第168話 決別


12日目―――5



「ベータよ。お前の言葉に従えば、冥府の災厄とやらは、しゅの結界を打ち破り、しゅにしか成しえぬはずの、霊力の与奪まで行えることになる。全能者と並ぶ程の力の持ち主の存在を認めるのか?」


アルファの言葉を耳にした守護者達の目に一斉に動揺の色が宿った。

全能なる創造主に並び立つ力の持ち主の存在の肯定等、あってはならない事であった。

栗色の長髪を靡かせた男性の守護者、デルタがアルファに問いかけた。


「もし……もしそいつが冥府の災厄で無いとしたら、なぜしゅは、そいつを討てとお命じになる?」

「恐れておられるのかもしれぬ。ご自身の運命を」

「恐れる? 運命? 何の話だ?」

「私はある者から、この世界が辿たどる運命の一端を聞いた。その者によれば、しゅはやがて……放逐される」


守護者デルタが目をいた。


「何だと!? アルファ、それは本気で口にしているのか?」

「デルタよ、あらかじめ言っておくが、私とてしゅの放逐を望んで等いない。しかしどうやら、このままでは、その運命は避けられない」

「その話と……」


口にしながら、守護者デルタが視線を横たわるカケルに向けた。


「……そいつと、どう関係する? まさかそいつが、しゅを放逐するとでも言うのか?」

「分からぬ。しかしカケルは、冥府ではなく、我等の世界から見て、数千年先の時の流れの彼方かなたからこの世界へやってきたらしい。そしてその世界には、しゅはいらっしゃらないそうだ」

「それは……アルファにそれを語った者の話が真実だ、との証拠はあるのか?」

「無論、私もその話を全て信じたわけでは無い。しかしもし、その話が真実であれば、カケルの存在は、しゅがやがて放逐されるという運命が、正しい事の証明になってしまう。故にやっきになって、カケルを討とうとされる、と考えれば、全て説明がついてしまうのもまた事実だ」


カケルの存在こそが、しゅがやがて放逐される運命の証拠となる!?


アルファの言葉を聞き、実際、霊力を失っていると聞かされていた彼女が、カケルを神器の短剣で刺す事無く光球を顕現したのを目の当たりにした事で、守護者達は混乱状態に陥りかけていた。


そんな中、守護者ベータが叫んだ。


「皆、惑わされるな! これはきっと冥府の邪法が見せる幻惑の一種。アルファが顕現したかに見えるあの光球、霊力と無関係に違いない」


そして守護者ベータは、自分の光球に手を伸ばすと、それを剣へと変えた。

彼の剣に、殲滅の力が宿っていく。

空中に浮かぶ守護者ベータは、地上から自分を見上げるアルファを睨みつけた。


「アルファ! もしお前が今、霊力を本当に使用出来るなら、俺の攻撃を防いでみろ!」


群青色の癖っ毛の守護者ガンマが、慌てて止めに入った。


「お、おい、ベータ!? アルファの光球が、お前の言葉通りまがい物だったら、その攻撃は、やりすぎになるぞ」

「どけ、ガンマ。アルファの目を覚まさせてやる為だ。腕の1本や2本失った位では、死にはせん」


『彼女』は、守護者ベータと守護者ガンマの言い争いを、ただ静かに眺めていた。

守護者ベータは、守護者ガンマを突き放すと、地上のアルファ目掛けて、殲滅の力を解き放った。

しかしその力は、アルファを守る不可視の盾に阻まれ、虹色の輝きを残して霧散した。


「なっ……!?」


守護者達の目が、大きく見開かれた。

アルファは上空の守護者達に、静かに語り掛けた。


「霊力を失ってはおらぬ。最初からそう話していたはずだ」


アルファは光球に手を伸ばし、それを剣へと変化させた。

振りかぶられたアルファの剣に、殲滅の力が宿っていく。

守護者達が叫んだ。


「やめろ、アルファ! 我等はお前と戦うつもりはない!」

「私もお前達と戦うつもりは無い。しかしベータは違うようだぞ?」


アルファの言葉通り、守護者ベータが、再び剣を振り上げていた。

既にそこには、殲滅の力が宿っていた。

彼は余裕の無い表情で、ぶつぶつ呟いていた。


「有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない。これは冥府の災厄が見せる幻惑、幻惑だ!必ず打ち破ってやる!」

「待て、ベータ!」

「落ち着け!」


しかし周りの守護者達の制止を振り切るように、守護者ベータが殲滅の力を再び放った。

同時に、アルファの剣からも殲滅の力が解き放たれた。

二つの力は一瞬激しくぶつかり合い…….

