレナージュとイライザに任せておけばいいだろう。だが簡単に丸投げできるほど甘い話ではなかった……
「じゃあ名前考えてね、ミーヤ?
あなたのパーティーだし、やっぱり神人さまのセンスで決めた方がいいわよ」
「なんで私が!? よくわかってないんだから二人に任せたいのに……
じゃあ…… えっと…… 四人だから四重奏(カルテット)とかどうかな?」
「ほーう、楽器を使うテイマーがリーダーらしくていいんじゃないか?
アタシは賛成だけど、二人はどうだ?」
「ボクはみーやさまがつけたのならなんでもいい。
カルテット、かわいいし」
とっさに思い浮かんだ言葉をポロッと言った割には好評でよかった。でもミーヤが言ったことなら何でも通りそうな気もして、それはそれでなんとも言えない気分だ。それにレナージュは気に入らないのか、なにかまだ考え込んでいる。
「レナージュ? 気に入らなかったら遠慮なくいってよね?
私は別になんでもいいし、自分がリーダーだなんて考えたこともないんだから」
「いいえ、四重奏なんてステキな響きだと思うわ。
だから賛成ではあるんだけど、もう一声欲しくない?」
「そうだなあ、いい名前だとは思うけど、個性的にするならマルマル四重奏みたいな?
なにか頭につけた方がかっこいいかもしれないな」
「せっかく女だけのパーティーを作ったんだし、それっぽい方がいいでしょ?
男だけのパーティーで有名どころだと『鋼鉄戦士団』とか『迷宮豪傑』とかいるじゃない。
そんなむさくるしいのじゃなく、私たちらしい名前よ!」
レナージュがこういうことに拘るたちだなんて意外だった。どちらかと言うと何事にもおおらかで、細かいことを気にしない性格だと思っていたからだ。それにしてもここまで男性嫌いなのはなぜなのだろう。それ自体は構わないが、特別な理由でもあるのか気になってしまう。
「女性らしいっていうと例えばどういうの?
私はちょっと思いつかないわ。
花の名前とかかしらねえ」
「ごめん、花の名前なんて興味なくて全然知らないわ。
それにそんなのは女らしいと言うより花屋らしいことなんじゃない?」
ミーヤは一瞬納得しそうになってから慌てて首を振って否定しようとした。しかし、女性も男性も同じことが出来て体力差もないこの世界ではどういうところで差が生まれているのだろうか。
「レナージュよお、自分からは案が出てこないのに困らせるなよ?
男と女の違いなんて体型くらいしかないだろ?
まあ比較的上品なのが女で、偉そうなのが男ってのもあるがなあ」
「それほど大きな違いって無いんでしょ?
なら拘らなくてもいいんじゃない?」
「そう言われるとそうかもって思っちゃうんだけどさあ。
男しか入れない鋼鉄戦士団とか頭に来るじゃないの!」
「もしかして断られたことがあるとか?
だからあれほど男を嫌うの?」
「ちーがーうーわーよー!
絶対そんなことないんだからね!」
この狼狽っぷり、図星なんだろうか…… それにしてもこだわりが強すぎて、このままじゃいつまでたっても出発できない。そのとき――
「おっぱいカルテット
ふふ、おっぱいなら女にしかないよ?」
「チカマは何言ってんだよ……
おっぱいだったら全部で八個だから四重奏にならないだろ?」
「そっかあ、ボクうっかり」
あのかわいらしいチカマまでおかしくなってきてる!? ミーヤは頭を抱えるくらいかできない自分に腹が立ってきていた。
「じゃあ女四重奏でいいんじゃない?
絶対に男性いないってわかるし」
「いくらミーヤの意見でもそれはないわ、投げやり過ぎなのよ!
せめて女性…… いや、女流? そうだ! 乙女よ、乙女ならピッタリだわ!」
「じゃあ大昔の神話にでてくる戦乙女がいいじゃねえか?
ワルキューレは神の遣いだったらしいからミーヤにはピッタリだろ」
「いいわね!『戦乙女四重奏』これにしましょ!
ミーヤの他三人は神の遣いでもなんでもないけどこの際どうでもいいわ、便乗ね!」
出発予定からだいぶ遅れたが紆余曲折の末、四人のパーティー名がようやく決まったのだった。そう言えば、ずっと四人とは限らないって言ってたのはどうなったんだろう。レナージュはすでに言ったことを忘れてそうだけど……
なんにせよ『戦乙女四重奏(ワルキューレカルテット)』はこうして初めての冒険へ出発した。
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