第6話 罠


 カナンバブルに娘を助けてくれと依頼してきた張本人が、目の前に居たのだ。


「な、なんでトゥルキス商会のカマルさんが?」


 俺の間の抜けた声が響く。俺以外の三人は、すでに存在に気付いており、カマルを睨み付けていた。


「簡単なことです。わたしが依頼人だからですよ、君を――――癒しの手を持つものを見つけ出せという依頼のね」


 一瞬、理解が出来なかった。だが、必死にかみ砕いてたどり着いたその事実に、さあっと血の気が引く。


「俺をあぶり出すために、こんなことをしたっていうのか?」

「その通りです。カナンバブルに依頼をするために、娘の誘拐を彼らに依頼したんですよ」


 傷は塞がったとはいえ、女の子が流した血は本物だ。もし俺がいなかったら彼女は確実に死んでいた。

 どうしてだ。何故そんな非道なことが出来る。自分の娘だろ?


 カマルがうっすらと笑みを浮かべるが、目は笑っていない。その奇妙な雰囲気に、娘を心配する善良な親という姿はなかった。


「あんた、自分の娘をおとりにして恥ずかしくないのか!」


 見抜けなかったこちらが悪いのかもしれない。だけど、湧き上がる怒りが腹の中でぐるぐると暴れ回る。

 すると、クイッと袖を引かれた。視線を落とすと、女の子が俺を見上げている。


「ど、どうした?」

「あれ、エナのお父さまじゃないよ」

「……はい?」


 思わず首を傾げてしまう。でも、エナと言った女の子はきょとんとした目でアキムを見上げてくるだけ。その純粋な眼差しに、嘘を言っている気配はみじんも感じられない。


「エナもあなたも、わるだくみに利用されて、さいなんね」


 エナの大人びた言い草に、さらにびっくりする。幼女のくせして悟りすぎじゃないか?


「エナの言うとおり、わたしは父親じゃない。だが、わたしは依頼の時から『自分の娘』だとは言ってない。『娘』と発言したのを勝手に誤解したのは君たちだよ」


 嘲るように笑って言ってきた。

 カマルの屁理屈に、余計に苛立ちが募る。


「だとしてもだ。俺がこの場にいなかったら、この子は死んでたんだぞ!」


 俺をあぶり出すために、人が死ぬところだったのだ。生きるために悪いこともしてきた自分がきれい事を言っているなとは思う。でも、こんな非道なことは許せない。


「だからどうした。エナが死んでも別に困らない。それよりも本題に入ろう。癒しの手を持つものとして、我々のもとに来い。素直に来るならそこのお仲間の安全は保証しよう。ただし、拒否するならば皆殺しだ」


 カマルが条件を突きつけてきた。

 でも、そろそろファテが呼んだ応援部隊が来るはず。あと少し交渉を引き延ばせば――という思考を読み取ったかのように、カマルが口を開く。


「ちなみに、応援は来ないから下手な時間稼ぎは無駄だ」

「はっ?」


 思わず振り返ってラジットや双子を見る。三人とも渋い顔をしていた。そうか、応援要請の合図をしてから、俺が思う以上に時間が経っているんだ。癒しの力を使っていた時間を加味すれば、確かに呼んだ応援が来てないのはおかしいといえる。


 破落戸たちもここに居るだけがすべてのメンバーなわけじゃないってことだ。待機していたカナンバブルの応援部隊は、そいつらに足止めされているのだろう。ザイードやダイヤンがいれば足止めなどされなかっただろうが、残念ながらあの二人は不在だ。なんでこんな時に限っていないんだよと悪態をつきたくなる。


