第155話 修復


9日目―――3



「うん、この世界で光球を顕現出来る条件、何となく分かった気がするよ」


そう『彼女』に言葉を返してから、僕は自分の考えを口にした。


「今、光球を顕現出来るようになる前に、キマイラを斃した時と同じような感じで、ここの村人達の強い“想い”が僕に流れ込んできたんだ。だから仕組みは不明だけど、きっとこの世界の霊力は、そういった強い“想い”みたいなのと関係あるんだと思う」


ただし、なぜこの世界の人々の“想い”が、同じく霊力を使用出来るはずの『彼女』にではなく、この世界から見れば明らかに“異物異世界人”であるはずの僕に流れ込んで来るのかは、分からないけれど。


『彼女』がポツリとつぶやいた。


「強い……想い……」



僕達の会話が一段落するのを待っていたかのように、村人の一人がおずおずと声を掛けてきた。


「あなた様は……もしや、守護者様でしょうか?」

「え? あ、いや僕は……」


否定の言葉を返そうとしたけれど、それより早く、村人が突然平伏した。


「でしたら、なにとぞ、なにとぞ、私の娘を……!」


僕は慌ててその村人を助け起こした。


めて下さい。僕は皆さんの思うような守護者ではありません。ですが、皆さんの“想い”のお手伝いはさせて頂きます」


そう口にしてから、僕はすぐ傍に立ち、じっと僕達の様子を見守っている“本物の守護者”にも声を掛けた。


「……君も手伝ってくれるよね?」


『彼女』は先程、山賊行為は処罰対象にはならないし、そうした問題は、むしろ住民同士で解決させるのが女神の方針だ、と話していたけれど……


しかし『彼女』は意外にも、笑顔で快諾してくれた。


「お前がそうしたいなら、私は喜んでそれを手伝おう。守護者が山賊退治をしてはいけない、という規則は存在しないからな」


僕と『彼女』の会話が耳に届いたのであろう。

村人たちの間からざわめきが起こった。


「もしや、ドワーフどもから、わしらの大事なモノを……?」

「はい。ドワーフ達の集落について、もう少し詳しく教えて下さい」



村人達から詳しい情報を教えてもらった僕と『彼女』は、今夜はここに野宿して、明朝、出発する事にした。

日は既に沈もうとしていたけれど、村人達は、村内の後片付けを黙々と行っている。

僕も改めて彼等の手伝いをしようとして……略奪を受け、破壊された1軒の家の前でふと立ち止まった。


思い返してみると、あの400年前の世界で出会った『彼女サツキ』は、身分証を瞬時に複製してみせた。

『彼女』によれば、女神は霊力を使って世界の全てを創造した。


ならば……


僕は目を閉じて、右腕にめた腕輪に意識を集中した。

すぐにあふれんばかりの霊力の流れを感じる事が出来た。

そして目を見開いた僕の傍に、再び光球が顕現した。


『彼女』がいぶかしそうな顔になった。


「カケル、何をする気だ?」

「ちょっと試したい事があってね」


僕は目の前の焼け落ちた家に手を触れた。

そして目を閉じて、数日前、セリエと一緒にこの村を訪れた時の情景を思い浮かべてみた。

村人たちの“想い”の賜物たまものであろうか?

身体の奥底から、止めどもなく霊力があふれ出して来た。

それは美しい流れとなり、村全体を覆い尽くしていく。


そして……


「な、なんだ!?」

「家が急に!?」


村内のあちこちから、人々のどよめきが上がった。

僕が目を開いた時、村内に立ち並ぶ十数軒の家々は、全て破壊される前の元の姿を取り戻していた!


