第232話 遺跡


第054日―1



ナイアが皇帝ガイウスの軍営へと去っていった翌朝……


朝食を済ませた僕が、メイと共に部屋でくつろいでいると、家政婦のマーサさんが呼びに来た。


「カケル様。皇帝陛下のお使者の方が見えてらっしゃいます」

「陛下の?」


まあ昨晩、ナイアが皇帝ガイウスに謁見して事の顛末を報告したとしたら、当然ながら僕にも呼び出しが掛かるのは予想出来た事のわけで。


僕はメイに部屋で待つよう伝えてから、マーサさんの案内で使者が待っているという応接室へと急ぐことにした。



皇帝ガイウスの使者としてやってきたのは、以前にも会ったことのあるドミンゴさんであった。

彼は部屋に入って来た僕に気付くと、人懐っこそうな笑顔を浮かべて立ち上がった。

ただし笑顔の下の、その眼光の鋭さは、これまた以前同様、全然隠せて――まあ、本人が“隠そうとしている”かどうかまでは、僕には分からないけれど――いない。


「カケル殿。御無沙汰しております。休暇中の急な訪問、ご容赦頂きたい」

「こちらこそ、お久し振りです、ドミンゴさん。今日はどうされましたか?」

「カケル殿も御承知の通り、ナイア殿が昨夜、陛下の軍営に参られたのですが、陛下は魔王城での経緯を、カケル殿からもお聞きしたいとおおせなのです。それとヤーウェンの方にも別な動きが見られるので、カケル殿には申し訳ないのですが、一度、軍営にお戻り頂けないでしょうか?」


ナイア関連の話は予測がついていたけれど、ヤーウェンの動きとは何であろうか?


少しの間首を捻ったけれど、当然ながら何も思い当らない。

まあ、実際に皇帝ガイウスに会えば、色々教えてもらえるだろう。


「分かりました。準備しますので、お待ち頂いても宜しいでしょうか?」

「それでは、こちらでお待ちしております」


応接室を退出した僕は、すぐに部屋に戻った。

部屋では、メイが手持無沙汰な感じで、ベッドの縁に腰かけていた。


「話って何だったの?」

「実はちょっと、陛下の軍営に戻らないといけなくなってね……」


僕は手短に、ドミンゴさんの来意を説明した。

話を聞き終えたメイが、目に見えて落ち込んだ雰囲気になった。


「休暇、終わりなの?」

「どうだろう? 一旦戻るようにって話し方だったから、用事がすんだら、また帰って来られるかも?」

「そっか……」

「ごめんね」

「ううん、いいの。でも、出来るだけ早く帰って来てね。カケルがいないと私……」


上目遣いで見上げて来るメイの様子に、少しドキっとしてしまった僕は、わざと平静さを装って言葉を返した。


「用事が終わったら、休暇の続きを陛下にお願いするからさ。帰ってきたら、また色々出かけよう」



急いで出掛ける準備を済ませた僕は、メイに別れを告げ、部屋を出た。



1時間後、僕はドミンゴさんに伴われて、転移の魔法陣経由で皇帝ガイウスの軍営へと戻って来た。

そしてその足で、皇帝ガイウスの幕舎に向かった。

幕舎では、皇帝ガイウス以下、この遠征軍の幹部達が僕の帰着を待っていた。


「カケルよ、休暇中、急に呼び立ててすまぬな」


皇帝ガイウスが、にこやかな笑顔を浮かべたまま言葉を続けた。


「勇者ナイアからも一応、あらましは聞いたのじゃが……」


皇帝ガイウスは、魔王城での経緯を説明するよう、促してきた。

僕はあらかじめ、ナイアと打ち合わせていた通りの説明を行った。

話を聞き終えた皇帝ガイウスが、僕に言葉を掛けてきた。


「勇者ナイアを救ってくれた事、予からも、改めて礼を申すぞ」

「とんでもございません。偶然が重なって運良く助けることが出来た、というのが本当の所です」

「まあついでに、魔王エンリルとヒエロンも、そなたが倒してくれていたら、話は早かったのじゃがな」


僕は掛けられたその言葉にハッとして、顔を上げた。

口調は冗談めかしてはいたけれど、皇帝ガイウスの目は笑ってはいなかった。

僕は再び顔を伏せた。


「申し訳ございません。若輩の身ゆえ、魔王エンリルとヒエロンに、今一歩及びませんでした」


束の間の沈黙の後、皇帝ガイウスが話題を変えてきた。


「時にカケルよ。そなたの探索能力、地下はどれ位まで届く?」

「そうですね。場所にもよるとは思いますが……」


どう返事をしようか考えていると、先に皇帝ガイウスが口を開いた。


「実は、探ってもらいたいのは、ヤーウェンの地下じゃ」

「ヤーウェンの地下? ですか?」

「昨夜、知らせが入ってな。ヤーウェンの地下で、神話の時代に遡る可能性のある遺跡が発見されたそうじゃ」

「えっ?」


もしかして……?


