砂漠の子虎たちは理想郷を望む

青によし

第1話 俺たちの王様


 砂漠に囲まれたシェヘラ王国はオアシスの恵みと、先人達が迷宮ダンジョンから持ち帰った魔法道具の恩恵で栄えていた。まぁおそらく、それは嘘ではない。本当に莫大な富を得ている人はいるのだから。


 人々は生まれ持った魔力で魔法道具を操る。だが、魔法道具を手に入れられるのは一部の金持ちだけ。その恩恵にあずかれるもの一部だけ。そこからこぼれた多くの人々は今日も貧困にあえいでいる。それがこの国の実状だった。




 市場をざっと見渡す。日よけための布の屋根がカラフルだし、その下に並べられるみずみずしい果実はもっときらめいて見える。

 俺は思わずズボンのポケットに手を入れた。だが、悲しいかな貨幣は一枚もない。砂とパンくずの手触りしかなかった。


「あーあ、食べたいときに買える人間になりたい」


 切ない独り言は、喧噪にかき消されるのみだ。

 すると、まぶしかった日差しがすっと陰った。


「おい、兄ちゃんよ。あんた『カナンバブル』の奴だろ」


『カナンバブル』とは、このオアシスのスラム街で影響力を持つ集団のことだ。生き抜くために集まって、自分たちの居場所を守るために戦っている。その方法はときに暴力であったり、詐欺まがいのことだったりもするから、煙たがる人達も多いけれど。

 メンバーは少年ばかりで、俺もそのメンバーだ。


 さて、声と同時に肩を掴まれたのだが、こういうときの展開は二パターンある。

 カナンバブルに頼み事などがある場合。もしくは、恨みがある場合だ。そして俺が声をかけられるときは、圧倒的に後者が多い。つまり、恨みがある場合だ。

 何故分かるって? だって俺は見るからに弱っちいからだよ! 恨みがある奴らは、返り討ちしてきそうな強い奴には声をかけないから。言ってて悲しいけどな!


「あっ!」


 俺は大声で斜め上を指さす。声をかけてきた男が目をそらした隙に、一気に走り出した…………はずだった。


「よお、逃げるなんて酷いじゃねえか」


 斜めに掛けていたかばんのひもを掴まれていた。


「ぐぇっ」


 思いきりひもを後ろに引かれて首が絞まり、ゲホゲホと膝を付いて咳き込んでしまう。

 涙目の視界に、新たな男の靴が一つ、二つ、三つ、四つ……完全に囲まれた。

 俺はあっけなく捕まり、手足を縛られて担がれたのだった。




 ***


 連れてこられたのは、街外れの廃墟だった。レンガの壁は崩れ、砂が入り放題だ。その砂だらけの床に雑に転がされた。


 あぁ気持ち悪い。人に担がれて移動するのは良くない。ふよふよと頭が揺れて思いっきり酔った。


「おいアキム、しっかりしろ」


 ん? なんか仲間にそっくりな声が俺を呼んだような。


「大丈夫か、アキム」


 やっぱり聞こえた。

 もぞもぞと蓑虫のように動いて頭の位置を変えて、声の方を見る。すると、そこには俺と同じように手足を縛られてボコボコに殴られた様子のラジットがいた。

 ラジットは俺と同じ十五歳で、背格好も似ていて気も合うので『相棒』と呼びあう仲だ。


「アキムも捕まったのかよ。だせえな」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ、ラジット」

「……だな」

「……あぁ」


 お互いにスンっと無表情になる。

 どうせ弱っちいですよと地団駄を踏みたい気持ちだが、あいにく縛られているのでウゴウゴと芋虫が這いずるような情けない動きしか出来ない。もっとも、ラジットは俺より喧嘩が強いのだが、小柄なためどうしても馬力のある大人相手だと不利になってしまう。


「なぁラジット、こいつら誰か分かる?」

「たぶん、余所のオアシスから来て人身売買してる奴らじゃないか?」


 最近、若い女性や幼い子どもが失踪するが、その裏に人身売買の組織があるのではと噂があった。じゃあ、こいつらがその組織の奴らだとして、捕まった俺たちって……。


「売られるの?」

「その可能性はある」

「まじかぁ」


 勝手に売られたら、怒り狂うんだろうな、俺たちの王様は。

 想像するだけで胃が痛くなりそう。


「おい、てめえら! 無視すんな!」


 俺に声をかけてきた男を先頭に、十人ほどの破落戸が俺たちを囲んでいた。

 そう、俺とラジットは破落戸達が見守るなかで軽口を叩いていたのだ。


「なんですかね。話がしたいのなら、もっと普通に声かけてくれれば良いのに」


 俺はこれ見よがしに縛られた手足を上げる。


「そうだそうだ。アホなんじゃねえのか、おっさん」


 ラジットがさらに煽った。


「生意気なガキだな。普通に聞いて吐くわけないから、こうして招待してんだろうが!」


 ――ドゴッ


「ぐっ……」


 ラジットが腹を蹴られ、うめき声がこぼれた。まぁ煽ればそうなるよね。でもさ、俺らみたいなスラムで生きてるガキは、生意気で強かじゃないと、すぐに大人に食い物にされてしまうから。ラジットが言わなかったらきっと俺がもっと言ってた。

