第219話 慰労
第052日―2
「実はな……」
そう前置きしてから話し始めたノルン様によると、皇帝ガイウスは、帝国と僕との強固な結び付きを内外に示すため、クレア様を皇帝陛下の養女――クレア様のお母さんは皇帝ガイウスの
いきなり降って湧いたようなその話に、少しばかり当惑している僕の隣で、一緒に話を聞いていたメイが動揺したような声を上げた。
「カケルが、結婚しちゃう……」
「メ、メイ?」
見ると、彼女の両の瞳は
そんなメイに、ノルン様が優しい口調で語り掛けた。
「安心せよ。カケルは結婚しない」
「だって今、クレアと結婚するって……」
「そういう話があるだけだ」
そう話すとノルン様は、僕の方に向き直った。
「カケル。そなたはクレアと結婚するつもりは、まだ無いのだろう?」
僕は即座に
「結婚するも何も、クレア様とは元々、そういう関係では……」
僕の言葉を聞いたメイの顔が、一気に明るくなった。
「カケル、ホント?」
「ホントホント。だって、クレア様ってコイトスの王女様だよ? 僕なんかと結婚って話自体が、おかしいというか何というか」
メイが少し落ち着くのを待って、改めてノルン様が切り出した。
「ともかく、父上は計画を進めたがっている。延期ないし中止させるには、カケルに、既にクレア以外の想い人がいる事にするのが一番確実だ」
「想い人、ですか?」
脳裏に浮かぶのは、当然『
しかし彼女について説明する事は、すなわち、元女神、つまり『
当然ながらこんな形で、『
ちなみにメイは、『
僕との関係性については、単に
メイに“ちゃんと”説明しなかった理由?
それはまあ……自分の恋愛事情を親しい女の子にぺらぺら喋るのは、こっ恥ずかしいというか……
だってそれって、単に
それって、聞かされている側は“ハイハイ、ご馳走様”なわけで……
そんな事を考えていると、ノルン様が
「カケル。もしかしてそなた、誰か想い人が……」
「え?」
ノルン様、そして何故かメイが物凄く食い入るような視線を向けてきている。
僕は“当然ながら”、首をぶんぶん横に振った。
ノルン様がホッとしたような感じで言葉を続けた。
「つまり特定の想い人はいない、という事だな?」
ここは思いっ切り首を縦に振った。
「そこで相談なのだが……」
ノルン様は一呼吸置く素振りを見せて、意外な提案を持ち掛けてきた。
「ここは一つ、ハーミルと恋人同士というのはどうだ?」
「「ええっ!?」」
……思わずメイとハモってしまった。
そしてノルン様の言葉を聞いたメイが、再び涙目になった。
「酷い……ノルンの事、せっかく本当の姉さんだって、思えてきていたのに……」
今度は、ノルン様が慌てたような感じになった。
「待て、メイ。方便だ。カケルとハーミルとで恋人同士のフリをする、という事だ。ハーミルなれば、父上もよく知っておるし、話も通しやすかろう、と。ただそれだけの話だ」
なるほど。
確かにそういう
しかしメイは
「……どうせ、私は日陰者。ノルンもやっぱり、幼馴染の味方だったのね……」
「違うぞ! メイ、そなたは日陰者などではないし、私はいつでもそなたの味方だ」
そこで言葉を切ったノルン様は、やおら僕に向き直った。
「カケル! この際、メイと恋人同士と言う事でどうであろう?」
「えっ?」
それだと、話の趣旨が大分違ってしまうのでは?
なにより、メイを“僕の彼女です~”なんて、皇帝ガイウスの前に連れて行くわけにはいかないし。
なんて事を考えている目の前で、メイがノルン様の胸元に飛び込んだ。
「お姉ちゃん!」
「メイ!」
二人は感極まったかの如く、がっしり抱き合い、姉妹の絆を確かめ合っている。
……
うん。
これ、しばらくかかる奴だな。
というわけで、約10分後、ようやく落ち着きを取り戻したらしいノルン様が、“計画”について改めて説明してくれた。
「……で、話を戻すとだな。私は今日、カケルを帝城に招き、慰労の
ノルン様の話に、僕とメイは
さらに少し打ち合わせをした後、ノルン様は帝城へと戻って行った。
昼前、僕は迎えの馬車に乗って、帝城を訪れた。
久し振りの帝城訪問。
帝城最奥の祭壇調査のため転移門を開いた時と異なり、やはり正門からこうして訪問すると、違った緊張感がある。
馬車から降りると、ノルン様が直々出迎えてくれた。
作法通りの挨拶を交わした後、僕はそのまま、宴の席へと案内された。
ノルン様、そして彼女の侍従長だという人物、他に留守居を預かる高官達や、ノルン様のお兄さんで皇太子でもある
皆和やかに歓談しながら食事が進む中、ノルン様が“打合せ通り”僕に声を掛けてきた。
「それにしても、カケルの働きは
冗談めかしたその問い掛けに、僕はあらかじめ用意しておいた言葉を返した。
「私のような若輩者よりも魅力的な方々は、他にたくさんいらっしゃいます。それに、私には既に……」
「ほう、我等が英雄殿には、もう特定の想い人がいると見える」
「はい。彼女は今回の従軍の前から、私の支えとなり続けてくれました。彼女に命を救われた事も、一度や二度ではありません」
これは、僕の素直な気持ちでもあった。
マルドゥクの襲撃、魔王エンリルの
ハーミルはいつだって自らの危険を
恋愛感情の有無を抜きにしても、彼女は僕にとって、かけがえのない存在である事は確かだ。
一方、ノルンは周囲の人々の反応を
「そうか。カケルにそこまで想われるとは、その者は果報者だな」
これで間接的に、カケルにはクレアでは無い想い人――何度もカケルの命を救った人物――がいる、と印象付けられたはず。
あとから父が出席者達に話を聞いたとしても、彼等は今日の事を証言してくれるであろう。
2時間後、僕は帝城を辞して、ハーミルの家に戻って来た。
玄関を開けると、僕の帰還を
「おかえり、カケル」
「ただいま、
僕はキースさんに、今日の
メイの部屋の中、並んでベッドの端に腰かけてから、僕はノルン様とのやりとりについて、メイに語って聞かせた。
「あとは、ノルン様が色々して下さると思うし、僕の結婚話もこれで終わりだと思うよ」
話を聞き終えたメイは、しかし少し複雑な表情になった。
「でも、これでしばらくは、ハーミルがカケルの彼女って事になるんでしょ?」
「ノルン様も
「お礼? どうして?」
「多分、僕がまだ誰とも結婚する気が無いのを察したノルン様が、ハーミルに頼んでくれたんだと思うんだよね。恋人同士のフリするように。ハーミル、迷惑がってないと良いんだけど……」
メイは大きく目を見開いた後、噴き出した。
「えっ? えっ?」
ここって、笑う所……じゃないよね?
戸惑っていると、ようやく落ち着いたらしいメイが言葉を返してきた。
「ごめんね。ちょっと思い出し笑いしちゃっただけだから」
―――これならハーミルとの恋人“ごっこ”が、“本物”になってしまう可能性は無さそう……
「ねえ、それより、この後は予定無いんでしょ? どこかにまた、一緒に遊びに行きたいな」
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