第191話 覚悟
世界は解放され……た?
16日目―――11
女神が消滅した直後、『彼女』を拘束していた三本の輪もまた消滅した。
意識を失っていた『彼女』が地面に落下するのを見た僕は、慌てて『彼女』に駆け寄った。
僕が抱き起すと同時に、『彼女』が意識を取り戻した。
「……カケル? 消滅……したのでは?」
「霊力のお陰で、なんとか復活できたよ」
「霊力のお陰って……
首を傾げかけて、『彼女』はハッとしたように顔を上げた。
「そうだ!
「ごめんね。君の神様、もういないよ」
「カケルが倒したのか?」
僕は黙って
「そうか……」
『彼女』は何かを確認するかのように、自分の手をじっと見つめた。
「霊力は……完全に失われている。
『彼女』は僕の方に顔を向け、寂しそうに笑った。
「それでは、全て終わったのだな」
僕たちの方へ、エレシュとシャナが歩み寄ってきた。
二人の姿を目にした『彼女』が、驚きの表情を浮かべた。
「精霊の娘? それに……代行者!?」
『彼女』の中では、シャナは代行者エレシュを暗殺しようとした存在であり、エレシュは女神の最も忠実な、そして文字通りの“代行者”であるはず。
恐らく最もあり得ない場所で、最もあり得ない組み合わせの二人を目にして、混乱したのだろう。
『彼女』が僕に
「どうなっているのだ?」
僕は『彼女』に答えを返す前に、エレシュの方に顔を向けた。
「エレシュさんの読み通り進んだ……って認識で良いのでしょうか?」
エレシュがわざとらしく、すっとぼけたような顔をした。
「あら? 何の話かしら」
僕は苦笑しつつ、言葉を返した。
「おかしいとは思ったんですよ。ヨーデの街で、“冥府の邪法”って
エレシュが悪戯っぽく笑った。
「ああ、あれね。カケル君、意外と察しが悪くて、中々精霊呼ばないから、私も内心ドキドキしていたのよ?」
「ジャングルに追放された獣人達を助けたシャナの
「そうよ」
「ポポロにも神器を与えて、あの特殊な“隠れ家”に
「なかなか大変だったのよ? 女神様の目を盗んで色々神器を持ち出すのって」
「シャナが、エレシュさんを暗殺云々って話も、二人で会っている所を、守護者の誰かに見られて、慌ててそういう事件をでっち上げたって所ですよね?」
「正確にはシャナじゃ無くて、同じ顔のポポロと会っているのを見られちゃったんだけどね。でも意外とカケル君って、察しが良いじゃない。さっきの発言は取り消すわ」
僕達の会話を聞いていた『彼女』が、目を白黒させた。
「えっ? あっ、えっ?」
僕は再び『彼女』の方を振り向いて苦笑した。
「つまり、みんなグルだったって事だよ」
「グルだなんて、聞こえが悪いわね」
エレシュも、僕に負けじと苦笑している。
僕は改めてエレシュにたずねてみた。
「でもエレシュさんって、代行者なんですよね? いつから、なぜ、神様を倒そうと思い始めたんですか?」
エレシュが真剣な表情になった。
「私は元々、好奇心旺盛だったの。だから、小さい頃から神都の酒場に出入りしては、外の世界の人達の話を聞くのが趣味だったわ」
僕はエレシュに初めて会った時、彼女がそう話していた事を思い出した。
「色んな話を聞いている内に、この世界の
幼い頃から優秀で、誰よりも“模範的な”市民だったエレシュは、30年前、先代の死去に伴い、新たな代行者に任命された。
そして文字通り、女神の手足となってこの世界の統治に関わるうちに、幼い頃から抱いていた疑問は確信に変わっていった。
この世界の
そう願った彼女は、遠大な計画に着手した。
エレシュは神都で新生児が誕生すると、祝いと称して、欠かさずその家を訪れた。
そして密かにその赤子を神器でチェックして、女神の力の影響を受けにくい者を探し続けた。
ついに15年前、エレシュは一人の赤子を
その赤子は生まれつき、女神の力の影響を全く受け付けない、
エレシュはその赤子を
「彼女を神都から遠く離れた地で、獣人達に養育させた時、どんな風に育つのか見てみたかった。この世界の
エレシュの“告白”を聞いたシャナが、大きく目を見開いた。
「あなたが話しているその赤子とは、ポポロの事?」
どうやら今の話は、シャナにとっても初耳だったらしい。
そんな彼女に対し、エレシュはただ、静かに
シャナがエレシュに探るような視線を向けた。
「その話……ポポロは知っているの?」
「ポポロの存在が女神の知る所となり、神都に連行されてきたポポロの育ての両親が殺された時、彼女に全てを話したわ」
エレシュはポポロに全てを話し、もしポポロがそう望むなら、自ら命を絶つ覚悟である事を告げた。
そんなエレシュに、ポポロはこう言葉を返してきた。
