第30話 儚い記憶

「やっぱりこの季節は桜に限るよね~」

「おい、桜なんかどうでもいいから食おうぜ」

「瀬戸って花より団子タイプ?ちょっとくらい景色楽しみなよ」

「花なんか見たって腹は膨れないだろ」

「…………お前ら…………」


 私のことなんてお構いなしに目の前で好き勝手騒いでいる二人を見下ろしながら頭を抱えた。

 時は数時間前にさかのぼる______……。








「真琴、もう春になったぞ」


 眠り続ける真琴の手を握りながら語り掛ける。当然返事は返ってこないが。


「あれからもう一年経つんだな……」


 真琴のいじめを知ってもう一年も経つという事実に胸が苦しくなる。

 一年も経ったというのに、復讐はまだ序章に過ぎない。直接会ったのも復讐の計画を実行したのも文化祭に一度だけ。それ以外の期間は準備や計画の考案で忙しくて何もできなかった。

 真琴……ごめんな、こんな馬鹿なお姉ちゃんで。でもその代わり、来年……3年生になったら必ずいじめっ子達に鉄槌を下すから。練りに練った計画を実行するから。だから真琴は無事に終わるよう夢の中で願っていてくれ。


「……いや、やっぱり真琴は何も思わなくていい。真琴が私の我が儘に頭を悩ませる必要はないんだから」


 真琴はただ、ゆっくり症状を治していけばいい。何にも関わらず、何にも悩まず。私が復讐をしていることも、かつての友人達の人生が壊れることも、全部終わった後に知ればいい。

 ……いや、本当なら知ることすら拒んでほしいけれど。真琴には汚い現実なんて見てほしくない。ずっと幸せな世界で生きていてほしい。


「(……それはあまりにも傲慢すぎるな)」


 いつまでもこんな考えのままじゃダメだよな。真琴だって、もう子供じゃないんだから。


「じゃあな、真琴。また明日も来るから」


 真琴に別れを告げて病院を出た_____直後のことだった。


「……あ?電話?」


 何だか嫌な予感がしながらも仕方ないので電話に出る。すると向こうから聞こえてきたのは、春休み中一切聞くことはないだろうと思っていた男の声だった。


「やあ、橘。今暇?」

「切るわ」

「ちょっとちょっと、早すぎ」


 そう、今井の野郎だった。

 正直驚きよりも「何で?」という困惑のほうが勝っている。マジで何で掛けてきたんだこいつ。


「とりあえず用件聞いてから~とかないの?」

「ない。切る」

「も~……そんなんだから短気だって言われるんだよ?」

「うるせぇ。……で、結局用件は何なんだよ」

「あれ、聞いてくれるんだ」

「このまま切ったらどうせまた何回も掛けてくるんだろ。めんどくせぇから今聞く」


 私の予想は当たっていたようで、今井は感心したように「流石~」と笑った。なんも嬉しくねぇ。


「そう、それでね~。さっき桜を見た時にふと思ったんだ。「あ、俺花見したことないな~」って」

「はあ?花見?」

「だから今から花見しようと思ってさ。一人じゃ寂しいし誰か誘おうと思って。橘も暇なら来なよ。っていうか橘のことだしどうせ暇でしょ?決定!」

「は!?おい、ふざけんな!!行くなんて一言も、」

「それじゃあ三時間後に集合ね。場所は後で送っておくから。よろしく~」

「いやだから、」


 今井は私の静止も聞かず、一方的に電話を切ってしまった。通話の切れた音が虚しく響く。


「あ……あの野郎~……!!」


 行くなんて一言も言ってないしなんなら断ろうとしてたのに、一方的に喋って勝手に決めやがって……!誰が行くか!!花見だか何だか知らねーが、一人で寂しくやってろボケ!!


