第200話 休暇


第048日―5



「……戦時とはいえ、カケルに一時の休暇を与えては頂けないでしょうか?」

「そうじゃな……」


ノルンの提案を受けて、ガイウスは目を閉じて少し思案する雰囲気になった。

恐らく、カケルに休暇を与える――つまり、彼がこの軍営を離れる――事のメリットとデメリットを、心の中で冷徹に計算しているのだろう。

父親の性格をよく知るノルンが、若干祈るような気持ちで答えを待つ中、ガイウスが目を開いた。

彼は笑みを浮かべてこう告げてきた。


「良かろう。カケルには1週間の休暇を与えよう。ただし休暇に入る前に、コイトスへの転移門再設置だけは、お願いしたい。あと休暇中も、定期的には連絡が取れる状況にしておいてもらえるかな?」

「重ね重ねのご配慮、誠にありがとうございます」


カケルがガイウスに感謝の言葉を返すかたわら、ハーミルが口を開いた。


「陛下にお願いの儀がございます」

「ハーミル、いかがいたした?」

「カケル一人で休暇中に、また何かあれば由々ゆゆしき事態で御座います。私も護衛として彼に同行させて頂けないでしょうか?」


ガイウスが再び思案顔になった。

それを横目で見ながら、ノルンはハーミルにそっと近寄りささやいた。


「ハーミル、今回は遠慮するのだ」


ハーミルが小声で言い返してきた。


「だって、また拉致されたらどうするの?」

「カケルは帝都で一人にはならん」


ノルンはメイの存在を念頭にそう答えたけれど、どうやらハーミルもまた、メイの存在が念頭にあったようだ。


「それはそれで、凄く心配なんですけど」

「心配っておぬし……仕方ない奴だな」


ノルンは軽く嘆息してからガイウスに向き直った。


「陛下。カケルの休暇中、三日間ほどは念のため、ハーミルを護衛につけてはいかがでしょうか?」

「えっ? 三日だけ?」


ハーミルが小声で抗議してきたけれど、ノルンは聞こえないふりをした。


「そうじゃな……」


ガイウスはカケルに顔を向けた。


「カケル。最初の三日間は念のため、ハーミルを護衛として連れて行かぬか?」

「問題ありません。ハーミル、よろしくね」


ガイウスの提案に、カケルは笑顔で言葉を返した。

ハーミルは少し不満そうではあったけれど、結局、ガイウスの裁定に従う事になった。




僕はコイトスへの巨大転移門を再設置した後、自分たちに割り当てられている幕舎へと久し振り――こちらでは4日振りって事になるけれど、僕の感覚だと16日振り――に戻って来た。

