第4話 救出へ
依頼人の裏は気になるが、悠長に調べていては捕らえられている幼い娘の命にかかわる。そう判断し、日が暮れたら救出しに行くことになった。依頼された翌々日の夜である。居場所が分かったのであればさっさと助けるぞというわけだ。
実働部隊に選ばれたのは側近のファテ・ファイドの双子、すばしこさを見込まれてラジット、そして俺だった。気付かれないように少人数で潜入して助け出す作戦だ。だが、見つかった場合は合図を出して、外に待機させていた残りのメンバーを突入させる手はずになっている。
俺たちは標的の宿屋が見える場所で待機中していた。怪しまれないように少し距離は取っているが。
「首領は?」
地平線に太陽があと少しで沈みきるといった頃。双子の弟であるファイドが辺りを見渡して言った。
潜入する俺たち四人と、いざというときの突入隊がたむろしている中にザイードと側近のダイヤンの姿がない。
「あー、なんか野暮用があるから後から合流するってさ」
ファテが答える。
「野暮用って何? 聞いてないの?」
「聞いてなーい。ていうか聞こうとしたらうるさいって威嚇された」
「それって兄ちゃんが首領を怒らせたせいでしょ」
「えー、あれくらいいつものことじゃん」
「まぁ……兄ちゃんいつも怒らせてるからね」
双子が気の抜けた様子でだらだらと喋っている。
日没後すぐ助けに突入するというのに、緊張感がまったくない。さすがスリルをこよなく愛していると公言する双子である。
「アキムだって、いつも首領怒らせてるじゃん。俺ら仲間だよな」
ファイドがこっちを見た。
うわ、こっちに話題を振らないでくれ。
「いや、俺は怒らせようとして怒らせているわけじゃ……」
「うっそだぁ。首領って『目』がいいんだよ。見れば魔力が減ってるの分かるから、力使ったってバレるのに」
なにそれ、初耳なんだけど。
「あれ、アキムがめっちゃポカンとしてるよ、兄ちゃん」
「本当だ。知らなかったんだ。笑える」
双子がケラケラと笑って指さしてくる。なんかムカつく! 本当に魔力が見えるなんてあるのか? そんな力を持っている人なんて聞いたことないけど。それとも、もともとの能力ではなく、新たな魔法道具でも仕入れたとか?
でも、ザイードが人を見て魔力量が分かるのだとしたら……じっと見てくるのはそのせいなのか?!
「知らなかったけど、確かに首領って探るように見てくるときあるんですよね。これから気をつけよう……」
俺が自分自身に言い聞かせるようにつぶやいていると、双子がお互いに顔を見合わせた後、再び笑い転げた。
「ちょっとファテさん、ファイドさんも。宿屋から離れているとは言え、静かにしてくださいよ」
ラジットが慌てて注意しているが、双子の笑いはなかなか治まらない。
「ぷぷぷっ、信じてやんの!」
ファテが笑いすぎて出た涙を拭いながら言ってきた。
「まさか……からかったんですか」
恥ずかしさにカッと体が熱くなる。また騙された。身構えているはずなのに、いつもこの双子にはからかわれてしまうのだ。
「あー、相棒? 今のは俺でもからかってると分かったぞ?」
ラジットが残念な子を見るような目つきだ。やめてくれ、余計に俺の心をえぐってくるなよ。
「だって首領だぞ? なんか不可能も可能にしそうな人じゃないか、無理矢理な力業で」
「相棒、いくら首領がぶっ飛んでるからって、そこまで人間捨ててねえよ」
「そうそう、ラジットの言うとおり。アキムが首領のこと人外だって思ってるって、告げ口しちゃおうぜ」
「や、やめてください、ファイドさん! 俺まだ生きていたいんです」
こめかみを引きつらせて、指をボキボキ鳴らす首領が簡単に想像できてしまう。
俺は非情なことを言いだしたファイドに泣きついた。
