第158話 拳闘


10日目―――3



「お久し振りです。“剛腕のガルフ”さん」


久し振りの再会第138話だったけれど、どうやら向こうも僕を覚えていたらしい。

ガルフは少しの間、口をアワアワさせた後、言葉を返してきた。


「……なんで、お前がここにいる?」

「なんでというか、さっきもそこの方にお話しした通り、昨日のマーバの村の件で来ました。まさか、ガルフさんがここに居るとは、僕も思いませんでしたよ」


僕達の会話を聞いていた『彼女』が怪訝そうな顔になった。


「カケル、知り合いか?」

「前にセリエとヨーデの街で食事をしていたら、この人に絡まれたんだよ」


僕は小声で、簡単にガルフとのいきさつについて説明した。

話していると、ガルフがやや苛ついた雰囲気で声を上げた。


「それで、守護者様まで出張でばってくるとは、どういう事ですかい?」


『彼女』がガルフに向き直った。


「お前達は昨日、マーバの村を襲撃し、村人をさらい、金品を奪っていったであろう。返してやれ」

「これは守護者様とも思えねえお言葉。わしらは神様の規則に従って、なんとか神都にお送りする貢納の工面に奔走する中で、やむなくマーバの村を襲ったのでさ。もしさらってきた“奴隷”と金品、マーバの村に返したら、貢納がとどこおってしまいますが、神様はお赦し下さるんで?」


どうやら、さらわれた女性や子供達は、奴隷として神都への貢納品の一部に加えられる予定のようだ。


『彼女』が難しい顔になった。


「ううむ……貢納をおこたるのは、しゅが定められた規則に違反するな……」


逆に説得されそうになっている『彼女』の様子を見て、僕は慌てて口を挟んだ。


「ガルフさん、そもそも、なんでその貢納、マーバの村を略奪しないととどこおるのですか? 今までは、どうしていたのですか?」


ガルフが苦虫を噛み潰したような顔になった。


「お前に説明する必要は無いはずだ」


僕はカマを懸けてみた。


「もしかして、落盤事故と関係ありますか?」


ガルフの声が一気に荒くなった。


「お前には関係ないって言っただろ!」

「ガルフさん、もしかして、最近の落盤事故続きで良い鉱石が手に入らなくなって、イライラして、酒に酔って……それであの時、僕に絡んできたんでしょ?」


半分憶測交じりで口にしてみたのだが、どうやら図星だったらしい。

ガルフが激昂した。


「お前! ここで俺と勝負しろ! お前が勝ったら、マーバの村から奪ったもの、全部返してやる。そのかわり、俺が勝ったら、お前は奴隷として、神都への貢納品の一部になってもらう!」

