米子と夜叉鬼

らんた

米子と夜叉鬼

 平安初期の東北……。ここで人と鬼族の戦いが各地で繰り広げられていた。秋田もそんな地の一つだ。 


 傷だらけの鬼が肩を担ぐ。


 「がんばれ、もう少しだ」


 「夜叉鬼やしゃおに様、もう無理です。この傷ではもう私は助かりません」


 「何を言う、戦友を置いていけるか!」


 傷口を手でさすりながら青鬼がうずくまる。


 「羅刹丸らせつまる、しっかりするんだ!」


 「おれはもうだめっす。大将だけでも生きて……うっ」


 そういうと痙攣けいれんをおこしてやがて羅刹丸は息を引き取った。


 「無念なり!! なぜ人間は我らの土地を奪う!!」


 そう言うと羅刹丸らせつまるまぶたにふれそっと目を閉じた。


 やがて民家が見えてきた。羅刹丸の言いつけを思い出す。


 ――大将、人間の家でもいいです。そこにかくまってもらってから逃げましょう。もちろん人間の姿に化けて。


 「羅刹丸。お前の助言の通りにする」


 そう言うと印を結び……呪文を唱え、夜叉鬼の周りに光が生じる。赤がかった皮膚が人間と同じ色になり角が消える。


 (人間になったな。よし!)


 そこは北の大地を開拓した人間の住居があった。


 「誰からぬか、誰からぬか!」


 扉を叩く。扉から出てきたのは見事に美しい女性であった。


 「あっ」


 「すまぬ、賊に襲われたのだ。二~三日でいい。泊めてはもらえぬか?」


 この戸口を開けた者こそ米子よねこである。透き通る白い肌。長身。紅い唇。切れ長の瞳。艶やかな黒髪を結い上げていた。面立ちは端正で夜叉鬼は思わず魅入ってしまった。

 それは米子も一緒であった。結い上げた長髪の艶やかな黒い髪。紅い唇。切れ長の瞳。透き通る白い肌。夜叉鬼の姿は同性であっても魅入ってしまうほどの美しさであった。しかし米子にないものを夜叉鬼は持っていた。勇壮な戦士の顔つきである。


 これは秋田に伝わる勇者と姫君の物語。


◆◇◆◇


夜月やつき様、傷がしみますか?」


 薬を塗る米子。もちろん夜月とは偽名だ。「夜月」とは月夜に鬼の本性を現し牙をくぞという警告の意味も入っている。


 「大丈夫だこれしき……うっ」


 「大丈夫ですか?無理をなさらずに……」


 「しかしこんな物の怪が出るような場所によく生きて来れたのお」


 米子の父が感心する。


 「運が良かっただけです」


 「この山の森には人食い鬼が出るという。鬼に襲われたらお主、死んでいたかもしれぬぞ」


 (俺たちの事か。俺たちは人なんか食わねーよ!)


 父は白石善五郎。娘は米子といった。


「これ、麻を急いでったものです。傷口に巻いてください」


 白石善五郎ははるか南の越前から来たという。開拓民としてこの酷寒こっかんの地に来たのだという。


 「水も豊富だし、稲作に適しているのではないかと思ってな。思い切ってこの大地にやってきた」


 後悔した顔つきで白石善五郎が言う。


 「でも、冷害にあったら私たち一家は飢え死にですわ」


 「なぜ越前で暮らさぬ?」


 「飢えよ……。貢納が厳しくてな」


 (本当、人間というのはわざと不幸になって生きてるとしか思えないな)


 このような会話と食事が続き、約束の三日が経った。だが傷は一向に良くならなかった。


 「この傷、毒が塗り込められておるぞ」


 「すまぬ、約束の期日が過ぎてしまった。去らねばならぬ」


(これ以上人の子を巻き込むわけにはいかぬ)