『代行者様が死んでも、私の両親は戻ってきません。それ程の覚悟をお持ちでしたら、必ずこの世界を変えて下さい。私も協力しますから』
二人はシャナ、そしてシャナの紹介で仲間に加わった
エレシュの知る禁呪と持ち出した神器、それに精霊達の力を組み合わせ、やがて女神が放逐される事を確信するに至った。
そして、あの日あの場所で、救世主の召喚を決行した。
「その後の事は、語る必要は無いわよね?」
エレシュは寂しそうな笑顔を見せて、話を締めくくった。
エレシュが話し終えたちょうどその時、僕達の傍の空間に、
「!?」
一瞬身構える僕の目の前で、その場所に見覚えのある“門”が出現した。
そして僕の良く知る二人が姿を現した。
「ポポロ! セリエ!」
「カケル!」
セリエは耳を嬉しそうにぴこぴこ動かしながら、僕に飛びついてきた。
隣の『彼女』の機嫌が少し悪くなる。
「む? セリエか……もしや、カケルの力で復活出来たのか?」
セリエが『彼女』に笑顔を向けた。
「はい! 守護者様もお久し振りです」
ポポロがエレシュに歩み寄った。
彼女の肩には、あの幼竜――再生した銀色のドラゴン――が羽を休めている。
「女神がこの世界を去ったので、“門”を始原の地に開ける状態になりました。だけど代行者様が、お話を始めたので、終わるのを待たせてもらっていました」
「私があなたにした事は、私が死ぬまで背負うべき罪。自戒の意味も込めて、みんなに聞いてもらったの。あなたが望むなら、私はすぐさま命を絶つと話した覚悟は、今も変わらないわ」
ポポロが軽く溜め息をついた。
「全くあなたは……まだそんな事を
言い終えると、ポポロは僕に向き直った。
そして深々と頭を下げてきた。
「救世主様、本当にありがとうございました。この世界の人々を代表して、お礼を申し上げます」
「そんな頭下げてもらえるほどカッコ良くなかったよ。君達みんなが助けてくれたから、僕はあの女神に勝つ事が出来たんだ」
それは僕の本心だった。
この世界の人々の“想いの力”が、女神を最終的に消滅させたのだ。
そんな事を考えていると、シャナがそっと身を寄せてきた。
僕の胸に手を添えた彼女は、少し顔を赤らめながら、僕を見上げてきた。
「救世主は、十分すぎるほどカッコ良かった。私は惚れ直した」
「こ、こら! 離れぬか!」
慌てた感じで僕からシャナを引きはがした『彼女』に、シャナが涼しげな顔で言葉を返した。
「守護者よ。別段、減る物でもない。少し触れあう位大目に見るべき」
「お前は! 言うに事欠いて、段々、遠慮が無くなってきているぞ?」
「嫉妬が過ぎると、救世主に嫌われるかも?」
シャナの言葉を受けて、『彼女』が不安そうな顔になった。
「そ、そうなのか、カケル?」
「え~と……」
対応に若干困った僕は、助け舟を求めるつもりで周囲に視線を向けた。
セリエは、なんだかニコニコしている。
ポポロは、微笑ましいものを見る目で、自分と同じ姿形のシャナと『彼女』の会話を見守っている。
最後に、ニヤニヤしているエレシュと目が合うと、それを待っていたかのように、エレシュが口を開いた。
「さすがは救世主様ね~。モテモテじゃない。でも、セリエに、守護者に、シャナにって、あんまり女の子手玉に取っていると、刺されるかもよ?」
エレシュの言葉に、『彼女』が敏感に反応した。
「カケル……いつの間にそんな事に!? 私はカケル一筋だというのに、カケルは違ったのだな……」
「違うから! エレシュさんが勝手に言っているだけだから!」
「私も救世主一筋だけど、私は救世主が他の誰かを好きでも気にしない。守護者も少しは、私の態度を見習うべき」
「シャナ、頼むから少し黙っていて。あと、呼び名がさっきから救世主に戻っているよ?」
「あなたが世界を救ったら、そう呼んでも良いと言っていた」
「検討するって言っただけだよね?」
『彼女』とシャナの間で振り回されていた僕は、ふと悪寒を感じた。
隣で、シャナも身を固くしている。
「シャナ……?」
「救世主、気を付けて!」
突如、始原の地の中央、先程女神が消滅した場所の空間に亀裂が生じた。
―――ピシィ!
空間がひび割れていくその異様な情景に、思わず息を飲む中、あの女神の声が聞こえてきた。
「許さぬ。許さぬぞ! 私にこのような屈辱を与えたこの世界ごと、お前達を滅ぼしてくれよう!」
その言葉と同時に、空間が完全に砕け散った。
そしてそこから、異様な姿へと変貌した“元”女神が、這い出てきた。
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