第218話 敬愛
主人公のあずかり知らない所で、話が勝手に進んで……
――◇―――◇―――◇――
第051日―8
「例えば、だが……その想い人に、他に好きな女性がいると分かればどうする?」
ノルンが何気ない感じで口にしたその言葉に場が緊張する中、クレアの侍女、キラがいち早く反応した。
「ノルン様! カケル様にはそのような女性……」
「キラ!」
クレアが慌てた感じでキラをたしなめた。
とりあえず知りたい情報――クレアがカケルに対して抱いている感情――を知る事は出来た。
この辺が切り上げ時かもしれない。
そう考えたノルンは、クレアとキラに笑顔を向けた。
「少し興味本位で聞いてみただけだ。気にしないでくれ。どれ、そろそろ私は戻るとしよう」
そう口にしながら腰を浮かせかけたところで、クレアが静かに語り出した。
「もし、そのお方が他に好きな方がいらっしゃれば、待つと思います」
「待つ? もしかしてその想い人が、そなたに振り向いてくれるまで待つ、と言う意味か?」
「違います。あ、もちろん、振り向いて下さったら嬉しいですが、そのお方が他に好きな方がいらっしゃれば、その邪魔をしたいとは思いません」
「ならば、何を待つのだ?」
「私の、そのお方に対する想いが消えるまで、ただひたすら待つと思います」
カケルとクレアの婚儀の話は政略性の高い話。
コイトス側も、それは認識しているはず。
だからクレアもカケルに対して、そこまで強い想い入れは持っていないであろう。
ここへ来るまでは、そう考えていたノルンは、クレアの言葉に少なからず衝撃を受けた。
クレアのカケルに対する想いは、自分の想像以上に純粋で強いものであるらしい。
それを自分は、自分の都合――親友や妹の傷つく姿を見たくない――だけで、妨害しようとしている。
急に自分が小さく感じられ、その事が気恥ずかしくなったノルンはそのまま席を立った。
「今日はクレアと久し振りにゆっくり話せて楽しかった」
「いえいえ、クレアの方こそ、ノルン様とお話しできて楽しゅうございました」
クレアも立ち上がり、ノルンを見送ってくれた。
クレアから屈託の無い笑顔を向けられたノルンは、足早にその場を後にした。
――◇―――◇―――◇――
一方、メイを送り出し、ベッドに
メイが部屋を去り、一人でベッドに寝転んでいた僕は、何とはなしにシャナの事を考えていた。
自分は帝都でこうして休暇を楽しんでいるけれど、彼女はガイウスの軍営に残っている。
あっちでうまくやれているだろうか?
自分よりよほどしっかりしているとは言え、やはりここは、彼女にとっては異世界。
心細かったりするかもしれない。
便りが無いのは元気な証拠、とは言うものの、彼女の事が気になった僕は、念話を送ってみた。
『シャナ、聞こえる?』
すぐに念話が返ってきた。
『救世主。どうしたの?』
『いや、なんとなく元気かなって』
『もしかして、私の声が聞きたくなった?』
『そういうんじゃ無いんだけど……』
返しながら、僕は苦笑した。
まあ、気になって、こうして念話で呼びかけている時点で、声が聞きたくなった、と言えなくもないのだが。
『困った事とかない?』
『大丈夫。皆、良くしてくれている。救世主は休暇を楽しんでいる?』
『うん、おかげさまで。でもごめんね。シャナは留守番だし、退屈でしょ?』
『そんな事は無い。時々この世界の精霊達と語り合ったり、クレアやハーミル達と楽しく過ごしたりしている』
『それなら良かった。今度機会を見つけて、この世界、色々案内するよ』
『ありがとう』
『そうそう、帝都に戻ってから、僕の腕輪を作ってくれたお店に行ってみたんだけど……』
僕はもう一人のサツキかもしれない謎の店主に会うため、古民家を訪れた時の事ついて、シャナに説明した。
『……そんなわけで、もう一人のサツキに関しては、謎のままなんだ』
『そう……』
そのまま少し何かを考えている雰囲気が伝わってきた後、続きの念話が届けられた。
『救世主は、まだ
いきなりな質問!
