第3話 新設、私立篠崎高校

 騒がしい講堂に耳を澄ませて目を瞑る。

 期待に胸を膨らませる声。不安でドキドキしている声。それぞれ色々な声が耳に届く。ああ、「あの篠崎財閥が造った学校なんて凄い」なんて声も聞こえる。

 だけど誰も知らない。自分達が復讐の駒にされることなんて。


「(……ごめんなさい)」


 きっと楽しい高校生活を夢見ているだろうに。……でも、罪悪感を抱くのはここまで。私はもうあなた達に謝らない。


「それでは……新入生代表、橘美琴」

「……はい」


 私は静かに壇上に上がり、真っ直ぐ前を見てニコリと笑みを浮かべた。誰が見ても「良い人」だと思うような優しい笑顔を。それから数日かけて覚えた文を詰まることなく口にする。

 そして……言い終わってから一拍置き、本題に入ることにした。挨拶なんて前座にすぎない。私にとってはが本命なのだから。


「この場をお借りして伝えさせていただきます。実はこの度、生徒会を立ち上げることに致しました。理由としては……この学校をもっと素晴らしいものにしたいからです。みんなが学校に来るのが楽しくなるような……そんな学校にしたい、そう思って。生徒会に入るには色々厳しい条件が作られているので、詳しいことは掲示板を見て下さると助かりますが……是非来て下さい。学校作りをする仲間が増えるのはとても嬉しいですから。ご協力、よろしくお願い致します」


 頭を深く下げると、講堂中に響くたくさんの拍手。私は変わらず笑みを浮かべながら壇上を下りて行った。


「ふーん……橘美琴、ね」


 私を見つめながらそう呟いた存在に、全く気付かないまま。




 ◆     ◆     ◆




「橘さん!」

「橘さんってさー」

「橘!!」




「はあ……どっと疲れた……」


 生徒会室に入ってすぐにソファにもたれかかった。

 教室に行くとすぐにいろんな生徒に絡まれた。ほとんどが中学のことや趣味を聞かれただけだけど。まあ、新入生代表で、しかも生徒会を立ち上げた本人。そうなれば注目の的になるのは当然のことで。ある程度予想はしていたけれど思ったより疲れるな、これ。

 深いため息を吐いた、その時だった。


「!は、はい!」


 突然ノックされ、驚きつつも慌てて姿勢を正して返事を返した。すると「入るよ」と男の声が聞こえて、扉がゆっくりと開かれた。そこには黒髪に眼鏡という、普通の見た目をした男。

 私は作り笑顔のままソファに促した。


「はじめまして、どうぞ」

「君が生徒会長?」


 男は私をジロジロ見てニコリと笑った。

 ……何こいつ。何を考えてるか分からない顔……正直不気味だ。まさか、生徒会に入りたいとか言い出すんじゃないだろうな。冗談じゃない。こんな胡散臭い奴入れられるか。


「はい、私が会長です。何の御用で?」

「生徒会に入りたい、って言ったらどうする?」

「どうするって……」


 返答に困る言葉に、私は思わず苦笑いを零した。


「私は大歓迎なんですが……生徒会に入るには条件があるのでそう簡単には頷けないんです。掲示板は見ましたか?」

「いや、見てない」


 間髪入れずに返された返事に、いよいよため息を吐きたくなった。

 何なんだこいつ。私をからかってるのか?冷やかしで来ただけ?どっちにしろ鬱陶しいしうざいことこの上ない。さっさと帰ってもらいたいけど……どうしようか。どう言えば帰る?


「それはちょっと……困りますね。見に行っていただかないとどうにも……」

「君だったら、無条件で入れてくれるって思ってね」


「同類だもんね」と意地悪く笑う男に、目を奪われた。

 ……同類?それは、復讐のこと?それとも、嘘をついていること?


「……同類?何のことでしょうか」

「しらばっくれなくていいよ。全部分かってるからさ」


 分からない。だけど……どうしてだろう。こいつからは、私と同じ臭いがする。


「…………お名前は?」

「ん?ああ、そういえば言ってなかったっけ。俺は今井良樹いまいよしき。よろしく」

「今井さんですね。……つまり、私が猫かぶっていると言いたいんですか?」


 私の作り笑顔は完璧なはず。何度も何度も鏡の前で練習したし、他の生徒には全くバレなかった。一体どこで分かった?どこで察した?________どうして「同類」だと思った?

