5-1 バカと悪夢と霊園の怪
「……マジっすか」
「マジだな」
「……いやーそうなると、うーん……調査がまたイチからやり直しになるんですけど」
「そーなんだよなー……結果見るからにアタリそうなんだけどな」
朝になり俺らはそれぞれユースケクンの家を出た。
俺と
帰宅後左吉は支度をし専門学校へ。残った俺は
十分後鳴り響いたインターフォンに頭を抱え、いや喜さんの体力ヤバすぎるってなどとひとりごち、俺はいつものキャップを深く被り直して彼を出迎えた。
「ええと、じゃあユースケクンはアパートの怪異とは別に何かに憑かれてるってことっすか?」
「そー言うことだな。ユースケはウソつくやつじゃねーし」
そんな話をしながら喜さんは、思いっきり人の家の冷蔵庫を開けて麦茶を注ぎ始める。いや慣れてるし許可は出してるけどさ。ついでに俺の分も頼むと、コップなみなみに注がれてしまった。多いな。俺達はダイニングテーブルを挟んで向かい合い、お互いうーんと頭をひねった。
「でも、ユースケクンの話的に、お三方の家で見た夢は悪い内容じゃなさそうだったんですよね?」
「そこなんだよ。んで、右と左の報告書みたけどよ……。サキがついてても一晩で被害受けたのに、ユースケが二週間も被害受けなかったってのは、その怪異のおかげじゃねーのか?」
ユースケクンに個人的に憑いていた怪異……仮に怪異「善」としよう。その怪異善が、危害を加えようとした怪異「悪」を抑えていた……理由としたら納得だ。
「でも、ユースケクンがそっちで見た夢の光景も、まぁた知らないものだったんでしょ? 一体どこでなぁにそんなに憑れてるんすかその子は……」
純和風の家、その縁台。彼は生粋のシティボーイらしく、そんな光景は見たことないと。
「なんで
「さーな、でも……」
俺はこめかみをぽりぽりと指で引っ掻く。プリントアウトした調査報告書、ここから調べることはまだ多い。まあ俺には時間が有り余っているが。
喜さんは報告書の後半を指でなぞった。
「やっぱり事件から噂発生までの空白期間が気になるな。ひとまず犯人の行方を追ってくれ。そいつが生きてたら、怪異の正体は被害者の子。死んでたら……犯人が怪異の正体だ」
「了解」
喜さんは体力バカで無鉄砲で元気だが……怪異案件に対しては、どこまでも真剣だ。今回は友達が関わっている、気合も入るか。
「ノリボシさんはどうしてます?」
「あいつは今実習が重なって忙しいってさー。右達に任せるから、祓う日が決まったら教えろって」
「まぁー人任せだことっ!
「ノリボシのお袋は右じゃないだろ……」
ごもっともである。
「でもやっぱりおれらはアパートに泊まんなくて正解だったなー。多分泊まってたら今頃起きてねーよ」
「そのとおりですよ」
たとえ夢の中で動けたとて、あの中は怪異の領域。怪異の影響をモロに受けやすい「霊感高民」な喜さんやノリボシさんには危険過ぎる。
「任せて悪いな、右も左も」
「今更そんなしおらしくしないでくださいよ〜。俺らがあんたらにどれだけ返しきれない借りがあると思ってるんです?」
ふと大人びた表情を見せた喜さんに、俺は肩をすくめて笑った。彼はたまにこういう一面がある。は〜〜なんだかんだ彼もモテる側の人間なんだわ!! 普段は「かわいい」とか「母性本能くすぐる」とかって言われるのに、ふとした時に見せる「男」のギャップ! 俺が女なら惚れちゃってるね。
「まーその分しっかり祓ってみせるぜ! またうちに泊まりに来いよ!」
「女の子紹介してくださ〜い」
「してやるしてやる!」
そう自分では言ってみたものの、喜さんが言う「女の子」は幅が広すぎて当てにならない。お互いにこれが冗談であることは知っている。
「んじゃお気をつけてー」
「おーう、任せた!」
元気に手を振って帰っていく喜さんの背を見送り、俺は部屋の中へ戻る。戸棚からカロリーメイトを適当に取り出すとかぶりつく。さっき残った麦茶で一気に流し込むと、荷物とミネラルウォーターを抱え、自室へ引っ込む。外出用のノートパソコンを棚に仕舞い、座り心地を調節した椅子にどかりと腰を落とした。
一息つくと立ち上がり、体を伸ばす。首、肩、腕、関節。床に尻を付き足を伸ばし、ぐぐっと前屈。あちこちの骨が鳴る。血液が流れる感覚に目を伏せた。こういうとき楽に手早く水泳ができればいいのだが。
みんなが大学や専門学校で勉学に励んでいる間、俺はアパートの一室という箱庭の中でインターネットの海を泳ぐ。なーんて詩的な言い方をしてみたり?
馬鹿らしい。俺はまともな日の下から逃げ続けた結果、
──ブッサイクなガキが! その汚いツラぁ見せんじゃないよ!!
──どうしてお前はあんな父親に似たんだ? どこぞで勝手に野垂れ死んでくれ!!
