二年生編

第31話 新たな生徒会役員

「やっと終わった~……」


 伸びをして少しなまった身体をほぐす。その様子を「橘、おっさんみたい」「よっぽど春休み暇だったんだな」とからかうように見てくる今井と瀬戸。

 そう、やっと春休みが終わって始業式の日が来たのだ。復讐しかない私にとって春休みなんてあまりにも暇な毎日だった。暇すぎて死ぬかと思ったくらいだ。さっさと始業式の日にならないかなーなんて毎日家と真琴の病院を往復するだけ。本当につまんなかったな。

 唯一、二人と花見しに外に出たが……別に楽しいなんて思ってないし。楽しくなんかなかったし。


「生徒会長、挨拶を」

「はい」


 誰にしているのか分からない言い訳を頭の中でしていれば、話が終わったらしい校長に呼ばれた。いつもの笑顔を浮かべて舞台へとゆっくり上がっていく。スタンドマイクの前に立ち、春休みの間に書いた原稿そのままを話す。

 ……あまりにも退屈な時間だな。正直、話してる私が眠い。


「ありがとうございました」


 やっと話し終えお辞儀をし、壇上をゆっくりと降りる。


「橘、寝そうになってたでしょ」

「時々あくびしそうになってたな」

「うるせ。つーかお前ら余計なとこ見てんじゃねーよ」


 デリカシーのない二人にため息を吐いていると、校長が新入生代表を呼んだ。それに対して爽やかな声で答える男。壇上に上がった男は優しい笑みを浮かべながら話し始めた。

 その笑みに、少し違和感を感じた。人に好印象を与える笑み……なのは間違いないんだが。どこか作り物のような……冷たい印象を受ける。文化祭の時に感じたものと全く同じだ。

 男は話し終えると一礼し、こちらに向かって歩いてきた。そして……壇上を降りると、顔を上げてじっと見てきた。


「……どうかした?」

「……いえ」


 あまりにも見てくるものだから仕方なく笑顔で聞いてみる。だけど男はそれだけ言うと視線を逸らしてそのまま席に戻って行った。


「何だ今の……」

「お前に見惚れたんじゃないか?」

「そんな顔だったか?めっちゃ真顔だったぞ」

「……橘。始業式が終わったら生徒会室に行くよ」

「……?お、おう……?」


 元からその予定だったけど……何だ?急に。




 ◆    ◆    ◆




 今井の言う通りに生徒会室で暇を潰していると生徒会室のドアがノックされた。短く返事すると、聞いたことのある声が向こうから聞こえてきた。


「失礼します」


 丁寧な言葉遣いで入ってきたのは、さっきの新入生代表の男だった。


「お、ちゃんと来たね」


 今井が携帯を伏せて立ち上がると、男は「ゲッ」とあからさまに嫌そうな顔をした。さっきまでの笑顔が嘘のようだ。あまりの落差に思わず呆けてしまう。


「高校になってまでお前と一緒かよ……拷問じゃねぇか……」

「これでも俺、先輩なんだけどな。敬語使いなよ」

「へいへい」


 男は小さく舌打ちをすると、私を見つけてニヤリと笑った。


「どーも、生徒会長さん。お久しぶりですね」

「お前……文化祭の時に会ったやつだよな?」

「そ。俺は御堂颯斗みどうはやと。今井から色々と話は聞いてるぜ」


 文化祭の時と全然印象が違うな。まあ、あの時は猫被ってたんだろうが……それにしても違い過ぎて別人レベルだ。

 ……いや、それは私も同じか。


「そうか……で?用は?」

「あ?言っただろ、今井から色々聞いてるって。用なんて一つしかないだろうよ」

「……生徒会の目的は聞いてるのか」

「弟の復讐だろ?聞いてたら面白そーだったし、俺も協力してやるよ」


 ……要するに、生徒会に入れろってことか。上から目線、堂々とした態度、「俺はできる人間だぜ」的な雰囲気。

 今井の紹介だし、欲しい人材ではある……が、なんかムカつく。


「……私はな、自分のほうが上ですって態度取られんのが嫌いなんだよ」

「あ?急に何だよ」


 今井も瀬戸も、何だかんだ私と対等にいようとしてくれる。私自身も、同級生だし一年からの付き合いだし、二人を下に見たりしたことはない。これからもそうだと思う。

 だけど……こいつは別だ。こいつは調子に乗らせてると私の言うことを聞かなくなるだろう。それだけと困る。

 例えどれだけできる人間だろうと……私を下に見る奴を温かく受け入れるつもりはない。


「私は私の計画に必要な人間しか要らない。言うことを聞かなかったり反抗する奴は必要ない」


 私は立ち上がって、ドアの前に立っている御堂に近付く。


「おいおい、そんな風に言っていいのかよ?誰かを傷付けたり貶めたりしても罪悪感を抱かないどころか楽しんでやるんだ、俺ほどいい人間はいねぇと思うぜ?」

「……はあ。これだからクソガキは」

「あ?」

「勘違いするなよ」


 私は片方の手で御堂の胸ぐらを掴み、もう片方の手で首を掴んでそのまま思いっきり力を込めた。もちろん御堂は抵抗して暴れるが私はとにかく御堂の首を絞めることに集中した。それこそ殺すつもりで。