隣に立つ『彼女』が目を大きく見開いた。


「カケル、これは……?」

「いや、神様が霊力で世界を創造したって聞いたから、霊力を使えば、家程度だったら直せるかなってやってみたんだけど……まさか、本当に出来るとは思わなかったよ」


自分でやっておいてなんだけど、霊力って、もしかしてとんでもない可能性を秘めた力なのかもしれない。


そんな事を考えていると、『彼女』が感心した雰囲気で声を掛けてきた。


「我等守護者ですら、霊力を使用してもここまでの奇跡は起こせぬ。まるでしゅが起こされる奇跡を見せられた気分だ。これならば、ドワーフ達の集落へも、一瞬で転移できるのでは?」


僕は苦笑した。


「実は前からそうだったんだけど、知らない場所への転移は無理みたいなんだ」


いくら豊富な霊力を利用出来ても、やはり『彼女サツキ』の域に達するのは、まだまだ先のようだ。



家が瞬時に修復されたのは、僕の力によるものだと知った村人達が、次々と感謝の言葉を述べてきた。

そして村長たっての要望を断り切れず、僕と『彼女』は、今夜は、村長の家に泊めてもらう事になった。



村長の家で夕食を御馳走してもらい、部屋に戻った僕は、ベッドに腰掛け一息ついていた。

そしてベッドの脇の長椅子に座る『彼女』に話しかけた。


「なんだかラッキーだったね。今夜、ベッドで寝られるとは思っていなかったよ」


最初は野宿するつもりだったし。

総意得べ最後にベッドの上で寝たのは、確か、前の世界で皇帝ガイウスの軍営内の幕舎の中第124話だったから……


指折り数えてみようとしたところで、『彼女』が言葉を返してきた。


「そうだな。しかしカケルが、この村を元通りにしたのだ。私はともかく、カケルが野宿では、村人達が納得するはずが無かろう」


『彼女』は鎧を脱ぎ、村長が用意してくれた部屋着を身に着けていた。

女性らしい優しいシルエットが、部屋の明かりに照らし出されている。


「それにしても、夕方のあれはどうやったのだ? 傷を癒すのとは違い、一旦焼けただれた柱を元通りにして構造物へと組み上げる事等、魔法でも霊力でも不可能なはず。まさか、しゅがなさるのと同じように、完全に無から家々を創造したのか?」

「え~と……」


僕は改めて、村を元通りにした時の事を思い返してみた。


「ほら、一週間前に神都に行く道すがら、セリエとこの村に泊まったって話したでしょ? あの時の情景を思い浮かべながら霊力を使ったら、家が元通りになっていたんだけど……原理は分からないや」


思わず苦笑してしまった。

霊力については、僕はまだまだ知らない事だらけだ。


『彼女』がおどけた雰囲気になった。


「以前、お前が霊力の操作に習熟していないと話したが、あれは撤回しないとな。このような霊力の使い方、我等守護者でも不可能だ。その内、私の方がお前から霊力の操作を、教わらなければならなくなるかもな」

「いやいや、霊力については、君の方が絶対凄いはずだよ。あのサツキも凄かったし」

「そう言えばカケルは、サツキから霊力を継承したと話していたな。彼女から、霊力の操作を教えてもらったりはしなかったのか?」

「う~ん、前にも話した通り、自分的にはいつの間にか身に付いていたんだよね、この力。サツキがどういう状況で霊力を僕に継承させたのか、さっぱり覚えてないんだ」

「そうか……」


『彼女』がふいに考え込むような仕草を見せた。

そしてしばらくの沈黙の後、再び口を開いた。


「そのサツキ、外見が私とそっくりだ、と話していたな」

「そうだよ。外見だけじゃ無くて、いつも身に着けている鎧も、声や仕草しぐさも瓜二つ……というか、この世界が、実は僕のいた世界より過去で、君が将来、僕の世界のサツキになったんじゃないかって思ったくらいだよ」

「カケルの想像が当たっているかどうかは分からぬ。だが私は、そのサツキにはなれそうにないな」

「どうして?」

「サツキは、カケルに力を継承させた後も生きているのに、お前の前には姿を見せていないのであろう? 今の私では、自分のこの能力自体を他者に譲るすべを知らぬ、という事もあるが……」


そこで一旦言葉を区切った『彼女』が、僕を真っすぐに見つめて来た。

向けられた瞳の中に、僕の顔と『彼女』の真っすぐな“想い”が込められているのが見えた。


「私なら、たとえどんな事があっても、お前の傍にいようとし続けるだろう」


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