5-3 バカと悪夢と霊園の怪



「ひとまずおれが墓場に向かう!」


 来たる週末、僕らはダイニングテーブルに付き話し合いを行っていた。僕の横でよし君は高らかに宣言する。向かいの透山とおやま君は興味薄げ、斜め前ののりとさんは「うるせェ夕善ゆうぜん!」と怒鳴っていた。


「おれらから到着したって合図を受けたら透山はアパートで寝ろ! ノリボシは外から様子を見て、怪異が接近してきたら祓ってくれ! 向こう祓ったってわかればオレが本体を叩く!!」

「オレの名前はのりと暁星あけぼしだ!! てかオレと透山かよ!!」


 祝さんが透山君をにらみつける。透山君もぎっと目を細めて不愉快そうだ。


夕善てめえの指示を聞くのも嫌だが、この筋肉馬鹿とペアもごめんだ。断固拒否」

「ンだとテメェ……置物のクセしてよォ……!」

「まず怪異なんて言ういるかいねぇかわからねえものに割く時間はねぇ」

「テメェ一回とんでもねェレベルのヤツに捕まりゃいいんだ……」


 ぎりぎりといがみ合うふたり、空気が不穏になっていく。心なしか、リビングに見える大窓の外までどんよりしてきた気がする。時刻は夕暮れ時なのでなんら間違いではないのだが。


「ノリボシぃー、サキも、そんなこと言わず協力しろよー。ユースケのピンチなんだぞ?」

右太郎ゆうたろうのバカでもいいだろ囮役は!!」

憑依体質の場合やばいことになるだろ……」


 右太郎、その名を出した瞬間タイミングよく祝さんのスマートフォンに着信。画面を見て祝さんが固まる。スピーカーにして机の上に置いてくれた。かけてきた主の名前が表示される。そこには一言、「バカ二号」。罵倒が過ぎる。


『どうも皆さん』

「……あいっかわらず監視でもしてんのかってレベルのタイミングだな左吉さきちィ……」

『流石にしてませんよ。……もう』

「もうってなんだオイもうって」


 右太郎さんの相棒こと、左吉さん。彼の前髪に覆われた顔が頭に浮かんだ。彼は少し・・おちゃらけた右太郎さんと違ってかなりしっかりしている。


『それはとにかく、今回は俺ら……いや、俺はサポートに回らせてもらいます。同行はできません』

「なんで右太郎は参加してねェんだよ」

「お前が行け左吉」


 向こうから響く冷静な声と対象的に、こちらのふたりは机を叩いて立ち上がった。イライラが加速しているらしい。


『祝暁星さん、右太郎は仕事中で今は動けません。さきがけさん、あんたじゃないと囮になる前に襲われるんですよ』


 返答を聞いてふたりはなんとか納得したらしい。机の下で脚の蹴り合いをしながらも着席。一度お互いきつく睨み合うと、フンっと同時にそっぽを向いた。


『まあサポートと言ったところで大したことはないですがね。墓場に向かって本体叩く組と、アパートに向かって痕跡叩く組に別れて動いてください。何かヤバそうなことあったら報告しますんで』

