とある男の心情風景

蛙飛び込む古池や

お前、よく居るな

「よお、どうしたんだ?」


 机に頬杖を付きながら目の前の男がそう言った。


「久しぶりだな」

「そう気は落とすもんじゃないぜ?」


ここには何度か来ている。

ここは自分だけの秘密の場所。誰も来れない秘密の場所。

この場所を自分だけの居場所にしていた。


「今日は殺風景だな。現代らしく外の景色でも映したらどうだ?」


「悪いが今日はそんな気分じゃねえんだ」


「知ってるよ。殺風景の時点で俺が気付かねえわけねえだろうが」


「性格悪いな」


「お前だろ」


そう言って笑いあう。


「で?なんでこっちに来たんだ?最近は安定してたじゃねえか」


「居させてくれ」

声を震わせながらそう言う。男は何も言わない。


「すまん、今日は何も聞かないでくれ。居てくれればそれでいい、それでいいから……」

悔しくて机に突っ伏してしまう。卑下は駄目だ。そう思考を巡らせるが流れ出した涙が止まらない。


「……麦茶でいいか?帰ってくるまでには止めとけよ。色々聞くからさ」


自責の念が止まらない。なぜ… なんで… どうして… 俺なんかが…

だんだんと粒が大きくなってくる。大きくなると自責が薄れてゆく。

自分にとって大泣きすることが気持ちの切り替えになっている。

良くないくせになっているが、もう止めることはできない。

鼻水、目ヤニ、机にでた水分。それを全て拭く。

これで切り替えが完了する。話す準備ができた。


「そろそろだ。さあ、話してくれ」


二人分の麦茶が机に置かれる。

「……ああ、今日も駄目だった。職を辞めて半年、もう半年経った。このまま腐り、頭がおかしくなっている。もう、ボロボロだよ……」


「ああ、そんなことが言えるなら腐ってんな。甘えてんだよ。自分に」


言葉が突き刺さる。だが甘い痛さだ。霜焼けのように。我慢できる痛さ、それが自分にとって甘さにしかならない。


「……ハァ、お前は甘すぎる。前の職場でもそうだった。何かあれば自分の世界に籠もる。問題を解決しようと誰かと話そうとしない。人は人と話してこそ解決に進むんだよ!お前のエゴで周りを巻き込むんじゃねえ!」


「それは重々知っている!俺は一人にならないと本音が言えないんだ!それが親でも!信頼してる人でもだ!」

「こうやって自分だけの世界を作らないと吐露す場所がねえ!俺の気持ちだって膨張率があるんだよ!!」


「その膨張を現実に向けて膨らまそうとは思わねえのか!!!」


ああ、やっぱり勝てない。突き刺さる。勝てない。だがその勝てなさが自分の反骨精神を育ててくれる。この優しさを殺そうとしている自分が憎い。


「お前、よくここに居るよな。お前はここに居てはいけないんだよ。何故それが分からない!」

「お前は精神世界に入り込みすぎている!ここから去ね!去んでくれ……」


「……ああ、ありがとう。おかげで決心がついた。腹割って話をしようと思う。また来ることがあればその時はよろしく頼む」


「勝手にしろッ!!!……潰れるんじゃねえぞ」


背を向けたまま男はそう言った。物悲しそうな背中をしながら。

「ああ。今度は潰れない。ここに誓って」


空間に光が差し込んでくる。照明の明るさではない。優しい、時に厳しい太陽の光だ。

自分はそこに向かって進んでゆく。晴れ晴れとした顔をしながら……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある男の心情風景 蛙飛び込む古池や @ryouseirui26

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