第170話 探索
13日目―――2
焼き魚で簡単な食事を済ませた後、僕と『彼女』は背後の林の中に入ってみた。
林の中の木々には、僕の知らない木の実や果物が成っていた。
僕は隣に立つ『彼女』に聞いてみた。
「これって、食べられるのかな?」
しかし『彼女』は答えの代わりに、首を
「どうであろうな……」
そう言えば『彼女』は守護者だ。
そして守護者は飲食不要だと聞いているから、当然の話だろうけれど、『彼女』は食物に関する知識をあまり持ち合わせていないように見えた。
仕方ない。
後でいくつか持って帰って、“試食”してみよう。
霊力は問題なく使用出来るみたいだし、死んだりはしないだろう。
まあ、運が悪ければお腹を壊すかもしれないけれど。
そんな事を考えながら歩いて行くと、今朝、『彼女』が水浴びをしていた泉に
泉の水は透き通るように透明で、水中を泳ぐ魚の姿もはっきりと見えた。
喉の渇きを覚えた僕は、泉の水を口にしてみた。
「おいしい!」
飲み水は最悪、海水を蒸留するか、雨水を貯めて確保しないといけないかも、と考えていた僕は、素直に真水の美味しさに感動した。
「家を建てるなら、やっぱり水場の近くがいいな」
泉の周囲は、少し開けた場所になっていた。
地面も平らで固く、何かを建てるなら、おあつらえ向きな場所に感じられた。
僕は『彼女』に声を掛けた。
「ここに家を建ててみようか?」
「家に関しては、場所も含めて全てカケルに任せるぞ」
任されてしまったところで、僕は少し考えた。
家を建てると言っても、どうやって建てたら良いのだろう?
ここには大工道具も無いし、そもそも自分で家を建てた経験なんて無い訳だし……
おまけに、霊力で即席の家を創り出せない事も、昨日実証済みだ。
ならば……
僕は目を閉じて右腕の腕輪に意識を集中した。
すぐに霊力の強い流れが全身を満たしていく。
そのまま、僕は頭の中でいくつかの“資材”をイメージしてみた。
目を開けると、目の前にはイメージ通りの“資材”――大きな布製のシートと四本の木の柱、それにロープ――が出現していた。
どうやら上手く行ったらしい事に、僕は少しホッとした。
一方、『彼女』の方は驚いたような声を上げた。
「カケル、これは……?」
「うん。前の世界で柱を立てて、幕舎を作っているのを見た事あるんだ。だから、せめて資材だけでも霊力使って、創り出せないか試してみたんだ」
僕が頭の中でイメージしたのは、皇帝ガイウスの軍営中で寝泊まりしていた時の幕舎であった。
さすがに完成品の幕舎を創り出すのは無理だけど、資材はなんとかなるらしい。
そんな事を考えていると、『彼女』が感心した雰囲気で口を開いた。
「このような物品を無から創造してみせるとは、さすがはカケルだな」
「僕の知る『
「
『彼女』のその言葉に、僕は軽い違和感を
ドワーフの鉱山で出会ったあの銀色のドラゴンの言葉通り、この世界が数千年後、僕が前にいた世界へと繋がって行くのであれば、『彼女』は僕があの400年前の世界で出会った『
もしかして今は無理だけど、数千年かけて『彼女』の霊力を操る技量が上昇し、ついには霊力で物質を創り出せるようになるのだろうか?