「お前が使われるんじゃない、私が使。お前みたいな社会不適合者の……どうしようもないクズの生きる場所を与えてやるって言ってんだ。誰かを傷付けても罪悪感なんかない?むしろ楽しい?そんなもん、今井や瀬戸だってそうだ。あいつらだってなんだよ。別にお前だけじゃない」

「ぐっ……!」

「じゃあお前は、人を殺せるか?面白いからって、楽しいからって誰かを殺せるか?……私は殺せる。復讐の為なら人を殺すことだっていとわない。本当ならいじめっ子達も殺したいんだよ。捕まってもいい。殺人犯として生涯過ごすことになっても構わない。それでもいじめっ子達を全員殺してやりたいと思ってる。弟さえいなきゃな」


 真琴ならきっと私に「殺すな」と言うだろうし、私が殺人犯になってしまったら悲しむだろう。……真琴が悲しむことはできるだけしたくない。それに、私が刑務所に入ったら真琴は今度こそ一人になってしまう。それだけは嫌だ。


「生温いおままごとでヘラヘラ笑ってるだけの奴が私より上だとか思い上がってんじゃねぇよ。人殺せる覚悟持てるようになってから抜かせ、クソガキ」


 そこまで言ってようやく両手を離す。咳き込む御堂を見下ろしていると、突然今井が楽しそうに笑い出した。その様子に眉を顰める。


「あはは!まさか御堂の首を絞めるなんて……はは!君って……いや、『橘美琴』って本当最高だね!」

「…………何一人で盛り上がってんだよ、気持ち悪ぃな」


 今井の笑みに舌打ちしていると、今度は御堂が笑い出した。


「何だよ、今井から聞いてた話よりずっとやべぇ女じゃねぇか!」

「どう?面白くなりそう?」

「想定よりずっとな。これなら退屈しなくて済みそうだぜ」


 御堂は片膝をつき、私の手を取ってにっこりと笑った。その笑みは壇上で見たものと全く同じものだ。まるで王子様のような振る舞いに気味が悪くなって手を払おうとしたが、かなり強い力で握られている為それは叶わなかった。こんな爽やかな笑顔なのに力がゴリラ過ぎる。

 ……こいつ、さっき余裕で振り払えたくせにわざと首絞められてたな?チッ、こいつのほうが一枚上手だったか。


「橘美琴、俺を使ってくれ。ここで楽しく生きさせてくれよ。その為なら俺は_______どんな最低なことだってやってやる」

「……ああ、分かった。けど、使えないと判断したら捨てるぞ」

「馬鹿か?俺が使えないわけないだろ」

「…………やっぱもっと痛い目に合わせときゃ良かったかな」

「まあまあ。自信過剰なのが御堂の取柄だからさ」

「はあ?もっとあるだろ。顔とか声とか頭とか」

「………………」


 ……まあいいか。自信がないよりはあるほうがずっといい。それに私を見下すことは止めたようだし。それだけでもかなりの進歩だ。


「それで、いじめっ子ってどんな奴らなんだよ?」

「……ああ、写真があるから見せるわ」


 仕方なく携帯に取ってあった奴らの写真を御堂に見せながら、一人一人名前を教える。すると御堂はまじまじとそれを見つめた後、何か思い出したのか手を叩いて声を上げた。


「ああ、こいつらか。見たことあるわ」

「なっ……し、知ってるのか!?」


 御堂の言葉に驚いて詰め寄る。


「中学ん時の合同試合で一回だけ会ったことあるんだよ。ま、そこまで細かく覚えてるわけじゃねーけど」

「……そうか……」

「あー、でも。赤髪の……林道だっけ?そいつはよく覚えてる」

「……林道だけ?」

「そいつ、なんつーか……不気味だったからな。何考えてるかよく分かんねぇ顔してるし、表情もほとんど変わんねーし、こっちに興味無さそうな言動だし。今井も不気味だけど、まだ今井のほうが感情あるだろってくらいだ」

「へえ。俺のこと不気味だと思ってるんだ」

「当たり前だろ」


 ……林道誠也……。確かにあいつは何を考えているのか分からない奴だ。真琴をいじめた理由も結局何なのか分からないし……不気味だというその感想は間違っていない。あの五人の中じゃ、林道が一番危険人物だ。

 まあ……それさえも潰してみせるけどな。




 ◆    ◆    ◆




「あと一年か……」


 カレンダーを眺めながら呟く。

 俺が彼女と再会するまであと一年。たった一年だけれど、それがとても待ち遠しい。こんな気持ちは初めてだ。早くあなたに会って、俺に憎悪を向ける姿を目に焼き付けたい。

 ……ふふ、考えるだけで楽しいな。

 こんなにも楽しい毎日になるとは思わなかった。真琴が自殺を図っただけであそこまで怒るのなら、確実に死ぬよう仕向ければ良かったかな。そうしたら彼女は俺を殺しに来ただろうか。社会的にではなく、物理的に。それはそれでとても楽しく素敵な日々になっただろうな。


「……これからを楽しみにしていますよ、美琴さん」


 僕を殺そうとしに来る人間なんてあなたくらいなのだから。もっともっと、俺の退屈を殺してくれ。

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