第151話 想念
8日目―――3
遠のきかけていた意識が、急速に引き戻された。
そして遅々として進まなかったはずの右半身の修復が、凄まじい勢いで完了した。
急に……何が?
視線の先で、キマイラが苦悶の絶叫を上げながら、床をのた打ち回っていた。
いつのまにか、ライオンの頭を失っている?
そうだ! 『彼女』は!?
僕とはキマイラを挟んだ向こう側の床に、『彼女』が倒れているのが見えた。
僕はのたうつキマイラを大きく迂回しつつ、『彼女』の
幸い、『彼女』に目立った外傷は無さそうだった。
「しっかりして!」
軽く揺すってみたけれど、意識を失っているのか、反応が無い。
とにかく、どこか安全な場所は……
周囲を見回すと、丁度先程僕がいた場所の背後の壁面が、大きく
いつの間に?
キマイラが深手を負い、壁に大穴が開いている理由が気にはなったけれど、とにかく今は、この場所からの脱出を優先するべきだろう。
僕は『彼女』を抱き上げ、その大穴目掛けて走り出した。
幸運にも、大穴の向こうに、天井の高い洞窟のような空間が見える。
僕はそのまま大穴を
もしかしてこの壁、霊力で破壊された?
しかし先程の戦闘で、僕も『彼女』も霊力は使用出来なくなっていたはず。
まさか僕がまた、無意識に殲滅の力を放った?
一瞬、頭を
とにかく今は逃げるのが先決だ。
穴を
その天井の高い洞窟のような空間は、僕がよく見知っている場所であった。
10m近い天井から釣り下がる大小の鍾乳石、
間違いない。
この場所は、この世界に来て最初の二晩を過ごした獣人族の村だ。
そうこうしている内に、掘っ立て小屋から外へ、次々に大勢の獣人達が飛び出して来た。
「なんだ、今の轟音は?」
「凄い音がして、洞窟全体が揺れたぞ!」
口々に叫ぶ獣人達の中に、セリエの家族達の姿も有った。
向こうも僕に気付いたらしく、セリエの弟が声を上げた。
「あ、カケル兄ちゃんだ!」
その声が聞こえたのだろう。
家からセリエの祖父、ゼラムさんも顔を覗かせた。
彼は人の良さそうな表情を浮かべながら、僕に声を掛けてきた。
「おや? カケル殿ではないですか。随分早く帰ってきましたな。ところで……」
ゼラムさんが僕の周囲を視線で探りながら言葉を続けた。
「セリエの姿が見えないようですが……」
僕が答えに詰まった瞬間、凄まじい咆哮が響き渡った。
―――ギェェェェェ!
振り向くと、キマイラが、自分より一回りサイズの小さい大穴を無理矢理崩しながら、円形闘技場からこの洞窟へと侵入してこようとしていた。
ライオンの頭を失ってはいるものの、それはどうやら致命傷にはならなかったようだ。
キマイラを目にした獣人達は大騒ぎになった。
「な、なんだあれは!?」
「ば、化け物よ!!」
このままでは大惨事になってしまう!
