Σ超絶テクニック


「おじゃましまぁ~す」

「わざわざ悪いね。ありがとう、平野くん」


 家まで持って来てくれなんて、こっちは頼んじゃいねえけどな。


 異世界で冒険者のおっさんらが酔い潰された頃、平野くんから電話がかかってきて、オレたちは現代日本に帰ってきた。

 まあ、あいつらはあいつらで、なんかコソコソ企んでやがるみたいだったし、あそこでお開きになったのはちょうどよかったのかもしんねえな。


「いえ。僕も家帰るついでですから。やあ、クロくんも、こんにちは」

「オレは『クロ』じゃなくて『クロウ』だ! その呼び方していいのは、姉ちゃんだけだかんな」

「ははは、なんか、カワイイですね。クロくんって、先輩のこと大好きなんですね」

「キーッ! クロウだっつってんだろ。このメガネナスビ!」


 くそぅ、何だよその顔は。オレは怒ってんだからな!


「座って。何か飲む? コーヒー、紅茶、日本酒、焼酎、ウィスキー、ジン……」

「あ、いえいえ! お構いなく」


 もしや、まだ飲む気かよ? 平野くん、付き合わなくて正解だぜ。


 それでも姉ちゃんは、平野くんの前にホカホカ湯気を立てる湯呑みを置いた。うん、なんか、それがお似合いだな。またメガネくもってるけど。


「お。数値安定してきてるじゃない。手技に慣れたかな」

「ハイ~。おかげさまでぇ」


 提出された紙束をめくりながら姉ちゃんが言うと、平野くんはヘニャリと笑った。

 何なに? 平野くん、レベルアップしたの? 何のスキル?


 うげぇっ。細かい数字だらけじゃねえか! これがウワサの「ステータス」ってやつか?


「実験のほうは順調? 最近、あんまり見てあげられなくてごめんね」

「い、いえ! そんなことないですよ! 先輩もそろそろ、学会準備とかでお忙しいですよね……」

「そんなもん、とっくに終わってるわ」

「えっ!? でも、藤森先輩なんて、まだ発表に使うデータ揃ってないとか言って、今日もラボ来てましたよ? あの人、いつもは休日全然来ないのに」

「ああ゛ん!? 藤森なんかと一緒にすんな。アイツのは研究とは言わん。研究費のムダ遣いして遊んでるだけだっつーの!」


 すまんな、平野くんよ。

 姉ちゃんはザルだけど、大量に飲むといつもの二割増しで気性が荒くなるんだ。


 さっき、異世界の冒険者たちと酒盛りしてきたとこだからな。


「もしかして、もうスライドもできたんですか? 先輩、今度のはたしか、オーラルでしたよね?」


 オーラル? 何だそれ。なんか、ヤラシイ響きだな。


「うん、そうだけど?」

「僕、まだオーラルはやったことないんですけど。絶対そっちのほうが大変ですよね?」

「え、そう? オーラルなら、一〇分やれば済むじゃない。むしろ楽だと思うよ」


 一〇分? 一〇分間お口で何ヤルの姉ちゃん!?


「えぇーっ! 一〇分もあるんですよ? しかも、誰も助けてくれないし。一〇分も一人で頑張るなんて、やっぱりしんどいですよぉー。しかもが、さらにキツイんじゃないですかぁ!」

「それも今回五分だけだから、せいぜい二、三発来たら終わりでしょ」


 二、三発、何が来るの!?


「でも、どこから攻めて来られるかわからないじゃないですか。痛いとこツッコまれたら、僕なんかもう、固まっちゃいそうですよ」


 うえぇ……。動けなくなるほど痛いコトなのか?


「そこは、ちゃんと傾向と対策を練っておくんだよ。こっちの弱いとこ突かれないように、上手くかわしてさ。返し方によって、ある程度こっちから誘導することもできるし」

「えっ、そんなことできるんですか!?」


 姉ちゃん、実はテクニシャンだったのか!




「……じゃあ本当に、学会とは関係なかったのですね」


 あれれ。平野くん、落ち込んじゃった?

 ショックだったんだな。ヨシヨシ。


「何が?」


 そして傷口をえぐる姉ちゃん!


「最近、先輩、帰り早いから……、その……」

「ん? 何?」

「あ、いえ、僕が思ってるわけじゃないですよ? ラボの人たちが、みんな言ってたんです。だから、僕が思ってるわけじゃないんですけど……」

「まどろっこしいな! 結論を言え」

「あっ、はい! すみません! だっ、だから先輩、カレシ出来たんじゃないかって……!」


 あれれ。なぁーんだ。

 そんなことなら、心配ご無用だぜ平野くん。だって姉ちゃんは、


「ハア? ナイナイ。……ちょっと、家のこととかいろいろあって、忙しいだけ」


 家のこと……まあ、見方によっちゃあ、あっちの世界のことは全部この家の中で起きてることになるんだよな。GPSとやらによれば。


「え、あっ……、そ、そうですか! 良かった……。あ、いや! 『良かった』って、別にその、そういうことじゃ、なくて……。いや、すみません」


 なぜか一人で勝手に焦って、百面相の平野くん。何言ってんのか、全然わかんねえぞ。


「お家のこと大変なのに、なんか、すみません。……あ! 僕で何かお手伝いできることがあれば、何でも言ってください」


 なんか必死だなあ。でも姉ちゃんは手強いぞ?

 下手なこと言ったら、墓穴掘るからな。


「平野くんって、健康?」


 ほうら来た。


「持病とかある? 健常成人男子?」


 グイグイつめ寄る姉ちゃんに、平野くんはタジタジだ。

 あー、オレにはもうわかったぞ。


 アレだな、異世界の扉の研究。その最終段階「ニンゲンをあっちの世界に連れて行って大丈夫か?」ってやつ、平野くんで実験しようってんだろ。


 一応、犬までは実験完了してて、向こうに連れて行っても安全だってわかってるけど……。だからって、人間が大丈夫という保証はないって、姉ちゃん自身が言ってた。


 あっちから連れてくるのは、スライムの時点でアウトだったわけだしな。


 でもそんなこと知らない健常成人男子は、頬を薔薇色に染めて家路につくのだった。




○○○平野くんのメモ帳○○○


『オーラル・プレゼンテーション(口頭発表)』

 発表者が前に出て、スライド(パワーポイント)を用いて研究内容を説明する発表形式です。

 持ち時間は学会によって異なりますが、10分程度の発表のあと、5分程度の質疑応答が行われます。膨大な研究データを10分以内に収めるのが大変です。


 一般的な学会発表は、この「口頭発表オーラル」か「ポスター発表」で行われます。

 ポスターなら先輩がそばで見守ったり助け舟を出したりできますが、オーラルは大勢の聴衆の前に立って一人で発表するので(しかも海外なら英語で)、学会初心者には嫌厭されがちです。



  

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