 「うっ」


 うめいて膝をつく夜叉鬼。


 「いいのです。もう少しいてください」


 米子は止めた。


 「いいのか、主人」


 「かまわぬ。めったにここに人は来ぬ。人間と会話できるだけでも幸せなのじゃよ。でもできれば織物でもよい。手伝ってくれぬか? それとも女子おなごの仕事は嫌かの?」


 「まったくかまいません。ありがたく思います」


 以降三日が過ぎても一緒に住むこととなった。裸になってから傷口に薬を塗りこむ米子。


「よいのか、こんな男の裸を見て」


 「よいのです。それに私、ここに来てからもう出会いもなかったし。私もうよわい……一九ですの」


 「どうして近隣の者と結ばぬのだ?」


 「痘瘡ほうとうで多数の者亡くなって以来、里の者たちとはいったん距離を置いています。私たち一家の者も命を落としましたし」


 「そうか。だからそなただけなのか」


 「はい」


 「このまま死ぬのではないかと恐怖におびえています」


 「そうか……」


 米子をじっと見つめる夜叉鬼。


 「滋養を付けることだ」


 「はい」


 「大丈夫だ。それにいざとなったら刀で病を運ぶ病魔も切り捨てようぞ」


 「ありがとうございます」


 そう言いながらそっと裸の夜叉鬼に寄りう。


 「いいのか」


 「はい。私、幸せです」


 「そうか。でも俺は牙をく鬼かもしれぬぞ」


 「かまいません」


 「その言葉、うれしいぞ」


 すると……夜叉鬼はそっと米子の髪をいた。


 「私も鬼となろう」


 「はい。夜月様」


 こうしてどんどん体も回復して行った。それだけでなく夜叉鬼は自分で機織りができるようになった。


 (これは山に帰ったらお金にできる。いい技術を身に着けた)


 夜叉鬼はさらに米子に機織りの織り方だけでなく織り機の仕組みまで聞くことにした。最初はきょとんとした米子であったが、愛し合う仲となった今、その願いをかなえることにした。


(自分の根城にある機織り機よりずっと性能いいんだよなあ)


 そんな事思いながら最後に自分が着る衣を織った。


 昼間……善五郎がいない間に夜叉鬼は機織りを止め互いの体を許しあう。


 しかし夜叉鬼は決意した。


 (もう一月ひとつきになる。収穫も得た事だし。遊びはここまでだ。俺にはやらねばならぬことがある)


 「まきを取りに行く」


 そういって善五郎の家を後にした。善五郎の家が見えなくなるころに呪を唱えると夜叉鬼の周りが光り輝き、元の薄い赤色の皮膚に戻る。頭髪から生じた黄色い角。まぎれもなく鬼であった。


 「米子、すまぬ。そなたは人間として幸せな生を送れ。達者でな」


 こうして夜叉鬼は呪を唱えると突然空に浮いた。そのまま飛行して自分の根城を目指す。掃討軍そうとうぐんはもういないようだ。やがて根城ねじろに着いた。 


 「大将だ!! 大将が生きていた!!」


 城は騒然となった。


 「よくお戻りで……」


 緑の皮膚を持つ摩尼鬼まにきひざまずく。


 「よせ。副将軍。そんなことより俺はいいものを手に入れたぞ」


 「それはなんでございましょう?」


 「機織りだ。人間が持つ技術盗んだぞ」


 「へ?」


 「わからぬか。着物だ。ここで着物の工場を作る。里で人間を相手に売り出す。こうすれば金に困らぬだろう。もう臨時の賊もせずにすむぞ。命を無駄に落とすこともない」


 城全体がどよめく。


 この仕事に男も女も関係ない。ぜひ、手伝ってくれ。もう飢えて死ぬこともなかろう」


 「それと麻の畑も増やせ」


 「かしこまりました!」


 「皆の者、今日は祝いじゃ~!」


 城全体が轟いた。


◆◇◆◇


 いつまでも帰ってこない夜月。米子はとうとうしびれを切らし、夜月を探した。若い男の姿を見かけなかったか聞き歩いた。だが手がかりはなかった。山を彷徨さまよううちに妙な視線を感じた。


 (誰かしら?)


