白き魔女とクロノクラッシュ・クライシス

上田 直巳

0.イントロダクション ~Introduction~

白き魔女の館・1


 深い深い森の奥、荒ぶる魔物たちに守られて、人々の滅多に近寄らないその場所に、ひっそりとたたずむ屋敷があった。


「やっと見つけたぞ。あれが、魔女の館に違いない」


 そこへたどり着いたのは五人の冒険者たち。


「本当に来ちゃった。ここに伝説の魔女がいるのかな」

「しかし、どうも妙じゃな。ここへ来るまでも、うわさに聞いていたよりずっと魔物が少なかった。これは、魔女の罠ではあるまいか」

「僕たちは、魔女におびき出されたと……?」


 気づいたときにはもう遅い。突如、正面の扉が開いた。


「おや、久しぶりのお客さんだねえ」


 漆黒の髪に、真っ白な衣をまとったその姿、話に聞いた「深淵なる森の魔女」その人に違いない。


 そしてうわさが正しければ、その真の正体こそ、伝説の「白き魔女」だという。


「それも、人間とは珍しい。……ゆっくりしていきなよ」


 魔女の黒い瞳が、ギラリと怪しく光った。



  ×



 五人の男たちを中へ通すと、魔女は早速、意地の悪い質問をぶつけてきた。


「この中で一番強いのは誰だい?」


 その問いに一歩前へ踏み出たのは、屈強な戦士アクスだ。

 彼はこのパーティのリーダーでもある。ここは自分に任せろと、広い背中が語っていた。


(さあ、どっからでもかかってこい……!)


 戦いは初手が肝心だ。戦士は全神経を尖らせて、魔女の攻撃に備えた。

 だが魔女が与えた試練は、思いもよらないものだった。


「それじゃ、好きなものから飲んでもらおうか」


 気づけば目の前には、四つの杯が並べられている。見た目は全く同じ、シンプルながら美しい銀の杯。いずれも底に溜まる程度の少量の液体が入っていた。

 力ではなく、運を試そうというのか。


 自分たちはすでに相手のテリトリーに足を踏み入れている。ここは魔女の望み通り、この悪魔のゲームにつき合うしかないだろう。


(くっ……。正解は、どれだ!?)


 どれほど注意深く観察しても、四つの杯に違いは見られない。顔を近づけてみれば、えも言われぬ芳香が立ち上ってくる。魅惑的な香りは、魔女の巧妙な罠か。


「ふぅん。匂いを嗅いでいる時間は、左端のが一番長いみたいだね。香りはそれがお気に召したか」


 見破られたか!? アクスの内心に焦りが生じた。己の考えを読まれるのは、戦士として致命的だ。


 たしかに、左端の杯が気になる。

 霧立ち込める早朝の森林のような神秘的な香りの先には、柑橘系を思わせる爽やかな香り。さらには甘やかな香りまでが複雑に折り重なって、もっと吸い込んでみたくなる。


 だが、これは魔女の誘導かもしれない。


 ならば、他の三つのどれかが正解か?

 四つの杯は見た目こそ変わらないが、香りは少しずつ違っている。これが正解を導く鍵なのだろうか。


 そもそも、間違ったらどうなるのだろう。即死か? いや、魔女の呪いにかけられて……森から出られなくなるか、手下にされるか、それとも……?


 ここで自分が倒れたら、信じてついて来てくれた仲間たちの命も絶望的だ。

 アーチャーは熟練の弓使い、頼りにはなるが、すでに老境に差し掛かっている。

 少年メイジはまだ見習いの魔術師。その師匠ケイオウは大魔術師と呼ばれる男だが、実力のほどは未知数だ。

 吟遊詩人ぎんゆうしじんリュートに至っては、もはや戦力ですらない。


 実際このパーティの戦力は、ほとんどアクス一人で成り立っていた。ここまでたどり着けたのだってぶっちゃけ、先にアーチャーが指摘したとおり、魔物の出現が思いのほか少なかったからだ。

 それも今となっては、幸運なのか、不運なのか……。


「おい、あんまりグズグズしてると、姉ちゃん機嫌が悪くなるぞ?」


 思考を遮ったのは、いつの間にか魔女の隣に立っていた若い男だった。銀の長髪に紫の瞳。スラリとした長身を黒いローブに包んだいでたちは、魔女と対照的だ。


「おまえは……? 白き魔女には、弟子がいたのか」

「弟子じゃなくて、だ!」


 吠えるように言い返してきたところを、魔女がたしなめる。


「クロ、あんたは大人しくしてなさい。あんまりプレッシャーかけると、バイアスがかかってしまう」


(……『バイアス』? はて、聞いたことのない魔法だな。それにかかると、いったいどうなってしまうのだろう)


 大魔術師ケイオウなら知っているだろうかと、そっと伺い見ると、あちらも難しい顔で黙り込んでいる。よほど高度な魔法か、それともヤツにも初耳なのか。

 ひょっとすると、白き魔女にしか使えないユニーク魔法なのかもしれない。


 いや、ゆっくり考えているヒマはない。『クロ』と呼ばれた魔女の弟子が親切にも忠告してくれたとおり、ここで魔女の機嫌を損ねてしまっては元も子もないのだ。

 ままよ、考えてわかるものでもあるまい。アクスは手近にあった杯を飲み干した。


「ほぅ、それから行ったか」


 魔女がニヤリと笑みを浮かべた。

 同時に、仲間たちの顔は恐怖に引きつる。


「アクスさん、その杯……!」



 

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