第233話 感傷


第054日―2



「こちらからは、カケルやハーミル、あと、勇者ナイアやノルン等を加えた大人数の調査団の派遣を申し入れるのじゃ」

「ヒエロンめは、受け入れるでしょうか?」

「受け入れれば良し。受け入れなければ、勝手に“調査”するまでよ」


皇帝ガイウスはそこで一度、側近との会話を打ち切り、僕の方に顔を向けてきた。


「ところでカケルよ。ここから翡翠の谷へは転移出来るのだな?」

「可能、とは思います」


翡翠の谷の情景は覚えている。

多分、転移門を開くにしても、直接転移するにしても、何か霊力に対する対策さえされていなければ、可能なはずだ。


皇帝ガイウスは満足げにうなずいた後、側近達に指示を出した。


「では早速、ヤーウェンに軍使を送れ」



ヒエロンが第三の勇者である事を他の仲間達にはしばらく伏せるよう頼まれた後、僕は皇帝ガイウスの元を辞した。

そしてそのまま自分に割り当てられている幕舎へと向かった。

幕舎では、数日ぶりに戻って来た僕を、ハーミルやシャナ、そしてクレア様や彼女の侍女達が、笑顔で出迎えてくれた。


「カケル、おかえり~」

「ただいま」


皆と挨拶を交わす中、僕はそこにあるべき仲間の姿が一人、欠けている事に気が付き、ハーミルにたずねてみた。


「あれ? ジュノは?」

「ああ、あの子最近、付き合い悪くてね。いつも自分の区画に引きこもっているのよ」

「そうなんだ……」


体調でも崩しているのであろうか?