 一方、敵の来襲らいしゅうに備えた鬼たちは……。


 ――こんな山の中であいつ、だれだべ?


 小声でささやく。


 ――敵の間者かんじゃかもしれね。捕まえよ。


 「おい! 止まれ!! そこで何をしている!!」


 そこには草履ぞうりも破けそうになっていた米子がいた。 


 「大事な人を探しているんです」


 それは恐ろしげな赤鬼二人組であった。 


 「大事な人をお!?」


 「それはお前の味方か?」


 「怪しい。連れて行け!」


 「やめてください!」


 「うるさい! おとなしくしろ!」


 米子は悲鳴を上げながら、根城に連れていかれた。


 鬼たちの根城はしっかりした土壁つちかべでできた砦だった。


 「開けてくれ」


 「開門!!」


 扉が開く音がする。


 そのまま城の接見せっけんの間に連れて行かれた。


 「夜叉鬼様、怪しい奴を捉えました」


 その姿は米子がよく知る者であった。


「なんだよ、昨日飲みすぎて気持ちが悪いんだよ」


 確かに皮膚は赤い。角も出ている。でも、その顔はたしかに……。


「米子、お前こんなとこで何してるんだ?」


「夜月様こそこんなとこで何をしてるのです?」


「これっ、この方は『夜月様』ではない。頭領の『夜叉鬼』様だ」


 「いいんだよ山鬼丸さんきまる。俺を匿ってくれた人間の娘だ」


 「え? この方が」


 「心配したんです! どうして勝手に家を出たんですか!」


 鬼たちが囲む中で毅然きぜんとした態度を取る米子。


 「米子、あのな。この姿見てわからないか。俺は鬼だ。言ったはずだぞ。いつや牙をくかもしれぬと」


 「かまいませぬ」


 じっと夜叉鬼を見つめた。


 「私はあなたの……虜になってしまいました」


 このセリフを聞くとみんな一様に驚きを示す。


 「私の思い、受け止めてください。私はあなたの事が……好き」


 このセリフに砦中がどよめいた。


 どよめきがいったん静まると、夜叉鬼は言った。


 「言った通り俺はお前に牙を剥くぞ。もうお前を一生離さない。たった今俺は人間の世界からお前を奪う」


 そういうと鬼の牙を見せて笑い、そしてそっと抱きしめた。


 「い、祝いじゃ~~~!」


 「結婚じゃ~~~!」


 こうして二人は結ばれた。


◆◇◆◇


 山賊の主の妻になったことで米子は「米子后」とも呼ばれた。米子は鬼たちに織り方を教えた。

 米子が指導して作った織機のかげでまず鬼たちの服装がよくなっていった。次に余り物の着物を人間たちの里に出て着物を売りさばき、現金収入を稼いだ。こうしてさらに砦は豊かになっていった。


 「おい、おなかの赤ちゃんのためにもだな、少しは休まんと」


 「だめです。今が一番重要な時なのです。それにまだ染料せんりょうの事も教えていません」


 「は、はい」


 夜叉鬼は米子にだんだん逆らえなくなった。頭領として情けなくなった。


 ほかにも米子は鬼たちに家計簿のつけ方を教えた。こうして無駄を省き、適切に砦の運営は管理されていった。もはや実質的な頭領は米子になっていた。米子は鬼たちに文字も教えた。もちろん夫にもである。


 「そうではなくて。いろはにほへと」


 「こうか?」


 こうしているうちに出産の時を迎えた。季節は冬になっていた。米子のおかげで織物収入があるおかげで初めて飢えを心配せずに、また賊としての活動もせずに済んだ初めての冬であった。このため大半の鬼は砦の中にいた。それどころか雪かきを定期的に行える環境となったため砦を補修する手間まで省けたのだ。


◆◇◆◇


 落ち着かない夜叉鬼。


 (人間がはたして鬼と交わってよかったのであろうか……)


 夜叉鬼がうろうろ歩く。


 (米子は無事、子を産めるのであろうか……)


 夜叉鬼は思わず爪を噛んだ。


 (最悪、死ぬのではなかろうか……)