「もともと二手に分かれるつもりだったぜ。行くのは今夜八時! 頼むぜ!」

『了解です夕善喜さん。お二方もちゃんと協力してくださいね』

「うるせェ」

「知るか」


 そんなふたりを見て、僕と喜君、電話の向こうの左吉さんは苦笑い。


結城ゆうき令助れいすけ君』

「はっ、はい!?」


 突然名前を呼ばれて上ずった声が出た。真っ黒な画面では、向こうの表情なんて読めない。


『率直に言いますが、貴方は怪異祓いの手段も知識もありませんよね? ならば今回は待機ということでお願いしたいのですが』

「……!」


 かなりきつめの言葉に、喜君が言い返そうと席を立立つ。でも、喜君も作戦の中で意図して僕に触れなかった。僕はもともと置いていかれる予定だったのだ。

 僕は息を呑み、立ち上がった喜君を制する。左吉さんの言うことはなんら間違いではない。僕は見えるだけ、ただの一般人だ。

 喜君のように素手で祓える霊感も、祝さんのように薙ぎ払える力も、透山君のように一切近づけない防御も無い。


「……それでも僕は、参加したい……です」

『……聞きますが、何故?』


 邪魔にも、足手まといにもならないようにする。自分の身くらい自分で守る。と言っても、逃げるくらいしかできないだろうが。


「僕も、自分に憑いた怪異くらい……っ、祓えるように、なりたいんです! キャンプ場のときも……今も、助けてもらってばっかりで、なにも、できなくて……」


 だからこそ、近くで彼らを見て学びたい。見える、感じることができる霊感があるのなら、こちら側からやり返せるということなのだから。


「家主として! 勝手な同居人はっ!! 認めません!!」


 絞り出した言葉に、ダイニングは静まり返る。一呼吸の間が開いた後、喜君が噴き出した。彼はぶんぶんと手を振り、バカにはしてないと弁解する。冷静になって僕も恥ずかしくなってきた。


「悪くねェ啖呵切りだな」


 祝さんが机に肘をついた。にぃと口角を上げ、笑う。その横で透山君も口元を緩めていた。


『……了解しました。頑張って取り憑かれないように』


 少し声のトーンが高くなった左吉さんはそう言い残して電話を切る。夕飯の支度と立ち上がった祝さん、透山さんはコーヒーのおかわりを注ぎに行った。


「晩メシなにー?」

「ネギ焼き」

「よっしゃー!」


 喜君は夕飯のメニューを確認し、歓声をあげる。それから僕を見て笑った。頬の絆創膏が照明に照らされて白く際立つ。


「どーんと構えとけ! 怖えーことはねーよ! おれがいる!」

「う、うん!」


 三十分後──机の上にはホットケーキか? と問いたくなるような量のネギ焼きが並べられた。喜君は「まずはスタミナつけねーとなー」と言いながら半分以上の量を平らげるのを見て、僕は食欲を失った。



 ──────



「ここか……見るからに陰気くせェ場所だなおい」

「ふん」


 透山のバカを後ろに積んで、オレはバイクを走らせた。時刻は夜八時、ヘルメットを脱ぎアパートを見上げる。見た目はごく普通のアパートだ。だが……この絡みつく嫌な気配は本物だな。


「ほら、さっさと行くぞ」

「俺に指図してんじゃねえ」

「うっせェなテメェ……」


 脚を互いに蹴り合いながら階段を登る。言われた部屋の前に立ち、借りた鍵で扉を開けた。室内に異変は無い。

 しかし……普通透山がいると、怪異現象も起こらなくなるはずだ。だが先日、左吉達がこの部屋で寝た際透山も夢には巻き込まれていた。夢の中では全く動かなかったらしいが。


「ほら寝ろ、オレは外でいる」

「寝ろって言われて寝れるかよ」

「それでも寝ろどうせ講義中も寝てんだろ」


 ぶつぶつ文句を言いながら、透山が部屋の中へ消える。オレはまた外に出て、階段を降りた。敷地内に止めたバイクの側に立ち、コンビニで買った菓子を頬張る。雨じゃないのが救いか。

 スマートフォンが通話を告げる着信音が鳴る。出てみれば、相手は喜だった。


「ンだよ」

『そっちはどうだー? そろそろ山向かうけど』

「今部屋に押し込んだ。三十分はかかるぞ」

『おっけーまた連絡する!』

「おう」


 さてこれからどれだけ待つことになるか。オレはアパート周辺をまわり例の部屋、その下に立つ。他の部屋は明かりがついている。あそこが二十二年前、女大生の部屋とやらだったのか。もともと一軒家だとは聞いていたが。

 土曜の夜は今見ているドラマがないことが救いである。だが深夜には選り抜き映画が放送されるため、日付が変わるまでには帰りたい。




 ──────



 三十分後、オレは窓を見上げる。

 アパートに取り憑いている以上、見せる夢は現実の部屋がベースになっているはずだ。イチから機械を作るより、ベースになるものを用意して作り変えていくほうが楽だろう。それと同じだ。

