生徒会のお遊び。
景
一年生編
第1話 崩壊の兆し
「姉さん、もうそろそろ行くね!」
「ああ……って、ちょっと待って。真琴、ネクタイが曲がってる」
「えっ、本当?ありがとう、姉さん」
ネクタイを締め直しながらその柔らかな笑顔を見つめる。あんなにも小さかった弟が中学生になった。子供の成長とは早いもんだな、なんて親みたいな気持ちになる。
……でも。
「……?どうしたの?姉さん」
「いや……何だか心配になって。同じ中学じゃないから真琴に何かあってもすぐに助けてあげられないし……」
「もう、姉さんったら。心配性だなあ。僕なら大丈夫だよ!」
私の言葉を聞いて嬉しそうに笑う真琴。
真琴は自慢の弟だ。口も愛想も悪く人を信用しない私とは違って、優しく愛想も良く誰にでも手を差し伸べられる。運動も勉強も全力で頑張って、でも遊びも全力で楽しんで。そんな、できた弟。
私は真琴に嫉妬したことも疎ましく思ったこともない。そんな感情を抱く意味なんてない。むしろ自慢にしか思わない。父親に愛想を尽かし出て行った母親も、海外赴任で私達を家に置いて行った父親も、どっちも必要ない。家族でも何でもない。私の家族は真琴だけ。
真琴は私の宝物。何にも代えがたい大切な存在なのだ。
だからこそ私は、真琴が変な奴らに絡まれてしまわないか心配なんだ。優しい真琴ならきっとそんなゴミ共にも優しく接してしまうから。自分が傷付いても怒らないだろうから。
「もし何かあったら言うんだぞ?心配かけたくないとか、迷惑かもとか思わないこと。真琴が傷付くほうが私はずっと悲しいから」
「姉さん……。……うん、分かった!たった二人の家族だもんね」
真琴はニコリと笑うと「行ってきます」と元気に玄関を出て行った。
「……あの様子なら大丈夫かな」
この時の私は真琴の言葉に安心しきっていた。何かあればきっと言ってくれると信じていたから。だけどその考えはあまりにも甘かった。
◆ ◆ ◆
「真琴、最近元気ないな。何かあった?」
「えっ?……う、ううん。何でもないよ。最近部活頑張ってるから……疲れちゃってるのかも……」
「そうなのか?……部活の連中からいじめられたりしてないか?先輩だからって威張ってくる奴はいないか?もしそんなことがあればすぐに言うんだぞ。いつでもそいつらをボコボコにしてやるから」
「だ、大丈夫だって。部活は……楽しいから……」
「……そうか。それならいいんだけど……」
入学式から半年くらい経った頃だろうか。いつしか真琴はあまり笑わなくなかった。服をかなり汚したり怪我をつくって帰って来ることが増えた。その度に私は真琴に「何かあったのか」と問いただしていた。気を遣う必要はないと付け加えて。
それでも真琴が何か言うことは無かった。いつも決まって「何もない」と乾いた笑みを浮かべるだけ。そう言われてしまえば何も言えなかった。
いくら優しい真琴でも私がここまで聞いて何も言わないってことは本当に何もないんだろうな、なんて甘く考えて。それが最悪の結果を招くとは知らずに。
________________それは、一か月後のことだった。
「はい、もしもし」
ある日、学校から帰った私の携帯に知らない番号から電話がかかって来た。何だか嫌な予感を感じながらも携帯を手に取る。恐る恐る出ると、耳に入ってきたのは低い男の声だった。
「もしもし。すみません、警察ですが。篠崎美琴さんでお間違いないでしょうか」
「……え、……あ、はい。篠崎美琴です、けど……」
警察、という単語に困惑しながらも答える。
どうして警察が連絡を?私何かしたっけ?知らないところで何かやらかしてるとか?……まさか真琴?いやでも、真琴が警察のお世話になるわけない。じゃあ私にしかいないよな……?