しかし守護者ベータが放った力はすぐに押し負け、虹色の輝きとともに霧散した。

そして『彼女』の放った力が、剣を持つ守護者ベータの右腕を切り落とした。


「ぐわぁぁぁぁ!」


絶叫を上げ、守護者ベータが地面に落下してきた。

切り落とされた右腕は、手の中の剣と共に光の粒になって消滅した。

そして霊力の効果により、守護者ベータの右腕が、墜落の際の傷と共に、直ちに修復されていく。

守護者ベータはよろめきながら立ち上がった。


「やってくれたな、アルファ」

「ベータよ、お前の負けだ」


自分を睨みつけてくる守護者ベータに、アルファが精緻な装飾を施された腕輪を見せてきた。

それは守護者ベータが女神から授かり、自身の右腕に装着していた腕輪だった。

彼の右腕と剣は光の粒になり消滅したけれど、その腕に嵌められていた腕輪はその場に残り、『彼女』が回収していた。


「お前の右腕を切り落としたのは、この腕輪を奪うため。守護者の腕輪が無い今、霊力をうまく操れなくなっているのはお前の方だ」


守護者の腕輪は所有者限定で、霊力の操作を容易にし、その力を数十倍にまで高めてくれる神器だ。

守護者ベータは、ハッとした様子で後退あとずさった。

彼は上空に留まる仲間の守護者達に向かって叫んだ。


「ガンマ、デルタ、イプシロン! 援護してくれ。アルファを取り押さえるぞ!」

「しかしベータ! 我等が命じられたのは、あくまでもヨーデの街を、霊力が使用不能になる結界で覆う事のみ。アルファと戦えとは命じられておらぬ」

「戦うんじゃない! 取り押さえるんだ!」

「しかし……!」


取り押さえるも何も、自分達守護者の内でも最強の存在であるアルファは霊力を展開し、万全の状態にある。

彼女と戦わずして取り押さえる事等、不可能だし、そもそも自分達はそのような命令を受けてはいない。


上空に留まる3人の守護者達が逡巡する中、アルファは霊力を展開した。

そして次の瞬間には、彼等の背後に転移していた。


「っ!?」


アルファの行動に虚を突かれた3人の守護者達の一瞬をつき、アルファは彼等に向けて至近距離から殲滅の力を放った。

無防備な彼等はそれに対応できないまま、次々と右腕を切り落とされていく。


「「「ぎゃぁぁぁ!」」」


絶叫を上げながら、右腕を失った3人の守護者達は、相次いで地面へと落下していった。

アルファはそれを追いかけるように地上に降り立つと、素早く3人の守護者の腕輪も回収した。

地上に落とされ、霊力の操作に支障をきたしてしまったかつての仲間達を一瞥した後、アルファが告げた。


「さらばだ。私はカケルと共に行く」

「アルファ、あなた一体どうするつもり?」


守護者イプシロンの問いかけに、アルファは一瞬寂しそうな顔を見せた。

しかし問いかけに答えること無く、アルファはまだ意識を取り戻さないカケルを抱え上げ、霊力を展開した。

次の瞬間、二人の姿はその場から忽然と消え去った。



――◇―――◇―――◇――



―――ザザーン……



打ち寄せる波の音が心地よい。

なんだかコイトスを思い出すな……って、あれ?

段々と意識が覚醒してくる。


目を開けた僕のすぐ真上に、微笑む『彼女』の顔があった。

どうやら『彼女』に膝枕されているらしい。

え~と……

一体、何がどうなって……って、あっ!


僕は一瞬混乱した後、跳ね起きた。


「そうだ、守護者達は!?」


確か直前まで、『彼女』の仲間の守護者達と対峙していたはず。

あの時、急に『彼女』に囁かれて……直後に意識を失った?


状況を整理しようと頭を捻っていると、『彼女』が微笑みかけてきた。


「カケル、ここにはもう守護者はいない」



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