「えーどうしよっかな。こんな面白いこと黙ってられるかなぁ」
「お願い、黙ってて。何でもしますから」
「じゃあ、俺らが首領に殴られそうになったら、代わりに殴られるってのはどう?」
「いいじゃん、ファイド」
「だろ、兄ちゃん」
双子が笑顔で手をたたき合わせている。
「…………それ、俺が結局殴られるってことじゃないっすか!」
なんたることだ。やっぱりからかわれてる。
双子の手のひらの上でコロコロと転がされまくっている自分が情けない。
「ほらほらアキム。日が完全に沈んだぜ」
落ち込む俺の脇腹を、ラジットが突いてきた。
そうだ。双子に翻弄されていたけれど、今から依頼人の娘を助けに突入するのだった。双子のせいで緊張感も吹っ飛んでしまったが。
「さ、行くぞ。カナンバブルのお仕事だ」
ファテがすっと立ち上がった。
さっきまでのお気楽さは消え、別人かと思うほど真剣な表情だ。そこには俺をからかってきた双子はいない。いるのはカナンバブルを支える優秀な側近だった。
闇に紛れて、静かに宿屋まで移動する。レンガ造りの建物が道沿いに並ぶ中に、その三階建ての宿屋はあった。
ファテが建物を見上げて少し考え込んだかと思ったら、集まれとジェスチャーをしてきた。ファテに素早く近寄る。
「宿屋の隣、今明かりがついてない」
ささやき声でファテが言う。すると、すぐにファイドは言いたいことが分かったようだ。
「暗いのに明かりをつけないってことは、出掛けてるってこと。つまり、隣から入って、窓か屋上から宿屋に侵入するってことね」
「その通り。宿屋の出入り口は確実に人がいる。より簡単に侵入できそうな方を選ぶべきだろ?」
双子の作戦によって、無関係な家へ侵入することになった。
ファテが手慣れた様子で鍵をあけてしまう。なんで手慣れているかは考えない。考えたら負けだ。そこからファテが先頭で侵入し、俺とラジットが続き、周囲を見張っていたファイドが最後だ。
家の中はいたって普通。テーブルの上には水差しと、布の掛けられた籠が置いてある。チラッと布をめくると籠の中にはパンが入っていた。旅行とかではなく、本当にちょっと外出している程度なのだろう。早くしないと帰ってきてしまうかもしれないと気が焦る。
「あ、うめぇ」
「ほんとっすね」
後ろからもごもごとした声が聞こえてきた。まさかと思って振り返ると、案の定、ラジットとファイドがパンをつまみ食いしていた。
「ちょっと、俺たち泥棒に来たんじゃないんですよ。勝手に余所の家のパン食べないで」
もちろん小声だが、思わず突っ込む。
「え、俺も一口欲しい」
「ファテさん、早く進んでください。あなたが先導役なんですから」
こっちへ戻って来ようとするファテの背中を問答無用で押し返す。
なんなんだ。さっきのきりりとした双子はどこに消えた? あとラジットは一緒になってパン食うな。
横道にそれようとするメンバーをたしなめながらも、屋上へなんとか出た。二階や三階の窓からの侵入も考えたのだが、宿屋側に人の気配があったので断念したのだ。
「とりあえず屋上に人は居ないな。落ちないように跳べよ」
ファテがひょいっと宿屋の屋上に跳び移った。距離的には十分跳び移れるのだが、落ちたらただでは済まないと思うと、ちょっと足が震える。でも、ラジットは気負うことなく跳び移った。俺も怖じ気づいている場合じゃない。
「えいっ」
足を蹴り出した瞬間、下を見るのが怖くて目をつぶる。すると、見事に宿屋の屋上の縁に足が引っかかって、顔面着地した。
おでこを擦りむいたが、まぁ一応ちゃんと宿屋に着地できたので良しとしよう。双子とラジットには無音で笑われたけど。
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