 窓を叩き、侵入しようとしてくると言っていた。目を凝らす。アパート全体を覆っていたモヤが、少しずつ窓付近で濃くなっていく。そろそろか。オレは矢筒やづつから棒を取り出し、肩に担いだ。


 普通に住民がいる以上派手には暴れられない。今だってどうにかバレないよう静かに隠れているのだ。

 モヤが集まり、形を成す。ぶくぶくと肥え太った胎児、とでも形容しようか。人の形とは言い難い。本体ではないらしいのでそんなものか。

 モヤの固まりは触手のような手を伸ばし、窓を叩く。音はしない。夢の中で干渉しているのだろう。だが中にいるのはゼロ感の透山、向こうからすればそこに何かがいることも認識できないに違いない。それなのに人が中で寝ているというのは判断できるあたり──怪異の「核」に刻まれているのか。


 一度窓を叩いたあと、中央部が縦に割れる。汚れた歯、真っ黒な歯肉。口だ。それはぱくぱくとなにかを訴えるように動いた後閉じる。そして再度窓を叩こうとした。



 棒を肩に乗せたまま地面を蹴る。一歩、二歩、距離を詰め塀へ跳躍。幅三十センチもない塀の上へ着地、その狭いライン上を駆ける。目測五メートル、四、三、二。コンクリートの塀を蹴った。

 空を舞う体、ヤツの背中を取る。雨樋あまどいと屋根を左手でひとまとめに掴み、窓のさんへ脚を乗せた。丁度両足でヤツを挟む形。音も立てずにこの芸当を成し遂げたことを褒められたい。

 右手に握った棒で、窓に張り付いたヤツの手を薙ぐ。上半身──とも形容するか、その部分が窓から離れた。だが下半身は張り付いたまま、叩く必要はない。


 右手を離し棒を落とす。両足を桟から、左手を雨樋から離す。もちろん重量に従い落ちる体。先に落とした棒が怪異の体に触れる寸前、オレは棒に足を乗せ、体重をかけた。

 霊感は高ければ高いほど干渉できる。こちらからも、向こうからも。直に触れられればオレも危険だ。故に、「オレの霊感を閉じ込めた武器」を間に挟む! 怪異の実態は捉えられるし、オレ自身に触れられることはない。

 足の下、棒の下。ふたつ分の爆弾を食らった怪異は強制的に窓から引き剥がされた。そのまま地面へ。着地の寸前オレは蹴り上げまともに着地。向こうは高いところから落とされた麻袋のように、どさだかどしゃだかいう間抜けな体制で落下した。

 共に地面へ転がった獲物相棒を掴み、のたうち回る怪異の中心部へ突き立てる。声にならない醜い悲鳴。顔をしかめる。霊感がない人間にはなにも聞こえないだろうが、こっちからしたらとてつもなく耳障りだ。


「うるせェな」


 地面から離し、再度突き下ろす。またしても上がる絶叫。耳が痛い。


「いつまでも執着してんじゃねェぞコラ。クソストーカー野郎がよ。ちょっかいかけンのは常識の範疇はんちゅうにしろ」


 取り出した札と小さな容器、容器から取り出した塩を札に揉み込み怪異へ押し当てる。ぼろぼろと消滅を始めた体、それを見下ろしため息をついた。

 なるべく静かにしたはずだが、棒が落下した音を聞きつけてくるヤツもいるかもしれない。オレは札をポケットへねじ込み、棒を拾って撤退した。スマートフォンを取り出し夕善へ電話をかける。


『おう! ノリボシ! やったか!?』

「オレの名前は祝暁星だ!! こっちは終わらせた!!」

『りょーっかい! やるぞユースケ!!』

『あっ、うん!!』


 賑やかな声と共に電話は切れる。オレはポケットへスマートフォンを戻した。左吉のバカに助けを求める必要すらなかったな。オレはバイクにもたれてアパートを見上げた。


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