第159話 落盤


10日目―――4



がっくりと肩を落としているガルフを横目で見ながら、僕は隣に座る『彼女』に聞いてみた。


「貢納、用意できなかったら、実際、どうなるの?」

しゅの定めた規則では、貢納の滞納は、その時点でのその集落の全財産没収だ。差し押さえられる財産が過少の場合、その集落全員が、剣奴や奴隷にされることもある」


中々過酷な罰則だ。

まあ、あの女神らしいと言えばらしいけど。


僕はガルフに声を掛けた。


「鉱山自体は、まだ鉱脈枯渇してないんですよね?」

「そりゃ勿論だ。神様がわざわざ俺達に用意して下さった鉱山だ。そんな簡単に枯渇するものか」

「じゃあ、坑道さえ復旧出来れば、貢納、準備出来ますか?」

「それは可能だが……滅茶苦茶に壊れちまっているんだ。簡単には直せねえ。それに落盤が起こる寸前、この世の物とは思えない不気味な咆哮を聞いたってやつもいる。もしかしたら、ここ最近の落盤事故は、地下に巨大なモンスターが巣くっちまったせいかもしれねえんだ」


僕と『彼女』は、思わず顔を見合わせた。

地下にひそんでいる(かもしれない)巨大なモンスター……

僕達二人にとっては、余り思い出したくないシチュエーションだ。

しかし今、僕は以前のように霊力を展開出来る状態になっている。

だから僕は、ガルフに提案してみた。


「鉱山の内部、僕達に調べさせてもらえないですか?」



鉱山の入り口の一つは、ガルフの館のすぐ裏の岩壁に設けられていた。

ガルフがつけてくれた鉱夫の案内で、僕と『彼女』は内部へと足を踏み入れた。

手掘りの坑道は、しかし数十mも行かない内に、すぐに行き止まりになった。

崩れ落ちた瓦礫が行く手を阻んでいる。

ここまで案内してくれた鉱夫が、この場所の向こう側が、ガルフの話していた3日前の落盤事故発生現場だと教えてくれた。


僕は右腕に嵌めた腕輪に意識を集中してみた。

幸い、霊力の展開は問題なく行えるようだ。

そのまま通路を塞ぐ瓦礫の向こう側へと、霊力の感知網を広げてみると、どうやらこの先、数百mに渡って坑道が崩れている事が確認出来た。

そしてその向こう側に、逃げ遅れたと思われる鉱夫達の姿も“見えた”。

総勢10名程。

皆衰弱している感じだけど、ともかくまだ生きている!