「ガルフよ、それは少し可笑しな話だ。カケルは……」

「待って」


僕は、慌てて仲裁に入ろうとしてくれた『彼女』を右手で制した。

そして改めて、ガルフに向き直った。


「分かりました。勝負の条件はどうしますか? また殴り合いですか?」

「小僧、良い度胸だ。こんどこそぶちのめしてやる。守護者様には、介入しないで頂きたい」


ガルフは残忍そうな笑みを浮かべて、そう言い放った。



「族長が余所者よそものとやりあうらしいぞ!」

「可哀そうに、あの余所者よそもの。勢い余って殺されなきゃいいけど」


周囲に野次馬の輪が出来る真ん中で、僕はガルフと向かい合って立っていた。

最初、この勝負に異を唱えていた『彼女』も、結局僕の説得を受け入れてくれて、今は少し離れた場所から、心配そうな視線をこちらに向けてきている。


ガルフが、にやつきながら宣言してきた。


「いいか小僧! ヘンな魔法や小道具は使うなよ? 拳だけで勝負しろ。一応、俺を気絶させられれば、お前の勝ちで良いぜ」


周囲がどっと沸いた。

ガルフと僕との圧倒的な体格差。

加えて“剛腕の~”と自称するだけあって、腕っぷしには相当自信を持っているのだろう。

そしてどうやら、周囲の誰もが、ガルフの勝ちを確信している雰囲気が伝わって来た。


と、ガルフがこの前の酔っていた時とは、比較にならないスピードでいきなり僕の方に突っ込んできた。

そしてそのままの勢いで、僕の顔面目掛けて右の拳を打ち込んできた。

僕にはその拳の軌跡がよく“見えた”。

だから僕は、彼の拳が僕の顔面に届く寸前、自分の左手で握り止めた

ガルフは一瞬、虚を突かれたような表情になったけれど、すぐに僕の手を振りほどこうとしてきた。

しかし“当然ながら”、彼の右の拳はピクリとも動かない。


周囲がざわめく中、ガルフが焦ったような声を上げた。


「てめぇ、何をした?」

「“魔法”は使って無いですよ」


嘘は言っていない。

僕は元々、魔法は使えない。

ただし……


どうやら昨日、僕に流れ込んできていたマーバの村人達の“想い”はまだ消えていないらしく、僕は今、十分な量の霊力の流れを感じる事が出来ていた。

つまり、体格差で僕を圧倒出来ているはずのガルフが、僕に拳を握り止められて見動き取れなくなっているのは、全て僕が展開する霊力によるものだ。

霊力は、この世界の住民達にとっても不可視の力らしく、『彼女』を除いて、誰も――もちろんガルフ含めてって意味だけど――今、僕が霊力を使用している事には気付く事は出来ていないようだ。


僕は左手でガルフの拳を握り止めたまま、“ほんの少しだけ”霊力を込めた自分の右の拳を、ガルフの鳩尾みぞおちに叩き込んだ。


「ぐほぅ!?」


ガルフはヘンな声を上げて白目をいた。

そして僕が左手を離すと、そのまま地面に崩れ落ちてしまった。


「そ、そんな……族長が一発で!?」

「あの余所者よそもの、一体何者だ?」


ざわめきの中、僕は少しだけ冷や汗をかいていた。


物凄く力を絞ったつもりだったんだけど、一撃で悶絶してしまった所を見ると、どうやら強過ぎた?

死んでは……いないよね?


恐る恐るガルフの様子を確認すると、口から泡を吹いてはいたけれど、厚そうな胸板は規則正しく上下しており、何とか生きてはいるようだ。


ホッと胸を撫でおろしていると、『彼女』が駆け寄って来た。


「素で殴り合いに挑むのかと思ったから、肝を冷やしたぞ」

「ごめんごめん」


僕はガルフの様子を横目で眺めながら、声のトーンを落とした。


「ちょっとズルしちゃったけれど、これ位、いいよね?」


『彼女』も声のトーンを落としながら、少しおどけた雰囲気になった。


「まあ、いいのでは無いか? どうせお前が霊力使った事、誰も気づいておらぬ」

「それはそうと、ガルフさんをあのまま放っておくわけにはいかないよね」


僕は周囲の人々に声をかけ、数人がかりでガルフを彼の館へと運ぶ事にした。



30分程で、ガルフは目を覚ました。

自分が敗北したことを改めて確認したガルフは、すっかり意気消沈していた。


「くそっ……! 約束通り、マーバの村から奪ったものは、全て返してやれ」

「族長! 貢納はどうするんですか? 期日、迫っていますぜ」

「何とかするしか無いだろう……出来ない時は、俺が神都まで直接おもむき、申し開きをする」


僕はガルフに声を掛けてみた。


「ガルフさん、改めてお聞きしますが、貢納の工面に困っているのは、落盤事故のせいですよね?」

「くっ! ……仕方ねえ。教えてやるよ」


ガルフが今の状況について、ぽつりぽつりと語り出した。


ガルフに率いられたドワーフ達の集落のあるこの岩山の地下には、女神から与えられた広大な鉱山が広がっているそうだ。

鉱山から産出される良質な鉱石は、それを貢納として神都に送っても十分なお釣りが出る位の恵みを、ドワーフ達にもたらしてくれていた。

ところが1ヶ月程前から、原因不明の落盤事故が頻発するようになった。

そして3日前には、とうとう最後の主要坑道が、落盤事故で崩落してしまった。

仲間達を何人も失い、頼みの鉱石も全く掘り出せなくなり、仕方なくマーバの村を襲撃した……


「俺達はドワーフだ。ドワーフは、鉱石掘ってなんぼだ。何もこのんで山賊の真似事したかねえが、貢納を用意出来なかったら、俺達ドワーフは滅ぼされるかもしれねえ」


話し終えたガルフは、がっくりと肩を落とした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る