 俺たち『カナンバブル』は理不尽な圧力には屈しない。屈するのは仲間の為になるときだけだ。


「おい、あんまりやると口がきけなくなる」

「だけどよ、ムカつくだろうが」

「まぁ落ち着けって。情報を得ることが最優先だ」


 破落戸達がしゃべっている。どうやら聞きたいことがあるのは事実らしい。巷で話題の人身売買の奴らではなさそうなので、そこだけはホッとした。

 だが、こんな招待をされて素直に話すわけがないだろう。それに、仲間の情報を漏らすのは裏切り行為、首領に知られたら処罰されてしまう。


「おい、そっちのチビ……いやどっちもチビだな。ええと、目が青っぽい方」


 ラジットの瞳は茶色、俺は光の加減によって空の色に見えるらしい。ということで、俺が指名されたようだ。何も吐くつもりはないけれど。あ、ゲロなら吐けそうだから期待しててくれ。


「なんです?」

「カナンバブルの癒やし手について、知っていることを教えろ」


 横で転がっているラジットの肩がぴくっと動いた。


 どんな病気や怪我でも癒やしてしまうという人物がカナンバブルにいる、という噂がある。誰もがその情報の真偽を知りたがっていた。彼らもそうなのだろう。


「知りません。癒やし手なんて名前の人はいませんよ」


 そう、癒やす力を持つ者はいるが、『癒やし手』なんて呼ばれている人はいない。うん、屁理屈だけどね。


「んなわけあるか。実際に怪我を治してもらったって奴を知ってる」

「なら、その人に聞けばいいじゃないですか。治してもらったのなら会ってるんでしょ?」

「癒やし手は用心深い。顔を見られないようにベールをしてたし、近寄る際には目隠しをされたと言ってた」


 誰が詰め寄られたのかは知らないが、余計なことは言ってないらしい。俺は安堵し、無意識にこわばっていた体を楽にする。


「真実を確かめるためにカナンバブルのお前らを捕まえたってわけだ。噂では、癒やし手は傾国の美女だそうだが?」

「はい?」


 癒やし手が傾国の美女……? 傾国ってなに? 国が傾くくらい綺麗ってこと?


「くくっ」と横でラジットが声を漏らした。おいそこ、笑ってるだろ。生き残ったら、あとで一発殴らせろ。


 口元を引きつらせながら、俺は破落戸を見上げる。


「傾国……とか、よく分かんないすね」

「あの傍若無人なお前らの頭が、宝のように守り慈しんでいるんだぞ。とんでもない美人に違いねぇ」


 これこそとんでもない誤解なんだが、どうしようこれ。でも、誤解を解くわけにもいかないしな。

 だって俺こそが、そのお探しの人物なんだもん。俺、その辺にいるようなガキですが、癒しの力を持ってるんですよ。


「素顔を見ると誰もが見惚れてしまうから、ベールで隠してるって話だ。それによ、魔法道具も無しに癒しの力を使うらしいじゃねえか。そんな不思議なことをやっちまうなんて謎めいていやがるが、そこがまた良いよな。美人だけど謎に包まれ、なおかつ人々を癒やすとか最高の女――――」


 目の前で破落戸が、噂で聞く癒やし手がどれほど美しく聡明で思慮深いかを熱く語っている。え、恥ずかしくて変な汗がだらだら出てくるし、相変わらすラジットは小刻みに震えてやがるし。


 困った。非常に困った。誰かこの状況から助けて。この際、首領でもいいから!


 俺が心で叫んだと同時に、レンガの壁が轟音とともに崩れた。一気に夕日が差し込んでくる。そして、その夕日に照らされ彼の銀髪がきらめいた。左耳には魔法道具のピアスが揺れている。


「首領!」


 俺とラジットの声が重なる。

 首領の背後には側近達の姿もあり、助けに来てくれたのだと分かった。


「お前ら、勝手に捕まってんじゃねぇ」


 あ、怒ってらっしゃる。声がもの凄く低い。これは勝手に(?)捕まったことに対して怒っているな。別に進んで捕まったわけじゃないのに怒られるとか、理不尽な仕打ち過ぎるけど。機嫌が直らなければ朝まで説教が続きそうだ。


「こんなガキどものために、カナンバブルの頭が自らおいでなさるとはね」


 破落戸が嘲笑う。

 首領の額に筋が浮き上がった。あーあ、ただでさえ機嫌悪いのにもっと怒らせたな。


「カナンバブルは俺のもんだ。自分のものを取りに来て何が悪い?」


 瞳孔の開いた目でにやりと笑う首領は、めちゃくちゃに切れ散らかしている証拠だ。


「ここらはカナンバブルが仕切ってる。よそ者はさっさと出て行ってもらおうか」


 首領はそう言い捨てると、破落戸たちに殴りかかった。

 体格的には分が悪いが、首領は格闘に天賦の才をもっている。とくに蹴り技がすごい。破落戸の頭を華麗に回し蹴りをして鎮めてしまった。まるで蝶が舞っているかのよう。泥臭い音と臭いが充満しているのに神々しさまで感じる。


 首領の戦っている姿は誰よりも格好いい。だから、普段どんなに傍若無人な我が儘に振り回されても、この人に着いていこうって思えるんだ。

 このあと、理不尽に説教される未来が待っていたとしても……。


 やっぱり説教は酷くない? 好きで捕まったわけじゃないのに!



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