僕は、今“見た”情景を『彼女』と案内の鉱夫に伝えてから、光球を顕現した。

松明のみで照らし出されていた坑内に突然出現し、燦然と輝く光球を目にした案内の鉱夫が、大きく目を見開いた。

僕が光球に手を伸ばすと、それは僕の想いにこたえて、揺らめく不可思議なオーラに縁取られた黒い穴へと姿を変えた。


案内の鉱夫が、驚愕したような表情でつぶやいた。


「これは……一体……?」


僕は『彼女』と鉱夫に声を掛けた。


「多分、この向こうは数百m先の、中に閉じ込められている人達のいる場所に繋がっていると思うんだ」


一応確認のため、僕は自らその黒い穴――転移門――をくぐり抜けた。

その先は想定通り、鉱夫達が閉じ込められている場所に通じていた。

久し振りに転移門を設置したけれど、どうやら上手く行った事が確認出来て、僕はホッと胸を撫でおろした。



その後、駆け付けた他のドワーフ達と一緒に、僕達は転移門を使って、閉じ込められ、衰弱していた鉱夫達全員を地上へと救出するのに成功した。

死んだと思っていた仲間達の生還を知ったガルフは、涙を流して喜んだ。


「カケル、それに守護者様、本当に感謝する。今から、俺自らマーバの村へ行ってくる。奪った品物と村人達を送り返し、謝罪してくるつもりだ」


僕はつい、余計な事を口にしてしまった。


「……まだ坑道は直ってないですよ? 鉱石掘れなかったら、貢納、準備出来ないんじゃ……」


しかしガルフは、不敵な笑みを浮かべながら言葉を返してきた。


「さっきお前にコテンパンにされちまったからな。約束は守らねえと。それにお前さんは、俺達の大事な仲間を連れ戻してくれた。貢納位、気合でなんとかしてやるさ」



ガルフがマーバの村へと出立するのを見送った僕と『彼女』は、再び先程の落盤現場へと戻っていた。


「坑道って、どうすれば元に戻せるかな?」

「マーバの家々を瞬時に修復したのと同じ事をしてみれば良いのでは?」


『彼女』の提案を聞いた僕は、霊力を展開したまま、崩れた瓦礫の山に手を当ててみた。

そして試しに、坑道が元通りになるよう念じてみた。

しかし案に相違して、何も起こらない。


確かマーバの村の時は、破壊される前の家々の様子を思い浮かべたっけ?

だけど僕は、この場所の落盤前の状況を、当然ながら知らないわけで……

とりあえず、ありったけの霊力を込めてみたら、なんとかならないかな?


僕はさらに霊力を強めてみた。

と、心の中に念話が届いた。


『霊力を操りし者よ。なぜ、お前が竜気をまとっておる?』


この声、この口調。

間違いない!


「銀色のドラゴンさん!?」


僕の上げた声に応じるかのように、再び念話が届いた。


『……汝ら神の眷属は、我を“冥府の獣第153話”呼ばわりしていたはず。それが、“銀色のドラゴン”と呼びかけてくるのは、どうした風の吹き回しだ?』

「神の眷属って何の話でしょうか? 僕ですよ、カケルですよ」


傍に立つ『彼女』が訝しそうな表情になった。


「カケル、どうした? 誰と話をしているのだ?」


そう聞いてくるところをみると、どうやらこの念話、『彼女』には届いていないらしい。

僕は『彼女』に状況の説明を試みた。


「実は前の世界で知り合いだった銀色のドラゴンさんから、今、突然念話が届いたんだ」

「銀色のドラゴン?」

「うん、前の世界で……」


『彼女』にさらに詳しく説明しようとした矢先、かぶせるように念話が届いた。


『アルファもそこにおるな。もしや、我にとどめを刺しに来たのか? しかしカケルとやら、汝には見覚えが無い。汝は、守護者では無いのか?』

「えっと、守護者ではないけど、守護者の能力が使えてしまうというか……」


僕は途中で会話が噛み合っていない事に気が付いた。

この念話のあるじ、声も口調もあの銀色のドラゴンと全く同じに感じられるけれど、僕に関して、あまりに知らなさ過ぎる。


「……え~と、もしかして、銀色のドラゴンさんでは無いのでしょうか?」


念話の主が、愉快そうに笑った。


『フハハハ、妙な少年だな。神の眷属たる守護者と同道しながら、汝からはまるで敵意を感じぬ。おまけに我の与えた覚えのない竜気をまとっておる。汝は一体何者じゃ?』


竜気?

思い返すと、この世界に拉致される直前、銀色のドラゴンから、“我の加護第131話のようなもの”と言われてもらったものが、確かそんな名前だったはず。


僕はその事を正直に伝えてみた。


「説明が難しいのですが、実は僕はこの世界の住人じゃないんですよ。あなたの言う竜気って、前の世界で、あなたそっくりの声と口調の念話を使う銀色のドラゴンさんから貰ったものなんです」


念話の主が、息を飲むのが伝わって来た


『何!? すると汝が……我等の……』


その時、『彼女』が僕に声を掛けてきた。


「カケル、まだその銀色のドラゴンからの念話は届いているのか?」

「うん。君には何も届いていない?」


『彼女』が少し険しい表情になった。


「何も聞こえぬが……その銀色のドラゴン、もしかすると危険な存在かもしれぬ」

「危険?」


彼女がうなずいた。


「前にも話したと思うが、ネズミの手引きで、1ヶ月程前、冥府より獣が這い出してきてな。しゅの命を受けて、私とベータ、イプシロンの3人で討伐に向かった事があった。しかしその時は、深手を与えたのだが逃げられてしまった。その獣が、銀色のドラゴンの姿をしておった」

「そうなんだ。でも今の念話の相手、話してみると、どうやら僕の知っている銀色のドラゴンさんじゃないみたいなんだ。だから相手の姿形は、今の所不明だよ」


『彼女』と話していると、念話のあるじが意外な提案を持ちかけて来た。


『カケルよ、ここへ来て直接話さぬか? この世界の真実を教えてやろう』


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