 うめき苦しむ声を戸越しで聞きながら心配する夜叉鬼。


 そしてかん高い鳴き声が聞こえた。


 「夜叉鬼様! 生まれました!! 男の子です!!」


 山鬼御前やまきごぜんが嬉しそうに報告する。


 「近くの滝にまで行って水汲んで来い。今すぐだ!」


 夜叉鬼はわが子を見た。その姿は人間と同じ肌色。角は黄色、牙をもっていた。


 「私、産めたわ。ちゃんとあなたの子産めたの」


 「米子……」


 ただただ米子の手を握り締める夜叉鬼。


 「赤ん坊抱いていい?」 


 「ああ、いいぞ」


 米子が見た赤ん坊は……。


 「あなたにそっくり。ほら、角とか」


 「何言ってるんだ。肌はお前そっくりだぞ」


 「聖水となる滝水です」


 山鬼丸はいそいで水を汲んで来た。


 こうして跡継ぎが誕生した。名を大滝丸とした。


 滝の水で産湯に浸かったことから大滝丸と名付けられた。


 「米子。鬼族ってのはめったに病にはかからない。力も強く、俺たち夜叉族の場合は飛行もできる」


 「え?」


 「だから人間みたいに子だくさんにならずに済むんだ」


 だから鬼族は出産時に命を落とす危険も少ないのだ。


 「俺たちの子だ。大事に育てるぞ」


 「ええ」


 「たぶん、人間と鬼との融和をこの子が切り開いてくれるはず。そんな世界が見たいんだ」


 「そんなとこが大好きよ、あなた」


 「俺もだ」


 「跡継ぎの誕生じゃ~! 今日も祝いじゃ~」


 副将軍である摩尼鬼まにきが宣言すると砦の中で祝杯の声が響き渡った。


◆◇◆◇


 あれから数年後。


 大滝丸が砦の中で遊びまわる。鬼の子は元気だ。噂を聞きつけた鬼たちがどんどん砦に集まるため砦全体が元気になり、砦はどんどん大きくなった。


 そんな中……夜叉鬼一行は人間に化けて偵察行動に出ていたとき信じられない光景を見た。


 身売りである。人間が、人間の子を売っているのだ……。


 「もう我慢ならねえ……」


 「夜叉鬼様?」


 「救うぞ!」


 「あ、はい!!」


 そう言うとしばられていた子供たちを救い、さらに人身売買商人を切り殺した。


 「お前ら帰っていいぞ」


 子供が震えて泣いている。


 「どうした?」


 「食べるの?」


 「食べねーよ!!」


 怒る夜叉鬼を見てさらに子供たちが泣いた。


 「家に帰ってもまたおとんにぶんなぐられるよ」


 「そっか、なら俺のとこに来ないか? ……鬼の住処だ」


 「ええ……?」 


 子どもたちは戸惑った。


 「嫌だったら、自分で生きて行くしかねーな」


 砦に着くと砦全体がどよめいた。人間の子供が六人もいたからだ。


 「どうするんですか~。人間たちに攻められるかもですよ~」


 摩尼鬼まにきの顔は困惑していた。


 「副将軍……大丈夫だ。考えがある。よし、お前ら今日から朝は仕事、午後は文字とか覚えてもらうぞ」


 こうして砦には人間の子供が増えていった。当然大滝丸も人間の子供たちと遊んだ。鬼による人さらいの噂はたちまち里に伝わってしまった。

 救った子供たちはちゃんとお風呂に入って食を三食ちゃんと食べさせる。ただ、もう砦の許容限度は限界に達していた。


 夜叉鬼はとうとう決断を下した。


 「里を攻める。秋田を攻めるぞ!」


 夜叉鬼は矛を地面に叩きつける。