「……………………」




 ◆    ◆    ◆




「(結局来てしまった…………)」


 何で私はわざわざ来たんだ……?何の得もないし今井の言うことなんか従う必要ないのに。……あれか、幼少期の話を聞いて同情してしまったから無視できなかったんだな。

 これも私の心の甘さが招いたことだ。自業自得ってやつ。


「……つーか、瀬戸も居るなんて聞いてねーぞ」

「言ってないからね」

「言えよ!ほう・れん・そう!!」

「まあまあ、そうカッカしないでよ。別に、俺と二人でいようと瀬戸が加わって三人になろうと一緒でしょ?」

「いや多少変わるだろ」


 そんで肝心の瀬戸は桜より今井が持ってきた飯にしか興味示してないし。


「瀬戸は何で来たんだよ。こういうのめんどくさがってこないタイプだろ、お前は」

「……さあな」

「俺と橘なら一緒に過ごしても良いって思えたから来たんでしょ?」

「………………」


 今井の言葉に、瀬戸は何も返すことなく顔を逸らした。

 ……もう「その通りだ」と肯定してるようにしか見えないが。


「……へえ?やっぱりそうなんだ」

「勘違いするな。俺は暇だから来た、それだけだ」

「夏祭りの時と違ってすぐに答えられなかったのが答えだと思うけど?」

「うるさい。そんなんじゃない」

「瀬戸、お前~……普段は一匹狼気取ってるくせに、いざ仲間ができたら浮かれちゃうタイプ~?可愛いなぁ?」

「悪ノリするな。そんなんじゃないって言ってるだろ」


 普段は瀬戸のほうがいじってくるからなんか新鮮だな~、なんて思いながら今井と一緒になって揶揄からかう。

 すると瀬戸が私を指差しながら「それを言うならお前もだろ」と声を上げた。


「は?私?」

「お前だって、今井に誘われて来たんだろ。いつもなら無視するくせに何で来たんだよ」

「何でって……いや、それは……暇だから……」

「暇だからって理由で来るようなやつじゃないだろ、お前は」

「いやほんとに!マジで死ぬほど暇だったから!!それだけ!!」

「喧嘩しないの。どっちもどっちだよ」


 こいつにだけは言われたくない、と瀬戸と一緒になって今井を睨む。だけど今井は「仲良いね」なんて揶揄うように笑うだけ。


「(大体、わざわざ私達を呼ぶ必要なんてなかっただろうに)」


 どうせなら一人で楽しめば良かったのに。


「(……それとも、こいつも同じなんだろうか)」


 初めての花見だから、一人じゃなくて私達と一緒に過ごしてみたかったとか……。

 ……なんて、そんなわけないか。こいつに限ってそんなことあるわけない。どうせ私達を揶揄う為だけに呼んだんだろう。


「何か色々考えてるようだけど、別に揶揄う為とか嫌がらせの為に呼んだわけじゃないよ」

「うわ……また人の考えてること当ててる……キモ……」

「お前、占いじゃなくて超能力者で食っていけるぞ」

「そもそも占いで食べてないけど?」

「まあいいや。そんなことより食うか。腹減ったし」


 既に敷いてあったシートに座り、今井が持ってきた弁当の蓋を開ける。流石に手作りではなく販売されているもののようだが、想像していたより豪華でちょっと引く。

 今井の中では花見と正月は同等なんだろうか。だとしたらその間違った認識は改める必要があるぞ。


「おお……超美味そう」

「おい今井、これどこで買ったやつだ?」

桝寺ますでら屋だけど」

「ますっ……!?……お前マジか」


 桝寺屋は確か老舗の弁当屋で、そこそこ良い値段のする店だったはずだが。


「たかが花見にどんだけ良い弁当持ってきてんだよ……」

「昔からあそこの弁当が好きなんだよ。それに……初めての花見だし、思い出深いものにしたくてね」

「……そういえばそうだったな」


 夏祭りも花見も無いって……私が想像しているよりずっと壮絶な家庭環境だったのかもな。両親に興味を持たれていないのは同じだけど、私はどっちも真琴と経験してる。

 今井と私で、一体何が違うんだろう。やっぱり今井の言っていた通り弟の違いなのかな。


「ったく……強引に呼ばなくたってちゃんと理由さえ言えば来てやるっての」

「え~?あんなに面倒くさそうな対応してたのに?瀬戸もそうだったけど、話すら聞いてくれなさそうな態度だったよ」

「……それはシンプルに日頃の行いのせいだろ」

「間違いない」

「普通に過ごしてるだけなのに~」

「というかお前、桜見て楽しむような心があったんだな」

「普通に悪口じゃない?それ」


 ご飯を頬張りながらサラッと言ってのけた瀬戸に唇を尖らせて不満を言う今井。まあ正直私も同じこと思ったけど。


「俺は弟と違ってちゃんと人の心があるからね」

「弟?」

「あ、そういえば瀬戸に言ってなかったっけ」


 今井は実はね~、と自分の家庭事情を話した。そんな軽い感じで話すことじゃないと思うけど……。

 最初は興味無さそうに聞いていた瀬戸だったが、最後まで聞き終わるとあまりにも重い内容にドン引きしていた。


「お前らは何で揃いも揃って荒れた家庭環境なんだ……」

「別に好きで荒れてるわけじゃねーよ」

「まあでも……災難だったな。家を追い出されるなんて」

「……まるっきりそうってわけでもないさ。あの家に居たらずっと弟と比べられ続けた。俺のことは見てもらえないまま一生を過ごしてた。そう思うと今のほうが少し気楽なんだ」

「ふーん……」


 目を細めてそう呟く今井の瞳を見つめる。





 ______あなたも俺のことを見てくれないんですか……?


 ______名前なんて関係ないだろ。お前が努力してることなんだからお前自身のものだ。胸を張ればいい。


 ______俺自身の……。


 ______ああ。お前は本当に凄いよ。私とは違う。


 ______……あなたは俺自身を認めてくれるんですね。





「…………」


 ____ふと、昔のことを思い出した。まだ父親が私達を置いて海外に行く前の……金持ちばかりが集まるパーティーに参加した時のことだったと思う。そこで男の子と喋ったような気がするが細かいことは覚えていない。本当に昔のことだから。

 だけど……どうして今そんなことを思い出したのだろう。今井の瞳を見てどうしてか懐かしく思ったからかな。


「……ま、思い出せないならその程度なんだろうな」

「え?急にどうしたの?」

「……いや、何でもない」


 きっとどうでもいい思い出だから。

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