第199話 信念


第048日―4



銀色のドラゴンの話通りとするならば、あの戦いが後世――つまり”今“――に伝わっていないのは、僕が使用した審判の力による影響ではなく、ポポロ(そしておそらくエレシュさん達も)が一生懸命魔神復活の芽を摘み、新しい世界の建設に向けて邁進まいしんした結果、という事だったらしい。


郷愁に似た感情が込み上げる中、シャナがささやきを届けてきた。


『安心して。私はあの戦いの事を決してこの世界の人々に伝えない。救世主も協力して欲しい』

「分かったよ。元々吹聴ふいちょうして回る話でも無いしね」

『やっぱり、あなたが救世主で良かった……』


シャナがふいに身を寄せてきた。

シャナとは反対側で、僕の隣を歩いていたハーミルが、目ざとくそれに気が付いた。


「ちょ、ちょっと、シャナさん?」

「シャナでいい」

「じゃあ、シャナ」

「何? ハーミル」

「え~と……なんでカケルに、そんなにくっついているのかな~なんて……」

「ハーミルもくっつきたければ、くっつくといい」

「えっ!?」


さすがのハーミルも、シャナの独特のリズムに、いつもの調子を狂わされているらしい。

僕はシャナをやんわりと引きはがしつつ、ハーミルに声を掛けた。


「シャナって、いつもこんな感じだから。ハーミルもあんまり気にしないで」


ハーミルが顔を近付けて、小声でたずねてきた。


「カケル。まさかその子と……?」

「何の話?」

「拉致された世界で、しばらく一緒に暮らしていたんでしょ?」

「うん。そうだね」


シャナの設定上、僕は記憶を失い、シャナと湖畔の村でしばらく一緒に暮らしていた、という事になっている。

僕の返事を聞いたハーミルが、何故か涙目になった。


「もしかして、か、彼女にしちゃった……とか?」


僕は思わず噴き出した。


「違うよ、別にシャナは僕の彼女とかじゃないよ」

「ほんとに?」

「うん。シャナはハーミルやメイ達と同じ、大切な仲間だよ」


ハーミルが、僕的には表現しにくい何とも言えない表情になった。

そんな彼女に、僕達の会話が聞こえていたらしいシャナが声を掛けた。


「頑張って!」

「へっ?」


言葉の意味を図りかねたのだろう。

ハーミルが、やや間の抜けた返事をした。

シャナはそれに構わず、さらに言葉を続けた。


「もっと、はっきりと愛情表現しないと、いつまでも“大切な仲間”の……」

「ちょ、ちょ、ちょ、何言い出してんの!?」


ハーミルが大慌てで、シャナに自分の言葉をかぶせにかかった。

僕は助け舟のつもりで、言葉を挟んだ。


「シャナ、あんまりハーミルをからかっちゃだめだよ」


シャナはチラリと僕に視線を向けてきた後、ハーミルに近付き、そっとささやいた。


「ほらね? カケルはあなたの気持ちに気付い……」

「わーわーわーわー!!」

「?」


ハーミルが、何故かパニックを起こしている。

まあ、シャナの独特のリズムに慣れるのには、もう少し時間が必要という事かもしれない。



幸い、表の神殿に続くダンジョン内で、魔王エンリルやその関係者達が姿を見せることはなかった。

もちろん時々モンスターは出現したけれど、それらは全て、アレルやナイアさん達に瞬殺され、結局、僕やハーミルの出番は回ってこなかった。

十数分後、僕達はダンジョンを抜け、表の選定の神殿まで戻ってきた。


神殿奥から出てきた僕達を、ノルン様に付き従って来たと思われる兵士達、20名程が出迎えてくれた。

一斉に臣礼をとる彼等に、ノルン様がねぎらいの言葉をかけていく、

外は既に日が高く昇っているらしく、その光が神殿内へと柔らかく射し込んできていた。

光に誘われる形で神殿の外に出た僕の目を、暖かい日の光が優しく焼いた。

光に目が慣れてくると、青い初夏の空を、悠々と飛翔する銀色のドラゴンの雄姿が飛び込んできた。

気付くと、隣にアレルが立っていた。


「そういえば、カケルは知らなかったよね? 今、僕達はあの古きドラゴン銀色のドラゴンと協力して魔王城に向かおうとしているところなんだよ」


僕は数千年前の世界に召喚される直前第131話、南海の船上で、上空を舞う銀色のドラゴンが、勇者達に会いに行く、と話していたのを思い出した。


アレルと話していると、ナイアさんが近付いてきた。


「4日前かな。いきなりあのドラゴンからの念話が届いた時には心底驚いたよ」

「そうだったんですね」

「まあ、知らない仲でも無いしね。一緒に魔王城に乗り込もうかって話しているところさ」


二人の勇者に銀色のドラゴン。

彼等ならば、必ずや魔王城への道を切り開き、魔王エンリルを打倒できるだろう。


しかし……?