 「もうこれ以上人間が売り飛ばされるのを見れられねえ! 姿形が似てる存在が売り飛ばされる姿を見て、もうがまんならねえ!」


 「俺たち協力しまっせ!!」


 大将に詰め寄る鬼たち。


 「お前ら武器の用意だ!!」


 一斉に雄叫びが木霊した。


 それを聞いてから夜叉鬼は別室に入る。


 玉座の後ろには夫婦の部屋があったのだ。


 「米子、聞いてただろ。お前は鬼の頭領の嫁になったんだ。こうなるのは覚悟はしてただろ? これから人間の里を攻める」


 「ご武運を」


 「え?」


 「聞きましたわ。人間の子を救うのでしょう? 私もあの子たちの世話してるんだからそんくらい分かるわ」


夜叉鬼は無言でありがとうと米子に言った。頭を深く下げる夜叉鬼。


 「大滝丸、お留守番な」


 「うん!」


 「米子、俺が戻ってくるまでここの主になってくれ」


 「もちろんよ」


 「万が一、人間に攻められても、こいつらなら大丈夫だ」


 こうして夜叉鬼は秋田にある砦を攻めていった。


 機動力に優れた鬼は次々と人間を撃破していった。それだけではなく空からの攻撃に人間は無力であった。自軍の被害は僅少だった。


 降伏の旗がなびき、夜叉丸たちは里を目にした。


 人間たちは鬼を見て当然怯えている。


 「いいか、人間ども!! よく聞け!! これからここの土地は鬼族のものとなる。だが安心してよい。お前たちを食ったり、傷つけたりはせぬ」


 ボロボロの服を着た人間に向かって言う。


 「また貧困な者には税を無くし、富むものには相応の負担をしてもらう」


 すると困惑と歓喜の声が混じった。


 「無理やり米を作る政策もやめ、当然京とやらへの貢納もやめる」


 困惑の声が消えた。


 「子供たちはもちろん、大人へも文字の習得に励み教育に力入れてもらう」


 この声に特に女性は飛び上がった。


 「我々が作った着物を見たであろう。その服は我らが作った物。これから工場にも勤務してもらう」


 すると……えっ? これが!? と驚く比較的富裕な人間達が驚いた。


「それからお前たちに返すものがある」


 鬼族の軍勢の後ろには多数の子供がいた。


 「この子たちの親よ、恥を知るがよい!!」


 親の元に集まっていく子もいればそのままとどまってる子もいた。


 「子の身売りを禁止する。よいか!!破った者は極刑とする」


 そして夜叉鬼は捕虜をにらみつけて言った。


 「捕虜は京へ引き返してもらう。船に乗るがよい」


 こうして秋田は鬼の里となった。そのまま夜叉丸らは砦に戻った。


 「米子~」


 手を振る夜叉鬼。


 「勝ったぞ~」


 砦全体が湧き上がる。大将の姿は上半身裸だった。


 「まあ、恥ずかしいったらありゃしない」


 最初……人間は鬼を怖がっていた。が、次第に人間は怖がらなくなった。やがて人間と共に住むようになった。

 こうして夜叉鬼の勢力は秋田を制したのであった。


◆◇◆◇


 それから五年がたった。すっかり鬼と人間は調和した社会を築いていた。だが南の方には境界線となる柵があった。大滝丸も八歳になっていた。親子で飛行訓練し、武芸と文字の習得に励む。だがそんな幸せな日々は長く続かなかった。京より坂上田村麻呂さかたのうえたむらまろが秋田に攻めてきたのだ。鬼たちは応戦するも全滅。子供は砦に避難させた。こうして再び秋田は人間が治める地に戻ったのであった。もちろん貢納も、子売りも復活したのである。