入り口では、事前に知らせを受けていたらしいコイトス王国の王女クレア様が、侍女のキラさん達と一緒に、僕達の帰還を出迎えてくれた。


「カケル様。御無事で何よりで御座いました」


先程まで色々緊張しっぱなしだったけれど、クレア様の柔らかい笑顔を目にして、僕はようやくホッと一息つけた気分になった。


「クレア様もお元気そうで何よりです」


頭を下げる僕に、キラさんが近付いてきた。


「姫様はカケル様の御帰還を願って、願掛けを……」

「キラ!」


しかし言い終わる前に、クレア様が慌てた感じでキラさんの言葉をさえぎった。


「良いでは無いですか。せっかく姫様が毎日……モゴモゴ」


クレア様がキラさんの口を“物理的に”塞ぎにかかり、キラさんが身をよじって逃れようとして……


展開されるコミカルな情景に、口元が思わずほころんだ。

同時に、クレア様が願掛けする位、僕の事を心配してくれていた事を知り、感謝の気持ちでいっぱいになった僕は、改めてクレア様に頭を下げた。


「クレア様にもご心配をお掛けしまして、申し訳ありませんでした」

「カケル様。顔をお上げください。こんな所で立ち話も何ですし、どうぞ中にお入りください。もうすぐ美味しい料理も出来上がる頃合いで御座います」


僕の帰還を祝おうとしてくれているのであろう。

幕舎の中に設けられた調理場では、クレア様の侍女達が忙しそうに立ち働いていた。

僕はハーミル、ジュノ、それにシャナと共に、促されて席に着いた。


久し振りに皆で楽しむ料理は、とても美味しかった。

シャナもすぐに皆と打ち解け、先程いざこざがあったジュノとも上手く会話を交わしている様子であった。



食後、僕は自身の与えられていた区画に戻り、1週間の休暇を楽しむための準備を始めた。

今回、同じ幕舎の中で寝泊まりする仲間たちの内、“休暇”を認められたのは僕とハーミル――ただし彼女は4日後にはここへ一足先に戻ってくる予定だけど――の二人だけ。

シャナを含めて他の仲間達に申し訳ないと思いつつ、僕の心は久し振りにはずんでいた。


「メイと久し振りにゆっくり過ごせるな……アルザスの街にでも行ってみようかな」



休暇に入る準備を終えた僕とハーミルの二人は、クレア様やジュノ、それにシャナ達に見送られる形で、軍営内に設置されている転移の魔法陣へと向かった。

今夜は帝都のハーミルの家で、のんびり過ごす事になっていた。

最後に帝都を訪れたのは確か……ミーシアさんからハイエルフ達の第104話を聞いた時。

つまり僕の記憶上では、1ヶ月位前って事になるはず。


「久し振りだな~帝都……」


知らず漏れた僕の声を聞いたハーミルが、言葉を掛けてきた。


「でもカケル、シャナ連れて行かなくてよかったの?」


僕はシャナに休暇の話を伝えた際、一応、彼女の意思を確認していた。



―――救世主。私はここに残る。久し振りのこの世界。ゆっくり楽しんできて



そうささやきで返事すると、シャナは特段変わった様子も見せず、笑顔で僕達を送り出してくれた。


「多分、僕達に気を使ってくれたんだと思うよ」

「シャナって、ちょっと変わっているけれど、良い人っぽいよね」

「うん。凄く良い人だよ」


僕の返事を聞いたハーミルは、束の間じっとこちらに探るような視線を向けてきた後、おずおずと口を開いた。


「まだ……あっちの世界の事、思い出せない?」

「ごめんね。そのうち思い出せると思うから」

「あ、いいのいいの。私の方こそごめんね。変な事聞いちゃって」


僕はシャナの提案で、あちら数千年前の世界に召喚されてシャナに出会うまでの記憶を失っている、という事にしてあった。



―――この世界の人々に、魔神と化したあの女神に関する話を伝えない方が良い。



シャナと銀色のドラゴンの話を聞き、僕もその意見を尊重する事にしていた。


話している内に、軍営内に設置されている転移の魔法陣に到着した。

魔法陣を管理する魔導士と笑顔で言葉をかわした後、僕達は帝都へと転移した。



――◇―――◇―――◇――



カケルとハーミルを見送ったジュノは、自身に与えられている区画へと戻ってきていた。

彼女は一人になると、懐の中からあの黒い霊晶石を取り出した。

手の平の上、あやしいきらめきを放つ黒い霊晶石が、驚くべき事を語り掛けてきた。



―――私はお前達を創造せし者。かつてこの世界は、私が直接治める理想郷ユートピアであった。しかし反逆が行われた……



――◇―――◇―――◇――



帝都のハーミルの家に到着したのは、ちょうど夕暮れ時であった。

事前に知らせを受けていたらしい、年配の家政婦の女性が僕達を出迎えてくれた。

夕ご飯の準備中なのだろう。

美味しそうな匂いが、玄関口まで漂ってきている。


「お嬢様、お帰りなさいませ。カケル様もお疲れ様でした」


僕達は家政婦に会釈して、早速、ハーミルの父、キースのもとに向かった。



「ハーミル! それにカケル殿もよくぞ御無事で」

「お父さん、ただいま」

「この度はご心配をおかけしまして……」


しかし僕の言葉をハーミルがさえぎってきた。


「あ、そういう堅苦しいのはいいから。カケルは被害者みたいなものだしって、なんで正座しているの?」


いやそう言われても、眼光炯々けいけい、目の前に正座しているのは元帝国剣術師範かつハーミルのお父さんだし、僕は居候みたいなもんだし……


僕の心の声を知る由も無いであろうハーミルは、そのまま『始原の地』の祭壇での出来事を、キースさんに語って聞かせ始めた。



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