僕は『彼女』を地面に下ろして、ゼラムさんに向き直った。
「ここにいる獣人達全員、地上に避難させて下さい。あと、『彼女』の事もお願いします」
ゼラムさんが当惑したような表情になった。
「カケル殿は?」
「僕は大丈夫です。時間を稼ぎますので、宜しくお願いします」
僕はそれだけ言い置いてから、キマイラ目掛けて走り出した。
そして祈る気持ちで、右腕に
僕の願いが届いたのか、今度は微弱ながらも霊力の流れを感じ取る事が出来た。
ただし光球はやはり顕現出来そうになかったけれど。
ともかく僕はなけなしの霊力で盾を展開し、キマイラに肉薄した。
視界の中、キマイラが大穴を崩し、洞窟へと侵入してきた。
僕は大声を上げてキマイラの注意を引き、獣人達の村とは逆方向、円形闘技場の方へと誘導を試みた。
しかしキマイラは素早い動きで僕の前に立ちはだかり、前脚で僕を薙ぎ払った。
霊力の盾で幾分その威力を相殺出来たはずだけど、それでも僕は、洞窟の壁にしたたかに叩き付けられてしまった。
今日何度目かになる、全身の骨が
その痛みをこらえながら、なんとか闘技場の方に再び向かおうとした僕の頭上を、キマイラが身軽に飛び越えた。
位置的に、闘技場への通路をキマイラに塞がれてしまった形になった。
そしてキマイラの毒蛇の頭が僕に襲い掛かって来た。
僕は腰の剣を抜き、応戦を試みた。
しかし毒蛇の頭は僕の剣を易々と
骨が確実に噛み砕かれる感触に、僕は絶叫を上げて剣を取り落としてしまった。
キマイラがそのまま僕を
背後を振り返った。
同時に、何本かの矢がキマイラに降り注ぐのが見えた。
「オレ達の村は、オレ達で守るんだ!」
「
どうやら村の獣人達のうち、腕に覚えのある者達が、反撃を図っているらしい。
矢はキマイラの体毛に阻まれ、その身を傷付ける事は出来ていないようだったけれど、キマイラの注意を引く効果はあったようだ。
キマイラは僕を放置して、唸り声を上げながら、獣人達に向かって行った。
獣人達が素早い動きでキマイラの攻撃を
それに苛立ったのであろう。
キマイラは建物ごと、周囲を破壊し始めた。
幸い、
僕はその隙に立ち上がった。
身体の傷は回復しているようで、痛みも残っていなかった。
取り落としていた剣を拾い上げ、そこにありったけの霊力を込めた僕は、荒れ狂うキマイラに背後から忍び寄り、後ろ脚を思いっきり斬りつけた。
先程の闘技場の時とは異なり、剣は体毛を斬り裂き、キマイラの肉を
―――ギアァァァァ!
キマイラが絶叫した。
しかしやはり致命傷にはほど遠かったらしく、キマイラは素早い動きで僕から距離を取った。
そのまま、キマイラを闘技場に誘引しようとして……
突如、凄まじい勢いで自分の中に“何か”が流れ込んでくる、不可思議な感覚が襲ってきた。
―――守りたい!
―――家を! 家族を!
これは……獣人達の“想い”?
戸惑っている間にも、“想い”は数を増やしていく。
どうやら一度地上に逃れていた人々が、再度村を守るため引き返してきているようだ。
その“想い”もまた、僕の中に次々と流れ込んでくる。
今なら可能なはずだ。
なぜかそう確信出来た僕は目を閉じた。
キマイラが前脚を振り上げ、僕を殴り飛ばそうとするのが“視えた”。
しかしキマイラの攻撃は、不可視の盾に弾かれ、僕には届かない。
そして再び目を開けた僕の傍に、凄まじい輝きを放つ光球が顕現していた。
地上に運ばれた後、意識を取り戻し、ゼラムから、カケルが一人であのキマイラとまだ戦っている事を聞いたアルファは、獣人達の静止を振り切って、洞窟内へと駆け戻った。
何人かの獣人達も、村を守ろうと彼女に続いた。
彼女が獣人達の村に到着し、手負いのキマイラを視界に収めた時、カケルが光球を顕現しているのに気が付いた。
アルファは大きく目を見開いた。
「霊力を操る能力を完全に取り戻している?」
彼女の眼前で、カケルは光球を揺らめく不可思議な紫のオーラに縁どられた剣へと変えた。
カケルが振り上げたその剣に、凄まじいまでの殲滅の力が宿っていく。
カケルの様子に、本能的な危険を感じたのだろう。
そしてそのまま向きを変えて逃げ出そうとした瞬間、カケルは剣を振りぬいた。
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