 人数的には圧倒的に不利。皆殺しか、俺が一人来るか、選べと言ってくる。

 また自分が狙われたパターンだなと自嘲してしまう。だけど、今度ばかりは洒落にならない。己の目的のためならばためらいなく人を殺す奴らだ。


「ひとつ聞いてもいいか? 俺を引き入れてどうするつもりだ」


 俺を欲しがるのは癒やして欲しい相手がいるから? もしくは力を売ったら金になるから? そのどちらかだ。もし癒やして欲しい相手がいるなら、癒やした後に解放される可能性もほんのちょっとあるはず。でも、力を売りたい場合は死ぬまでこき使われる未来が待っているだろう。


「……復讐だよ」


 カマルが独り言のような返事をした。


 復讐? 予想していた答えと違いすぎて、困惑で眉間にしわが寄ってしまう。


「俺は、あんたに復讐される覚えはない」

「そうだろうな。正確には君じゃない、もちろん君も恨んではいるけどね。でも、一番は俺の恋人を救わなかったカナンバブルの首領、ザイードへの復讐だ」


 救わなかった、という言葉にガツンと頭が殴られた気がした。


「わたしの恋人が病にかかってね。彼女の父親がザイードに治してくれと頼んだんだよ。だけど断られた。その後、彼女は死んだよ。お前たちの首領のせいで見殺しにされたんだ! わたしは絶対にザイードを許さない、破滅させてやる」


 俺はその依頼を知らない。カナンバブルに来る癒しの依頼は、ほとんどザイードが話を聞いてさばいてしまうから。だけど、どうしてザイードが依頼を受けなかったのかは想像がつく。

 ザイードが恨みをかったのは俺のせいだ。どうしようもない歯がゆさ、吐きどころのない気持ちが爆発しそうだ。


「分かったよ。そっちに行く。だから、仲間には、首領にも手を出さないでくれ」


 俺はよろけながらも立ち上がった。また癒しの力を使った影響が色濃く残っているせいか、ふらふらしてしまう。


「アキム、やめろ。行かなくていい」


 ファテが引き止めてきた。


「兄ちゃんの言うとおりだ。首領も怒り狂うぜ。怖くないのか」


 ファイドも。


「相棒。行くな、お前は仲間だ。カナンバブルは仲間を見捨てない。行ったら地の果てまでも追いかけるぞ」


 ラジットが涙を浮かべながら睨んでくる。


 相棒と言い合ってつるんでるラジットも、いつもからかってくる双子も、行くなって言ってくれる。ちょっと嬉しいなって胸が熱くなった。


 でもさ、俺も仲間のためだったら体を張れるんだ。俺が行けば三人は助かる。それに、俺のために恨みをかったザイード。俺がカナンバブルに居続ければ同じような恨みをもっとかうだろう。それで良いのか? 俺には良いとは思えなかった。


「ありがと、みんな。でも俺は行くよ。ここで俺が行かないとみんなだけでなく、無関係なエナまで巻き込んじゃうから。カナンバブルは受けた依頼は必ず成功させる。それが俺たちの誇りだろ。頼む、エナを無事に親元へ帰してくれ」


 エナが不安そうな顔で俺のズボンを掴み、行くなと首を横に振る。優しい子だ。こんな怖い経験など忘れて、幸せになって欲しい。

 俺はそっとエナの手を離させると、ラジットに預ける。


「素直でよろしい。では、こちらへ――――」


 カマルが手を差し出した時だった。


 建物が轟音とともに揺れる。パラパラとレンガの欠片が降り注いだ。


「な、何事だ!」


 カマルが頭を腕で暴挙しながら叫ぶ。


 俺も立っていられなくて尻餅をついた。途端に後ろからラジットに羽交い締めにされる。エナが間に挟まってるから、それ以上力を入れるなって。エナがつぶれる!




「なに勝手なことしてんだ、アキム」


 決して大きな声ではない。それなのに、しっかりと耳に届く声。ちょっと怒っているような呆れているような、そんな響きを含んでいる。


 弾けるように俺は振り向いた。


「首領!」


 そこには窓に片足を乗っけた状態で、両端にファテとファイドを従えたザイードがいた。窓が額縁のようになって、まるで市場で見かけた救世主の絵画のようだ。


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