それとも目の前の『彼女』は、僕の知る『
考え込んでいると、『彼女』が声を掛けてきた
「それでカケル、これらの資材で、どうやって幕舎を作るのだ?」
「え~と……」
僕は実際に幕舎を建てるのを手伝った時の事を思い浮かべながら、言葉を続けた。
「まずは地面に穴を開けて、この柱を立てていくんだけど……どうしようか?」
何か地面を掘る道具も創り出した方が良いかもしれない。
しかし霊力を展開しようと目を閉じかけたところで、『彼女』が言葉を返してきた。
「穴を開ければ良いのだな? どこにどれ位の深さだ?」
「え~と、多分、こことここと……」
説明しながら僕は地面の上に4か所、創り出した4本の木の柱を支柱として立てるべき場所に印をつけた。
すると『彼女』がその場所に人差し指を向けた。
『彼女』の指から霊力が閃光のように
なるほど。
霊力ってそういう使い方も出来るんだ。
感心していると、『彼女』が不思議そうな表情で僕の顔を覗き込んできた。
「どうしたのだ? 何か気になる事でも? もしかして穴の深さか場所に問題が?」
「違うよ。気にしないで。霊力の使い方に感心しただけだから」
幕舎は昼前には完成した。
さらに霊力で毛布を創り出す事も出来たので、簡易な寝床も確保する事が出来た。
ちなみに何回か試してみたけれど、何故か椅子や机は創り出せない。
幕舎の中で敷いた毛布の上に腰を下ろした僕は、隣に同じように腰を下ろしている『彼女』に話し掛けた。
「特訓したら家具も創り出せるようになるかもだけど、当面はどうしようか?」
「私はカケルと一緒に居られるなら、家具等不要だぞ」
『彼女』はそう答えると、僕の肩に自分の頭をそっと乗せてきた。
『彼女』の髪から
二人っきりという状況を否応なく意識してしまった僕は、慌てて話題の転換を試みた。
「そうだ! 近くにモンスターっていないかな?」
「モンスター? 朝、水浴びした時には何も感知出来なかったぞ」
「じゃあさ、少し奥に入ってモンスターを探してみようよ。モンスターを倒して魔結晶が手に入ったら、どこかで換金して家具を買えるよ」
泉の奥は木々がさらに密集し、熱帯のジャングルといった様相を呈していた。
簡単な昼食を済ませた僕は、『彼女』と一緒に霊力を展開しながら、そのジャングルの奥へ向かってみる事にした。
木々が鬱蒼と茂り、時折頭上高く、樹冠の方から鳥か小動物と思われる鳴き声が響き渡る中を歩く事1時間余り。
ようやく展開している霊力の感知網に、モンスターが1体引っかかった。
姿形は僕の知る世界の虎に近いけれど、大きさは倍ほどもある。
向こうもこちらに気付いたらしく、十数m先の樹上で油断なく身構えている。
僕と同じく、展開していた霊力でモンスターの姿を捉えたらしい『彼女』が
「キラータイガーだな」
「今回は魔結晶狙いだから、斃し方を考えないと……」
魔結晶狙い撃ちとか、殲滅の力で消滅させるとかじゃなくて、“手加減”して斃す必要がある。
「では私に任せて置け」
そう話した『彼女』が霊力でキラータイガーを締め上げ、地面に叩き落とした。
そして『彼女』自身は地面を滑るように移動して、地面でもがくキラータイガーへと肉薄した。
『彼女』の抜き放った剣が一閃した瞬間、キラータイガーの頭部は斬り飛ばされていた。
頭部を失った身体は少しの間痙攣していたけれど、やがてすぐに動かなくなった。
少し遅れてその場に到着した僕は、『彼女』に声を掛けた。
「凄いね」
『彼女』が微笑んだ。
「なあに、この程度。造作も無い事だ」
僕はしゃがみ込んで、キラータイガーの胸元を斬り裂き、内部に手を差し入れた。
すぐに独特の手触りの固い物体を探り当てる事が出来た。
そしてそれを掴んで引きずり出した。
僕の手の中、ジャングルの木漏れ日を浴びた魔結晶が、琥珀のように輝いて見えた。
魔結晶を事前に用意していた袋に収めながら、僕はふと思いついて『彼女』に聞いてみた。
「モンスターの肉って、食べられるのかな?」
『彼女』は小首を
「さあな、しかし美味しそうには見えぬな」
確かに美味しそうには見えない。
「肉関係は、普通の野生動物がいたら、仕留めて手に入れよう。
そのまま夕暮れまでジャングルの中で狩りを続けた僕達は、結局、鹿2頭、イノシシ3頭、それに大小5個の魔結晶を手に入れる事に成功した。
「そろそろ戻ろうか」
「そうだな、もうすぐ日も暮れる」
僕が『彼女』の手を取り、霊力を展開した。
一瞬の後、僕達は泉の傍に転移で戻って来ていた。
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