僕は心の中に浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「翡翠の谷……の事でしょうか?」


皇帝ガイウスが意外そうな顔になった。


「ん? そなたは、知っておったのか?」

「知っていると言いますか……」


僕は以前、捕虜送還の際に、ヒエロンから翡翠の谷の封印を一緒に解こう、と誘われた第126話事を説明した。

話を聞き終えたガイウスの表情が、一段と険しくなった。


「ヒエロンめが、そんな話を?」


もしかして、すぐに報告しなかった事が問題視されている?

僕は頭を下げた。


「申し訳ございません。もっと早くにご報告するべきでした」


しかし皇帝ガイウスは、意外に優しげな口調で言葉を返してきた。


「仕方あるまい。そなたはヒエロンからその話を聞いた直後、禁呪に連れ去られてしまったしな。ハーミルの方も、恋人のそなたが連れ去られて動転しておった。となれば、報告が遅れた事を責めるのも酷というもの」

「そうおっしゃって頂けますと……」


言いかけて、僕は思わず口ごもった。


今、皇帝ガイウスは、ハーミルを僕の恋人扱いしなかったか?


「えっと……ハーミルが、僕の恋人と申されましたか?」


口にしてから、ノルン様とそういう打ち合わせ第219話をしていた事を思い出した。


「ん? 違うのか?」


皇帝ガイウスが、不思議そうな雰囲気で、チラリとノルン様の方に視線を向けた。

僕は慌てて言葉を返した。


「違わなくは……ないです」

「もしかして、上手くはいっておらぬのか? まあ、予の見る所、そなたはのんびりとした性格の女性と相性良さそうではあるがな」


おどけた感じのその言葉に、僕は彼が、僕とクレア様との結婚話を進めようとしていた事を思い出し、今更ながら、居心地の悪さを感じてしまった。

そんな僕の心の動きを知る由も無いであろう皇帝ガイウスは、改めてその場に居並ぶ側近や遠征軍の幹部達に視線を向けた。


「話が脱線してしまったな。それより皆の物、今のカケルの話、どう思う?」


側近達が、次々と声を上げた。


「昨夜もたらされた情報によれば、ヒエロンは、あくまでも単独で翡翠の谷の封印を解こうとしているかのようでしたが……」

「しかし今のカケル殿の話を合わせると、翡翠の谷の封印を解くには、カケル殿とハーミル殿が持つタリスマンが不可欠のはず」


彼等の言葉を受けて、皇帝ガイウスが再び僕に問い掛けてきた。


「あれからヒエロンめに、再び翡翠の谷の封印を一緒に解こうとは、誘われてはいないのだな?」


僕はうなずいた。


「ヒエロンさんから翡翠の谷の話が出たのは、あの時の一回だけです」

「封印を解くカギになるというタリスマンは?」

「タリスマンはここに……」


言葉を返しながら、僕は懐から、僕の持つタリスマンの破片――ハーミルの持つ分と合わせると、丸い完成品をかたどるはず――を取り出した。


皇帝ガイウスは僕からそのタリスマンを受け取り、しばらく眺めまわした後、僕に返してくれた。


「するとヒエロンはこの後、カケルとハーミルに再び封印解除の誘いを掛けてくる可能性がある、という事じゃな」


側近の一人が、皇帝ガイウスに言葉を返した。


「それとも、お二人の持つタリスマンをかする何らかの方策を講じている最中かもしれませんぞ」


その後も、数人の側近達がそれぞれの意見を述べ合った。

皇帝ガイウスはしばらくの間、皆の話に耳を傾けた後、断を下した。


「では、ヤーウェンには、翡翠の谷の合同調査を申し入れよう」


側近の一人が、驚いたような声を上げた。


「合同調査、でございますか?」

「そうじゃ。こちらからは、カケルやハーミル、あと、勇者ナイアやノルン等を加えた大人数の調査団の派遣を申し入れるのじゃ」

「ヒエロンめは、受け入れるでしょうか?」

「受け入れれば良し。受け入れなければ、勝手に“調査”するまでよ」


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