 いろんなことが気になって聞いてみると、今井は「そうだなあ」と笑った。


「笑顔が作り物っぽいんだよね。中学の俺の後輩とそっくり。それに……この高校はあの篠崎財閥が造った、今年建設されたばっかりの学校なのにどうして君が生徒会を立ち上げたり生徒会長になれてるんだろうなって」

「それは成績が良かったから……」

「成績が良いってだけの理由で、入学初日から好き勝手できるもんかなあ?だから俺、思ったんだよね。篠崎財閥が造った学校で好き勝手できる人間なんて限られてる。それこそ関係者か、同じくらいの金持ちだって。だけどどれだけ調べても篠崎財閥と関わっている人間に「橘」って名前はなかった」

「…………」

「そして「橘」と呼ばれた時の君の反応。その「橘」って苗字、偽名だよね」


 今井はニヤリと笑いながら私の顔を覗き込んだ。全てを見透かしたような目に圧倒されて固まるしかなかった。

 逸らすこともできず、ただ見つめ合う。


「君さ……篠崎雅之まさゆきの娘の篠崎美琴でしょ?」


 _____シン、と部屋が静まる。

 まさかバレるなんて……どう言い訳しようか、と頭を必死に回転させるけれど。きっとこの男はどんな言い訳をしても全部見抜いてくるのだろうな。想像できる。

 私はため息を吐くと伸ばしていた姿勢を崩して口を開いた。


「どうせ「篠崎美琴とは容姿も違う」って言ったってそれも分かるんでしょうね」

「当然。髪は地毛みたいだけど……カラコンと化粧で変えてるのは見たら分かる。ま、普通は分かんないだろうけどね」

「遠回しに「自分は凄い」って言いたいのか?ムカつく奴だな」

「あ、それが本性?」

「チッ……分かってたくせに」


 からかうような態度にムカついて舌打ちすれば、今井は楽しそうにケラケラと笑った。

 ……何を考えてるのか分からない、ましてや人をからかって楽しむ人間。私が苦手なタイプだ。普段なら絶対に関わりたくない……けど。


「で、生徒会に入る理由は何だよ」

「んー……まず、君の目的を聞きたいな」

「は?」


 驚いて目を見開くと、今井の顔がさっきよりも近くなった。


「この学校、父親に頼んで造ってもらったんでしょ?何の為に造ったの?しかも生徒会まで作っちゃって」

「……お前に話す必要が?」

「ああ、そういえば。生徒会の条件、見てないっていうのは嘘。一応見たよ。だけどあれじゃあ普通の生徒は入らないだろうね。なんだっけ?「中学のテストで90点以上を取り続けていた者」とか「通信簿で5、または4以下を取ったことがない者」とか。どう考えても入れる気ないよね」

「…………」

「だけど君はちゃんと条件を提示してる。「自分がスカウトした生徒だけ入れる」って言えばいいものを、そうしない。それってつまりさ……人間が欲しいんだよね?頭が良くて、自分の考えについてこれる、そんな優秀な人間が。わざわざ学校を造って優秀な人間を集めて、何が目的なのかな?」

「……よく回る口だな」


 楽しそうにペラペラと……。

 ……だけど、こいつの言ってることは間違っていない。むしろ、それだけの情報でよくまあそこまで考えたもんだ。私が思っている以上に、この今井という男は使のかもしれない。


「…………復讐の為の学校だ」

「……復讐?」

「弟がいじめで精神を壊したんだ。だけどそのいじめが公に出ることはなかった。……だから私がいじめっ子達に復讐するんだよ。この学校、生徒や教師、全部を使ってな」


 そして、お前も利用する。例えお前に利用される意思や覚悟がなかったとしても。


「……へえ、なるほど」


 今井はやっと離れたかと思うとさっきとは違って柔らかい笑みを浮かべていた。その姿がまるで別人のようで、今井という人間の本性が分からなくて少し不安になる。私以上に作ってるのだろうか。だとしたら恐ろしい男だ。


「その復讐に俺も乗ろうかな」

「言っとくけど、遊びじゃないぞ」

「君はそうだろうね」

「は?」

「だって君の弟のことなんて知らないし、俺は善意で復讐に手を貸すほどできた人間じゃない」

「……じゃあなんだよ」

「面白そうだからさ。君の傍にいると退屈しなさそう」


 ……人の復讐を面白そうだって?ふざけてんのか、こいつ。こんなのを生徒会に入れたらかき回されるだろうし、計画通り進まないに決まって_____……。


「(……でも……私が求めていた人材ではあるんだよな……)」


 頭が良くて、私の計画についてこれる人間。そしてなにより……人を騙すこと、利用することに罪悪感を感じない人間。どっちかというと、頭が良い人よりはそっちが欲しかった。途中で「罪悪感半端ないんで抜けます」なんて言われたら困るし。そう考えたらこの男は一番当てはまっている。

 ……でも…………。


「全部使って復讐するんでしょ?」


 今井の瞳が細められる。


「苦手だからとか、何を考えてるか分からないからとか、そんな理由で拒んでる余裕あるの?」

「…………人の心読んでんじゃねーよ」

「あはは。それで?どうするの?」

「……分かった」


 確かにこいつの言う通りだ。望んでいた人間が来たのなら、受け入れるしかない。優秀な人材を逃して後悔したくない。

 ……なにより、どんな手を使ってでも復讐すると誓ったのは他でもない私自身だ。初日で怖気づいてどうする。


「生徒会に入ることを許可します。よろしく、今井」

「うん、よろしくね。橘」


 今井は相変わらず何を考えてるか分からない笑顔で差し出した私の手を握った。

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