俺は頭を振り、首を回し、ため息をついて椅子に戻った。
まず探るのは
実名公開されていたためその名で検索すれば、事件の記事が出てくる出てくる。二十年以上も昔のことだが相も変わらずマスコミの連中は元気なことだ。
公開されていた顔写真、くたびれた中年男としか形容できない。特筆すべき点は無い。しいて抱いた感想としては、よくもまあこんなオッサンが娘くらいの歳の子を追っかけ回したなと。
事件の詳細はすでに漁ったし、何なら昨晩
前野智則は懲役十年ほどの判決だったらしい。随分と軽い。なんでも殺した直後、心神喪失状態で自首したとか。その後も深く反省し、模範囚だったと。……だからといって、殺された側からしたらたまったもんじゃないだろう。
前野智則、釈放。前野智則、その後。
いろんなワードで検索をかけるが、大体昨日とおんなじ内容。だが最後、女大生殺人事件を調べた際、気になることを見つけた。
「……これ」
ぽつり、とひとり漏らした声。そうだ、俺は先日も
──キャンプ場にて女性の遺体発見。犯人は被害者の友人──
「
約ひと月程前、喜さんが招かれた合コンの現場に存在した怪異。後程俺らが調べた結果、その怪異の正体はこの御霊市に住む白木優里奈という女大生であったことが発覚した。事件が起こったのは二十年前、美山朱音殺人事件から二年後だ。
彼女を殺した犯人は事件後自殺し──先日、ノリボシさんが祓った「公園の怪」となった。その犯人の名は。
「
あの後、白木優里奈氏を弔うと言った喜さん達に、色々と事件について調べさせられたのだ。彼女の実家や生前の様子などなど……。彼女の両親は事件後、事故に巻き込まれて亡くなっている。
そこまで考えて頭を振った。それとこれとはなんの繋がりも関係もあるまい。そもそもこの街、女大生が事件に巻き込まれすぎだろ!!
俺はまたパソコンに向き合い、様々なワードから前野智則の行方を漁る。釈放されたとして、この街で暮らすだろうか? 顔も名前も割れている。やはり関係ないのかもしれない。
前野智則、見た。前野智則、どこに。前野智則、家族、今。御霊市、事件。駄目だ関係ないことばかり出てくる。
改めて御霊市の地図を開いた。怪異事件があった場所や関連する場所をまとめた俺特性のシティマップ。日付と共にしるすようにしているが、ここ半年ほどでやけに書き込みが増えた。ここしばらく怪異関連の事件が多い。
晴間荘の周辺……うーむ、さっぱり。御霊市は中央に大きな川が流れている。晴間荘がある側は北側。大学や喜さん達の家は川を挟んで南側にある。晴間荘周辺にも印はつけてあるが、今回に関係してそうな怪異案件は────
「……ん」
思わず声を出す。晴間荘から数キロ離れた先に印がある。日付はおよそ二十日前。
「ここに家があるってことは……」
俺はディスプレイに映し出した地図を指で追った。この近辺、ある施設を探す。そうだ、ここに
それで、だ。もしユースケクンがそこに行ったことがあるのならば。もしかしたら色々考えがひっくり返るかもしれない。
俺はそれを確かめる前に、別ウィンドウを開いて検索する。御霊市、
──御霊市内にある墓地にて、男性の遺体が発見される。自殺と見られており、警察は──
「ビンゴ……!」
時刻は昼頃、丁度いい。俺は喜さんに電話をかける。すぐに出た。もしもし! と元気のいい声が鼓膜を震わせる。
「あ、喜さん? ユースケクンいらっしゃる?」
『おーいるいる! ユースケ、ご指名!』
ざわざわと賑やかな音が漏れる中、気弱そうな声が受話器の向こうから聞こえてきた。
『あ、もしもし……
「どーもこんにちは、
俺はスピーカーにしてスマートフォンを机に置き、資料用に地図をプリントアウト。それらを広げて質問に移る。
「ユースケクン、君裏山の霊園に行ったことある?」
『あ、あります……清掃活動で……』
「清掃活動? それ詳しく」
『ええと……なんでも、管理人の方がご高齢らしくて、それで、近隣住民に手伝いを募集してて……』
「ボランティアみたいなもんね? なるほど? それに初めて参加したのはいつ?」
『あ、その、えっと……引っ越してすぐ……です』
オッケー、俺はメモを立ち上げ一気に打ち込む。
「ありがとう。それで更に聞くけど、君、白木優里奈って名前に聞き覚えは?」
『!! ……
「やっぱり君も調べてたか……それで君、
『……いきま、した。でも、なんで……今その名前、が?』
これもまたアタリ。責めているわけではないのだが、彼の声は申し訳無さそうに縮こまる。彼の疑問について、今は置いておこう。事件からの時系列をまとめ、歪みが無いかを確認。イケる!
「ありがとうユースケクン。今度お礼にオススメの作家教えてあげる」
『さ、作家?』
『はーいそこまでだ右ー』
俺の親切は喜さんに邪魔されて途切れた。彼の部屋を漁って発見したものは多かったというのに。
『んで、右。わかったのか?』
「
後はそれぞれの事件についてを掘り下げ、
「怪異の正体見たりってね?」
『わかった! じゃあ今夜うちこい!!』
俺の決め台詞を思いっきり流し、元気よく電話は切られる。ひとり静まり返った部屋で俺は膝を抱えて泣いた。嘘、泣いてはいない。
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