少し言葉に迷った後、結局、素直な気持ちをそのまま念話で返す事にした。
『そうだね。彼女はやっぱり、僕にとっては特別な存在かな』
『そう……』
『でもどうして、突然そんな事を聞くの?』
『救世主の気持ちを再確認してみただけ』
『なんか、改めてちゃんと口にすると照れるかな』
『照れる? そうか、人間は愛に関して、照れたり、嫉妬したりする』
『シャナも好きな人出来たらそうなるよ、きっと』
『私にとっては、救世主が特別な存在。でも照れたり嫉妬したりはしない。もっとも、救世主と
『えっ?』
どういう意味だろう?
僕は、シャナが時折向けてくる親愛の情は、単に“救世主”という存在に対する憧憬、あるいは敬愛といった感情、と理解している。
しかし今の言い方だと、シャナが僕とサツキに、普通に嫉妬する事もあるような……
それって、シャナが僕の事を普通にす……あ、いや、でも、例えばある芸能人に夢中なファンなら、その時点で自分に彼氏彼女がいても、その芸能人が結婚したりすると騒いだりするし、必ずしも嫉妬の裏に、恋愛感情は必要ない……はず。
そんな事を考えていると、シャナが念話を届けてきた。
『なるほど。だから救世主は、他の女の子の気持ちに気付かない』
あれ?
もしかして、今考えていた事が、シャナに伝わってしまった?
若干の気恥ずかしさを感じつつ、一応、聞いてみた。
『それは、どういう……?』
『気にしないで。そうそう、多分明日あたり、ノルンかハーミルから、救世主に面白い話が持ち込まれるはず』
『面白い話?』
『具体的には、彼女達に聞いてからのお楽しみ』
どんな話だろう?
まあ、明日になれば分かるなら、楽しみ(?)に待つとするか。
『夜も更けてきた。救世主もそろそろゆっくり休んで』
『今夜はありがとう。シャナと久し振りにゆっくり話せて楽しかったよ』
『感謝するのは私の方。もし寂しくなったら私を呼んで。添い寝でも何でもしてあげる』
『こらこら、あんまり人をからかっちゃダメだよ』
『からかってはいないのだけど。まあいいわ。おやすみ』
『えっ? あ、おやすみ』
目を閉じると、一日思いっきり遊んだ疲れが一気に押し寄せてきた。
僕はそのまま眠りに落ちて行った……
……
第052日―1
翌朝、僕とメイが朝食を食べていると、家政婦のマーサさんが来客を告げに来た。
「ノルン様がお越しです」
急いで玄関口に向かうと、ラフな服装のノルン様が一人で立っていた。
慌てて臣礼を取る僕に、ノルン様が声を掛けてきた。
「そうかしこまらないでくれ。今日はそなたと
「話、ですか?」
昨夜のシャナとの会話が、自然に思い起こされた。
今日あたり、ノルン様かハーミルから、僕にの
「まだ食事中であろう? 応接室で待つ故、ゆっくり済ませてから来てくれ」
気さくな笑顔を浮かべたノルン様は、そのまま家政婦のマーサさんに案内されてその場を去って行った。
朝食の場に戻った僕は、メイに
「ノルン様、何か話があるって。食事が終わったら行ってみよう」
手早く朝食を終えた僕とメイは、その足で応接室へと向かった。
応接室の中、ノルン様は一人で僕達を出迎えてくれた。
「カケル、メイ、せっかくの二人の休暇を邪魔してすまない」
ノルン様に促され、彼女と並ぶようにソファに腰かけた後、僕はとりあえずたずねてみた。
「何かお話があるとか」
「ちょっと二人に、相談があるのだ」
そしてノルン様は少し声を潜めて話を続けた。
「実はな……」
そう前置きしたノルン様は、僕にとっては青天の霹靂のような内容を口にした。
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