第190話 決戦


16日目―――10



女神はいきなり現れ、異世界人の窮地を救った精霊の娘を一瞥いちべつした。

ここ始原の地は、女神が造り替えたこの世界の中でも、最も彼女のことわりに忠実な場所。

精霊はいかなる手段をもってしても、決してここへは入り込めないはずであった。


「精霊よ、なぜお前がここにいる?」

「カケルがそう願い、私がそうありたいと願ったから」


女神は三本の輪で拘束され、意識を失っている守護者アルファを顎で指しながら、忌々しげな表情になった。


「なんじゃ、お前もあそこの造り物と同じく、その異世界人に劣情を抱いているのか? しかし劣情ごときでは、お前がこの地に入り込める説明にならんぞ」

「愛を劣情としか表現出来ないあなたは可哀そう。こんなに素晴らしい世界と素敵な人々を造り出せても、あなたは決してそれらを本当の意味で理解出来ない」

「ふっ、知ったような事をほざきおる。お前達精霊もそこの異世界人も、所詮は負け犬。負け犬がいくら集まって吠えても無駄だという事を、今から思い知らせてやろう」


女神が再び、右手を高々と振り上げた。




シャナは女神と話しながら、同時に僕に『囁き』を届けてきた。


『女神のことわりの中で戦っても、女神は倒せない』

「どうすれば良いか分からないよ」

『難しく考える必要は無い。カケルがセリエや守護者や私にしてあげたいと想ってくれた事。それを心に思い浮かべて』


セリエや『彼女守護者』やシャナに、してあげたいと願った事?

それは……


目を閉じた僕の心の中に、セリエの笑顔が浮かんできた。

暗くじめじめした洞窟の中でも、ニコニコしながら暮らしている彼女の家族達の笑顔も。

マーバの村人達の笑顔も。

ガルフやドワーフの集落の皆の笑顔も。

ヨーデの街の食堂の店員の笑顔も。

セイマさんやイーサの村人達の笑顔も。

シャナやリーベルの村人達の笑顔も。

『彼女』の笑顔も。


そしてこの世界全ての人々の笑顔も。


この世界に来てから出会った人々と体験した出来事が、僕の心の中を、再び走馬灯のように駆け巡った。

ちょうど女神に消滅させられそうになった時と同様に。

しかしその時とは、明らかに異なる意味合いを伴って。



そうか、僕は……



再び目を開けた僕の傍に、光球が顕現していた。




右手を掲げ、再び審判の力を発動しようとしていた女神は、奇妙な違和感を覚えた。



―――何かがおかしい?



いぶかる女神の眼前で、異世界人が光球を顕現した。


「なんじゃ。やはり何の工夫も……」


言いかけて、女神の顔が強張った。

その光球は、今まで異世界人が顕現してきたものとは、明らかに何かが違っていた。

女神の聖域たるこの『始原の地』においてさえ、暖かく柔らかく、しかし燦然と周囲を照らし出すその輝きを目にした女神の背中を、ゾクリと冷たいものが走った。



―――私のことわりが侵食されている!?



女神は異世界人を睨みつけた。


「貴様……何をした?」

「僕は何もしていないよ。だけど、多分もう、この人達はあなたには従わない」

「何を言っている?」


女神は右手を掲げ、周囲に浮かぶ無数の光球に、殲滅の力を放つ剣に変化するように“命じた”。

しかしそれらは、女神の意思に反して、何の変化も起こさない!




光球を顕現し、女神に言葉を返した後、僕は周囲に浮かぶ無数の光球に視線を向けた。

それら光球の全てから、込められた“想い”が僕へと伝わってくる。

僕は手近の光球にそっと触れてみた。

伝わってくる“想い”に突き動かされるかのように、口が自然に開いていた。


「これはセリエの心、これはゼラムさんの心、これはセイマさんの心、これは……」


僕の言葉に応じるかのように、周囲の光球がその輝きを増していく。


「最初は、あなたが造った仮初かりそめの存在だったのかもしれない。だけど今、この世界に生きている人々は皆、意思を持ち、感情を持つ存在になったんだ。勝手に生命力を吸い上げ、感情を奪っていいはずがない」


僕は女神に視線を向けて言葉を続けた。


「あなたは、それを認めなければいけない」

「何を馬鹿な事を。全て私が造った私の物だ。自分の道具を好きにして何が悪い?」


女神は僕とシャナに向けて、強引に審判の力を放ってきた。

しかしそれは僕達に届くことなく、虚空に霧散した。

僕は一度大きく深呼吸した。

そして自らの覚悟を女神に告げた。



「今から僕はあなたを倒して、この世界を解放する」



目の前の光球に手を伸ばすと、それは殲滅の力をまとう剣へと姿を変えた。

そしてそれを高々と頭上に振り上げた。

周囲に浮かぶ無数の光球もまた、次々と殲滅の力をまとった剣へと姿を変えていく。


それを目にした女神の顔が驚愕に染まった。


「霊力を、私の造ったこの世界で、私の造った物どもを、異物であるお前が従えたというのか!?」

「僕は霊力を従えたりしていない」


シャナが女神に、静かに語り掛けた。


「あなたはやっぱり可哀そう。愛が理解出来ないあなたには、光球があなたに従わない今の状況も、きっと理解出来ない」

「精霊め、お前が何かしたのか? ことわりを書き換えたのか?」

私達精霊ことわりを書き換える力なんか無いのは、あなたが一番よく知っているはず。この“心”達は、カケルの呼びかけに答えただけ。もっと自由に生きたい、もっと命を謳歌したいと願っただけ」

「馬鹿な。世界道具創造主そむくというのか?」


僕は振り上げた剣に宿った殲滅の力を解き放った。

周囲全ての殲滅の力人々の想いもまた、同時に解き放たれた。

それらは、焦点に当たる女神に集中した。



凄まじい閃光!