ジュノの事が気になりはしたけれど、とりあえずは先に、翡翠の谷への調査団派遣の話をハーミル達に伝える事にした。


「そうそう、ハーミル。ちょっと話、良いかな?」

「え? なに? あっ! もしかして……?」


何故かハーミルの顔がみるみる内に真っ赤になっていく。


「えっ?」


ハーミルの予期せぬ反応に戸惑っていると、シャナが近付いてきて、そっとささやいてきた。


「ハーミルはあなたと恋人同士になる事が出来て、照れているだけ」

「えっ?」


恋人同士って……そういや、恋人同士のフリをするって話があったけど。


ハーミルの勘違いを正そうと、慌てて声を掛けた。


「ハーミル。今話があるっていったのは、“そっち”の話じゃ無くて……」


翡翠の谷についてなんだけど。


言葉の途中で、僕達の話に耳を傾けていたらしいキラさんが口を挟んできた。


「カケル様、ハーミル様、お二人のそのお話、キラも同席させて頂いて宜しいでしょうか?」

「えっ?」


いや、翡翠の谷の調査、多分、キラさんは全く関係ないと思うんだけど。


戸惑っていると、クレア様がキラさんをたしなめた。


「キラ! お二人だけの大事なお話に、部外者が口を挟んではいけません」


大事というか、そもそも別に僕とハーミル“だけ”の話ってわけじゃないんだけど。


「ですが姫様。姫様は部外者では御座いません。それよりもカケル様が姫様以外の女性と二人っきりで、何か重大なお話をなさる方が問題……」


うん。

これ、このままいくと何かとんでもない明後日あさって方向に話が飛び去って行く、いつものパターンだ。


そう判断した僕は、キラさんの言葉が終わるのを待たずに声を上げた。


「え~と、ちょっと、ハーミルとシャナの“二人に話”があるので、クレア様! キラさん! また後で!」


キラさんがまた、何か声を上げていたけれど、僕は構わず二人の背中を押すようにして、自分の区画へと逃げ込んだ。



区画の仕切りの扉を閉め、一息ついていると、まだ耳まで真っ赤なままのハーミルが、おずおずといった雰囲気で口を開いた。


「カ、カケル、その……あの……」


どうやらまだ、勘違いは継続中のようだ。


「ハーミル。翡翠の谷の話だよ」

「へっ?」


ハーミルがキョトンとした顔になった。

僕はそのまま、皇帝ガイウスが計画している調査団派遣について、ハーミルとシャナに説明した。

ハーミルがやや困惑したような顔になった。


「ヒエロンはその話、受けるかしら?」

「受けなかったら、陛下は僕に、直接翡翠の谷への転移門を開けっておっしゃると思う」


シャナが僕に問い掛けてきた。


「翡翠の谷とは?」

「そうか、シャナには今の話だけじゃ分からないよね」


僕は改めて、翡翠の谷についてシャナに説明した。

そして同時に、ナイアを氷山内部の謎の城塞から救出した話から魔王城での顛末を含めて、昨日僕が体験した出来事を二人に語って聞かせた。

ヒエロンについては少し迷ったものの、彼自身が語った“聖眼――全てを見通す目”に関する事項も含めて、正直に伝える事にした。

ハーミルは僕の話、特に魔王城での顛末を聞いて、衝撃を受けた様子であった。


「カケル……どういう事?」

「どういう事って?」

「だ・か・ら、どうして毎度毎度、私の知らない所で勝手な事ばかりするの?」

「いや、だって、ハーミルはもうこっちに帰っちゃった後だったし、メイもいたから……」

「いつもいつも心配ばかりかけて……私がその度に、どんな思いをしているか……」


ハーミルの瞳に、みるみる涙が溜まっていく。


「ハ、ハーミル!?」


慌てる僕の横で、シャナがボソッとつぶやいた。


「これは明らかにカケルが悪い」

「シャナまで?」

「ハーミルの気持ちを、ちゃんと考えてあげないといけない」


そしてシャナは、ずいっと僕に顔を近付けてきた。


「ハーミルにとってあなたは特別。例え形だけでも、あなたと恋人同士になれて、彼女がどんなに喜んでいたか……」


しかし言い終える前に、ハーミルがシャナの言葉をさえぎった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


シャナがハーミルに顔を向けた。


「違うの?」

「違う違わないじゃ無くて、今、その話はあんまり関係ないというか、何というか……」


シャナはハーミルの反応に、少し戸惑った表情を浮かべた。


「カケルはあなたにとって、特別な存在ではない?」

「だ、だから、今はそういう話じゃ無くて、カケルが勝手に魔王城まで乗り込んだのが問題というか……」

「カケルがあなたにとって特別な存在だからこそ、カケルに万一の事があったらと考えると、心が千々ちぢに乱れる。違う?」

「違う? いや違わないけど……今はそういう話じゃ無くて……あれ?」


シャナの言葉にすっかりペースを乱されたらしいハーミルは、少し首を傾げた後、僕に向き直って来た。


「とにかく! 毎度の事だけど、今後、そういう事する時は転移でも何でもしてきて、ちゃんと私に相談する事! いい?」

「分かったよ。ごめんね。いつも心配ばっかりかけて」


相変わらずの保護者的発言に心の中で苦笑しながらも、僕はハーミルに、素直に頭を下げた。




話がなんとなく落ち着いた所で、シャナが口を開いた。


「翡翠の谷の封印を解くというタリスマン、今持っている?」

「持っているよ」

「持っているわ」


僕とハーミルは、お互いが持つ半分ずつのタリスマンの破片をシャナに見せた。

二つの破片は立体パズルのように正確に組み合わせて、一つの丸いタリスマンにする事が出来た。

その表面には、真ん中の紋章を縁取るように、何かの文様のような物が刻み込まれている。

シャナはそのタリスマンを指でなぞりながら、僕にだけ囁きを送ってきた。


『救世主。ここに刻まれているのは、この世界から見て数千年前の、あの世界で使用されていた神聖文字』

『そうなの? もしかして読める?』

『願わくば、救世主がこれを手にせんことを、と書いてある』

『救世主って、もしかして……?』

『翡翠の谷が伝承通り、獣人族のゼラムと関わりがあるのなら、救世主はあなたで間違いない』


僕の心の中に、懐かしさが込み上げてきた。

あれからゼラムさんやセリエは、幸せに暮らせたのであろうか?


束の間、感傷に浸っていると、僕達の“会話”が聞こえていないハーミルが、シャナに問い掛けた。


「どうしたの? 何か気になる事でも?」


恐らくハーミの目には、シャナがタリスマンを指でなぞりながらじっと考え込んでいる、という風に映ったのだろう。


シャナはハーミルに笑顔を向けた。


「何でもない。これは返す」


シャナは、僕とハーミルにそれぞれタリスマンの破片を返しながら、改めてヒエロンの事を話題にした。


「勇者としてのヒエロンが持つ力、もう少し詳しく聞きたい」

「う~ん、実は、詳しい事は僕にもよく分らないんだ。本人が口にしていた通りなら、これから起こる事を見通せるって事のようだけど」


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