 里に残った大人の者はほとんどが討死した。この知らせは山の砦にも伝わった。


 「いずれ、ここに攻めて来る!! お前ら準備はよいな!」


 「おお~!」


 そこには武装した米子もいた。


 「米子。戦いには参加しないでほしい」


 「嫌です。私はここの妃。共に戦います」


 「無理だけはしないでくれ」


 こうして鬼の根城に坂上田村麻呂が攻めてきた。統率が取れた大軍の前に鬼たちはなすすべもなく敗れていく。


 「子供たちを逃がすんだ!!」


 一斉に砦の下にある穴から子供たちが逃げ延びる。


 そんな中、夜叉鬼は信じられない光景を目にした。米子に弓矢が刺さったのであった。胸であった。致命傷であった。


 「米子~~~!」 


 「母上~!」


 駆け寄る親子。


 「ごめんなさい、何も力になれなかったわ。逃げて、逃げ延びて。あなたは大将よ。もう私がいなくてもなんでも出来るでしょう?」 


 「分かった! 分かったからもうしゃべるな!!」


 しかし、米子は血を大量に吐き、息をしなくなった。


 「米子!!」


 「米子様の死を無駄にしないでください!!」 


  摩尼鬼まにきが裏口の洞窟の通路を開ける命令を部下に下した。


 「ここは私たちで食い止めるから大将と子は逃げて!!」


 「お前ら撤退するぞ……」


 二の腕には亡骸なきがらとなった米子がいた。


 そういうと夜叉鬼と大滝丸は飛翔した。


 逃げ延びた先は男鹿半島であった。秋田を制したときについでに攻めていったほぼ無人の土地であった。


 その無人の地に連れて来た子供たちがいっぱいいた。


 「どうすればいい? どうすれば。俺は米子なしでどうすれば?」


 「大将しっかり!!」


 摩尼鬼まにきが大将を叱る。摩尼鬼まにきの後ろには摩尼鬼まにきが率いた人間達の子供が多数いた。


 「この子たちの面倒はどうすれば? 親は抹殺されたんですよ。人の子も、鬼の子も!!」


 鬼たちが怒り出す。


 「あなたが面倒見るべきよ!」


 数日後……米子の葬式が終わってから夜明けとともに夜叉鬼と数年がだけ飛翔した。夜叉鬼は米子の亡骸を抱えて。他の鬼は石を抱えていた。行き着いた先は米子の実家の近くだった。