僕の心に、突然疑念が浮かんだ。



―――しかしそれは、本当に正しい事なのだろうか?



彼女サツキ』の語ったところによれば、勇者と魔王の戦い自体が、魔神の残した呪いの産物だ。

呪いにより、“勇者は必ず魔王に勝利”する。

そしてまた時が経てば魔王が誕生し、勇者に倒される。

もはや茶番としか表現出来ない悲劇の連鎖により、この世界は永遠に混乱し続ける。



―――もし、違う道があるのなら……



だから僕は、二人の勇者に聞いてみた。


「魔王って必ず倒さないといけない存在なのでしょうか?」

「えっ?」

「急に何言ってんだい?」


アレルとナイアさんが、ほぼ同時に当惑したような声を上げたけれど、僕は構わず問い掛けを続けた。


「いえ、魔王って倒さなかったらどうなるのかな~って」


アレルが真剣な面持ちになった。


「カケル。魔王はモンスターを操り、この世界に混沌をまき散らす存在だ。もし魔王を放置すれば、世界は闇に飲まれてしまう」


ナイアさんもまた、真剣な面持ちで告げてきた。


「歴史に残る全ての魔王は、皆一様にこの世界を征服しようとしてきた。そしてそれをかつての勇者達が、全て阻止してきた。だからこそ、今のこの平和な世界がなんとか受け継がれてきたのさ。勇者に選ばれたあたしらには、この平和な世界を次の世代に引き継ぐ責務がある」


アレルとナイアさんには、揺ぎ無き信念があるようであった。



―――揺ぎ無き信念?



しかしそれは、魔神の呪いによって与えられた“信念”なのでは?

魔神の力を奪った『彼女サツキ』ですら、魔神の呪いに引きずられ、人格を分離せざるを得なかった。


「もしも魔王と和解出来るとしたら、どうしますか?」


ナイアさんが、少々呆れ顔で言葉を返してきた。


「和解? 有り得ないね。魔王自体がこの世界と人間への強い憎しみを持つ存在。そしてあたしら勇者は、それを倒すのが使命。腹ペコの虎とウサギを、同じ場所に閉じ込めて仲良くさせようとする方が、まだ可能性があるってものさ」


呪いの産物であろうと無かろうと、アレルとナイアさんの“信念”は、二人にとってはまぎれもなく自分自身の“信念”なのだろう。

そしてそれを変えさせられるような何かを、今の僕は持ち合わせていない。


僕はただ、黙る事しか出来なかった。



午後の日差しの中、アレル達のパーティーとナイアさんは、銀色のドラゴンと共に、再び北方へと旅立って行った。

メイもイクタスさんやミーシアさん達と共に、転移の魔方陣を使用して、帝都へと戻って行った。

そして僕はノルン様、ハーミル、ジュノ、そしてシャナと共に、転移の魔方陣経由でヤーウェン攻囲中のナレタニア帝国皇帝ガイウスの軍営へ向かう事になった。


軍営に設置された転移の魔方陣では、一足先に転移して戻っていた兵士達によって知らせを受けていたらしい皇帝ガイウスが、側近たちと共に僕達を出迎えてくれた。


「カケル! よくぞ無事に戻ってくれた」


皇帝ガイウスは、僕の手を取らんばかりに喜んでいた。

沸き起こる歓声の中、皇帝ガイウス自ら、僕達を彼の幕舎へと案内してくれた。


幕舎では早速、ノルン様が選定の神殿奥、『始原の地』の祭壇での顛末てんまつを皇帝ガイウスに報告した。

その後、僕に代わってシャナが、“今までの経緯”について説明した。

全てを聞き終えた皇帝ガイウスは、僕達にねぎらいの言葉を掛けてきた。


「カケルが謎の禁呪により連れ去られてより4日。これほど早くカケルを連れ戻せたのは、望外の喜びじゃ」


4日?

僕は少し、意外な感じがした。

確か、記憶が確かであれば、僕はあの世界で2週間以上過ごしたはず。

まあ元々、時間を飛び越えて移動しているのだから、向こうで過ごしたのと同じ時間、こちらで経過してなくても可笑しくは無いのだけど。


話が一段落ついたところでノルン様が、改めて口を開いた。


「父上、二点ほど、ご提案させて頂きたい事があるのですが」

「話してみよ」

「まず、シャナ殿の事でございます。彼女は先程ご説明させて頂きました通り、元の世界へ帰るすべを失っております。彼女を帝国で保護し、カケル預かりとされてはいかがでしょうか?」

「問題ない」


皇帝ガイウスは快諾した後、僕に声を掛けてきた。


「カケル。シャナ殿の事、頼めるか?」

「はい。ご配慮、ありがとうございます」


僕はノルン様と皇帝ガイウスに頭を下げた。


「もう一点は、カケルの事でございます。此度こたびの出来事の一番の被害者は、彼である事は間違いございません。思い出せていない事も多々ある様子。戦時とはいえ、カケルに一時の休暇を与えては頂けないでしょうか?」


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