しかし女神は、それら全てを霊力の盾で、一旦受け止める事に成功していた。


「私が造った世界で、私が造った物どもによって、私自身が滅ぼされるなど、絶対に認めるわけにはいかない!」


しかし絶叫も空しく、女神を護るはずの霊力の盾は、この世界の“人々の想い”に、じりじりと押し切られていく。


と、女神が叫んだ。


「代行者エレシュ! 入域を許可する!」


僕は背後に何者かが出現したのを感じて振り向いた。

視線の先に、壮麗なローブを身にまとったエレシュがひざまずいていた。


「エレシュ、お召しにより参上しました」

「代行者エレシュ! そこの災厄を討て!」


エレシュは顔を伏せ、ひざまずいたまま言葉を返した。


「主よ。神器の使用許可を。災厄は強大な力を有しており、倒すには殲滅の槍が必要かと愚考致します」

「殲滅の槍の使用を許可する。急げ!」


エレシュの手の中に、布で包まれた黒く長い棒のような物が出現した。

それを確認すると、エレシュはゆっくりと立ち上がり、布を取り去った。

中から黒く禍々しいオーラをまとった殲滅の槍が姿を現した。


霊力を持つ者からその力を奪い、殺すことの出来る神器。


それを確認したエレシュの顔に、歓喜の表情が浮かぶのが見えた。

彼女はその槍を振り上げると、無造作に前方へ向けて投げた。

魔力により制御しているのであろう。

槍は凄まじいスピードで飛び、標的に命中した。



―――ぎゃああああぁぁぁぁぁ!?



響き渡る絶叫!


槍は、なんとか、この世界の“想い”を押し返し、再びねじ伏せようと試みていた女神の胸元を貫いていた。

女神はあり得ない位に完成され、整っていた顔を醜くゆがませ、凄まじい形相でエレシュを睨みつけた。


「貴様……裏切ったな?」


エレシュはゆっくりと僕たちの方に近付いてくると、シャナの横に並んで立った。


しゅよ。裏切ったとは人聞きの悪い。ご命令通り、災厄を討っただけです」

「災厄とは、そこに立っている貴様を暗殺しようとした女と、世界に混乱をもたらさんと冥府より這い出してきた、そこの異世界人であろうが!」

「この世界にとっての災厄とは、しゅよ、まさにあなた様の事です。ですがご安心ください。しゅが去りし後の世界、残された私達が見事に治めて見せましょう」

「きさ……ま……」


自身が奪い、改変したこの世界で、

自身の創造した神器によって貫かれ、

この世界での霊力を全て失った女神は、

ついに殲滅の力人々の想いに押し切られた。




―――――――!!




声無き絶叫を残して、女神は消滅した。




聖空の塔を中心として、暖かい光が全世界に広がっていく。




聖空の塔一階の大広間にいまだ留まるゼラムは、確かな変化を感じ取った。

守護者ベータに昏倒させられていた仲間の剣奴達が、次々と目覚めて起き上がっていく。

ゼラムは彼等に声を掛けた。


「皆、ここ神都を出よう。故郷へ帰るんだ」

「勝手な行動は許されないぞ!」


立ちはだかろうとする守護者達を押しのけるように、ゼラム達は塔の外へと歩み去っていく。

彼等を阻止しようとした守護者達も、変化に気が付いた。


「霊力が使えなくなっている!?」


守護者達は、歩み去るゼラムと剣奴達を、ただ呆然と見送った。




神都の住民達にも変化が起こっていた。

彼等の中の一人がつぶやいた。


「たまには、街の外に出かけてみるか」




鉱山でいつものように採掘に従事していたガルフは、ふと手を止めた。


「そう言えば、ここ以外にも良い鉱山はあるかもしれないな。どれ、手の空いている奴に、他の地域で鉱山探しをさせてみるか」




洞窟の家の中で、いつものようにくつろいでいたゼラムがつぶやいた。


ソアラ第133話の病気の事を考えたら、洞窟での暮らしにこだわるのも、おかしな話かもしれぬな。地上の水場の近くに良い土地があった。村の若い衆にも相談してみるとしよう」




雑貨屋の中で、いつものように紅茶をすすりながら店番をしていたセイマは驚いた


「あら? うちの紅茶って、こんなに美味しかったっけ? もしかしたら、もっと美味しい紅茶があるかもしれないわね。新しい仕入先、開拓してみようかしら」




それぞれの場所で、それぞれの人々が、それぞれの新しい“時代”を歩み始めた。






――◇―――◇―――◇――



ここまでお付き合い下さった方々に改めて御礼申し上げます。

本作、10年近く前に書いた私の処女作がベースになっておりまして、このパートは、人称や表現を少しだけ改変したほかは、当初の内容をほぼ変更せずに掲載させて頂きました。


自分的にはこういう展開が大好きでして、別の世界線で更新させて頂いております拙作内にも、設定や人名等、多々流用したりしているところで御座います。

本作をお読み頂いてから私の別作品をお読み頂きまして、もし既視感覚える方いらっしゃいましたら、そのせいで御座います。



というわけで、次回以降もまだまだ続きますので、ゆるりとお楽しみ頂けますと幸いです。


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