 「米子、達者でな」


 まだ敵軍がいるかもしれるのにこのような行動を夜叉鬼はあえてとったのであった。


 鬼が土を掘り米子をそっと置いた。土を埋め、最後に石をどかんと鬼が置いた。


 「ありがとう、緑山夜叉りょくざんやしゃ


 「大将、もうひとつやらねばならないことが」


 「分かってる。米子の実家に行くぞ」


 夜叉鬼はじっと緑山夜叉の顔をみつめた。


 「緑山夜叉、俺が殺されそうになったり親が自害を図ろうとしたら止めてくれ。絶対にだ。俺の親は前の戦で死んだ。もうこんな悲しみは俺の代で十分だ」


 「もちろんです」


 例の場所にたどり着いた。扉を叩く。


 「たのもう!!」


 出てきたのは白石善五郎。だいぶ老けていた。


 「お前は……!!」


 「ひっ、鬼!!」


 そう、もう夜叉鬼は角を隠していなかった。


 「はやくこっから逃げて!! 米子は反乱軍の準大将なんだよ。お前も殺されるぞ!」


 「ええ!?」


 「お前の子に会いたいだろ」


 「何っ!」


 「とりあえず、土くれの術を使うぞ」


 そういって夜叉鬼が唱えると畳の上に置いた土がとんどん大きくなり、善五郎そっくりの人形になった。まるで生きているかのようだ。


 「親父、見るなよ」


 そういうと夜叉鬼は人形に何度も小刀を刺し、最後に刺した小刀を人形の手に握り締めた。人形は血だらけだ。


 「すまねえ!!」


 そういうと本物の白石善五郎を奪っていった。


 「うわわわわ!」


 「黙ってろ! 下見るな!!」


 夜叉鬼は白石善五郎を抱えながら飛翔していた。


 やがて京の軍が米子の親白石善五郎の死体を見つけたのは数刻後の事であった。


 夜叉鬼らは男鹿にある臨時の陣に戻った。


 そしていきさつを説明した。


 「すまねえ! 米子は死んでしまった! 守れなくてすまねえ!」


 土下座する夜叉鬼。


 それを聞くと白石善五郎は近くにあった杖を拾って何度も夜叉鬼を叩いた。


 「貴様が何もかもわしらの幸せを奪ったのじゃ~! なぜ死なせてくれない!!」


 夜叉鬼は血だらけだ。それでも夜叉鬼は何も言わない。


 「あのままじゃ大将死んでしまうよ」


 その時……。


 「やめろ! 父上に何をする!!」


 「いいんだ、大滝丸。これは俺の罰だ」


 「よくない!」


 そういいながら拳を白石善五郎の腹に叩きつけた。白石善五郎がうめきながら崩れ落ちる。


 「かあちゃんからもらったこの命のためにお前は救われたんだ。その命の父を害するのなら、殺すだけじゃすまねえ。てめえの一族呪ってやる」


 「やめろ、大滝丸」 


 「俺たちは理想郷建設のために……いいや。当たり前の世を作るために必死なんだよ。俺の爺だったら自分の子の分まで生きて見ろや」


 大滝丸が指さしたのは子供たちだった。


 「あいつらも親殺されたんだぜ。てめえだけ悲劇面するなよな。わかったか!」


 白石善五郎はその場で崩れ落ちて泣いた。


◆◇◆◇


 人間の大人は白石善五郎を除き鬼族がいるだけであった。子供たちのためにまずは鬼たちが子供ために住居を作り上げなければならなかった。幸い鬼は怪力も法力も持つ。


 樹を切り倒して住居を作る。


 「お前らが大人になったら、平和な世にすべく頑張るんだぞ」


 あちこちの子供に言い聞かせる。


 「悪い子はいねが?」


 時折、ストレスがたまるのか弱い子にいじめをする子もいた。その場合、鬼族は容赦なくお仕置きをした。

 この行為が後のなまはげに繋がったことは知られていない。米子と夜叉鬼の説話は闇に葬られてしまったのだ。


 なぜなら……。


 厳しい冬が過ぎ、春が訪れたその時。なんと京からまた大軍がやってきたのだ。


 「子供たちを逃がすんだ!!」


 「逃げろ、山に逃げるんだ!!」


 法力で空を飛ぶ夜叉鬼と大滝丸は空から丸見えだった。


 「撃ち落とせ!!」


 なんと人間が一斉に矢を放ってきた。


 砦に居たときは障害物がいくらでもあった。だがここにはそんなものはなかった。


 こうして夜叉鬼と大滝丸は墜落した。そして迫り来る刃。こうして夜叉鬼と大滝丸親子は討ち取られてしまった。


 その首は京都に献上されたという。


 首がない遺体は……なんと砦近くまで運ばれそこで埋められ、代わりに神社が置かれた。もちろん神主は京から来たものだ。


 「ぐぬぬぬぬ」


 偵察で見張っていた鬼が歯ぎしりする。


 さて、なぜこの話は伝っているのであろうか……。

 米子と夜叉鬼が砦を構えていた場所からはるか北方……。

 ここを後の人間は『白神山地』と呼ぶ。


 その白神山地の山奥に逃れてきた子供たちと鬼たちが住んでいた。摩尼鬼まにきが大将となっていた。


 「俺たちは死なない。なんとしても生き延びるぞ!」


 なんとその声を上げた人物こそ白石善五郎であった。白石善五郎がいきさつを書き上げる。


 さすがにこの山奥まで攻めて来るほど京の人間は酔狂ではなかったようだ。


 「よし、織機もできたぜ!!」


 「家も全部完成だ」


 そして隠れ里が復興した後……。


 老体に鞭打ってがんばったツケが来たのか白石善五郎は倒れ、そのまま帰らぬ人となった。


 白石善五郎は表向きは自害して果てたことになっている。しかし、それは夜叉鬼の術によってごまかしただけの事である。天寿を全うした白石善五郎はこの地の墓で静かに眠る。横には天寿を全うした摩尼鬼まにきの墓もあった。


 以来三百年に渡ってこの隠れ里は栄えたという。


(米子と夜叉鬼 終)

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