そんなことをぐるぐる考えていると、警察は気まずそうに口を開いた。
「篠崎真琴さんはあなたの弟さんでお間違いないですよね?」
「……はい?真琴?そっ、そうですけど……ま、真琴が何か!?」
まさか真琴の名前が出てくるとは思わず身を乗り出す。そして……警察が口にした言葉に、思わず耳を疑った。
「落ち着いてください。実はですね____________」
◆ ◆ ◆
「真琴!!!」
病室のドアを勢いよく開けて駆け込む。奥のベッドに駆け寄ると、そこには確かに______死んだように眠る真琴がいた。
その姿に呼吸が浅くなる。心臓がうるさく鳴り、頭が殴られたように痛くなった。
「篠崎美琴さん……でしょうか」
私の傍に知らない男がやって来た。声的におそらく私に連絡してきた警察だろう。私はその警察の腕を掴んだ。
「ど、どういうことなんですか!?真琴はどうしてこんな姿にっ……!」
あの電話で、真琴が病院に搬送されたことを告げられた私は急いで病院に向かったのだ。真琴は犯罪なんかに手を染めるような子ではない。それが証明されたのは良いことだが、まさか病院に運ばれてるなんて。
あまりにもボロボロになっている真琴の姿にいろんなことを考えてしまう。
「もちろん説明します。落ち着いて。そちらの椅子に座ってください」
警察の男は落ち着いた様子で私を
私は何度か深呼吸をして椅子に座った。そうして警察の言葉を待つ。
「まず、彼が病院に搬送された経緯ですが……今から二時間前、放課後になって数分後に学校の屋上から飛び降りたらしいんです」
「………………は?」
警察の言葉が信じられず、思わず立ち上がる。
「そんな……!真琴が自殺なんてするわけない!!誰かがやったんじゃ……!!」
「落ち着いてください、美琴さん。……落ちた時の体勢がうつ伏せではなく仰向けだったことから我々も、誰かに押されて落ちたのではないかと考えました。ですが、真琴くんが飛び降りる瞬間を目撃していた生徒によると……屋上に真琴くん以外の人間は見当たらなかったそうで。実際、聞き込みをしていた捜査官も「ほとんどの生徒にアリバイがある」と言っていましてね」
「……でも…………真琴が自殺なんて……理由もないのに…………」
「もちろん我々もいじめの可能性を考え、真琴くんが所属していたサッカー部、彼のクラスの生徒や同じ学年の生徒にも聞き込みをしました。ですが帰って来る答えは揃って「いじめはなかった」。生徒だけでなく教師もそう答えています」
「………………そんなの…………」
そんなのおかしいだろ。いじめがなかったのなら……死にたくなる理由が無いのなら、真琴はどうして自殺なんてしたんだ?矛盾してるじゃないか。
「……そして肝心の真琴くんですが。彼は生きています」
「…………え……?」
本当ですか、と掠れた声で問うと小さく頷く男。
「屋上から落ちれば普通は頭を打って命を落としているものですが……真琴くんは運が良かったのか、花壇の上に落ちましてね。もちろん大怪我はしましたが頭はそこまで強く打っておらず、奇跡的に一命を取り留めた状態なんです。医者によるともうじき目を覚ますだろうとのことです」
「そ、そう……ですか……良かった……」
「ただ……目を覚ましても少し厳しい状態にはなっているらしくて……」
ほっと一安心して肩の力を抜いた私に、警察はさっきよりもずっと気まずそうな顔をした。その言葉と表情に心臓がうるさく鳴る。
……何怖がってるんだ。一命を取り留めて、目を覚ましてくれるだけでも良いだろ。多少後遺症が残ってしまうのは仕方ないことだ。それでも私は真琴を支える。何があっても一緒にいるって決めたんだ。
一度ゆっくり深呼吸して、再び顔を上げた。
「身体はそこまで問題じゃないんです。まあ、流石に手足は動かしにくくなるだろうとは仰られていましたが……想像しているより後遺症は残らないと。ただ、精神に問題があるようで……」
「精神的に……?」
「何があったのかは分かりませんが、運ばれている時のうわ言や震えから察するにかなりの鬱状態らしく……目を覚ましたら更に鬱が悪化する可能性があると」
「鬱って……じゃあ、もしかして…………」
「美琴さんのことも拒絶する可能性が高いということです」
「…………………………」
想像以上の絶望に言葉を失ってしまう。
鬱って……あの真琴が?あんなにも明るくて優しい真琴が鬱になるほど、嫌なことがあったのか?……そんなの、いじめくらいしかないだろ。
サッカーが上手くならないとか、友達と喧嘩したとか、それくらいで鬱になるほど真琴は弱くない。むしろ真っ直ぐ前を向いて強く生きれる子だ。
本当にいじめは無かったのか?本当に真琴の飛び降りは自殺なのか?……それを知る術は……ない。
◆ ◆ ◆
警察がいなくなってから、私はずっと真琴の傍に付いていた。もしかしたら目を覚ますかもしれない。そんな希望を抱いて。
「…………真琴。一体何があったんだ?……どうして飛び降りなんて……」
真琴の手を握りながら俯く。
何か嫌なことがあったらすぐに言えって、あれほど言ったのに。何かあったら私が助けるって約束したのに。なのに、結局真琴はこんなことになってしまった。私は……私は何もできなかった。
本当嫌になる。……お姉ちゃん失格だな、私。
「…………真琴?」
握った手に、心なしか力が入ったような気がして顔を上げる。
___________さっきまで眠っていたはずの真琴が、身体を起こしていた。
「ま……真琴!!起きたのか!!」
私のことを拒絶するかもしれない。そんな警察の言葉も忘れて真琴をぎゅっと抱きしめる。こんなにも嬉しくてたまらないのにじっとしているなんて無理だ。ああ、だけど顔が見たいな。真琴の優しい目を見たい。
溢れる涙を拭いながら真琴と目を合わせようと手を握りながらゆっくり離れる。
「本当に良かった……心配したんだぞ。いや、理由は後でいい。とにかく今は真琴が無事に生きていただけで_________……真琴?」
真琴に笑いかけながら話し続ける。……だけど、真琴は何の反応も示さなかった。それどころか、全くと言っていいほど目が合わない。どこか遠いところを見ている。真琴の顔に触れながら何度も名前を呼ぶ。だけどやっぱりピクリとも動かない。
心配になって、看護師に医者を呼んでもらうよう頼んだ。少しして真琴の担当医がやって来た。
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